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第8話 「2度目の賭け」

 魔石の埋め込みは完了し、ユイの体内に存在する魔格は活性化し、魔力が発生した。

 ここまで来れば、あとは私の技術の出番だ。


「ユイ、今から魔力を送り込むから、悪いけどジッとしていてね」


 私はいまだ痛みに苦しむユイを、魔力で編んだ鎖で縛りつける。

 光の鎖は暴れるユイを完全に拘束し、身動き一つ取れないようにした。


「いやしかし、驚きましたね。魔石の適合者なんて、300年ぶりじゃないですか?」


「もっと前だ。しかもその間、万を超える実験台が無駄になったことを考えると、この少年が生き残ったのは奇跡だな」


「輝石だけにですね」


「くだらんこと言うな。今セウルが頑張ってるんだ」


「失礼しました。しかし旦那様、これで条件はクリアしたんじゃありませんか?」


「条件? なんのことだ?」


「いえ、ユイ君が相応の実力を持つと示せばこの屋敷においてもいいんですよね? 魔石の力をものにしたユイ君は、十分にその資格があると思うのですが」


「……いや、使いこなせなきゃ意味ないだろ。爆弾を抱えるような物だ」


「まったく、頑固爺」


「おいアニス、主人に頑固爺は無いだろ」


「うっさい! 集中が切れる!」


 傍らでバカな問答を繰り広げられると、微妙に魔力のコントロールに支障が来てしまう。

 ただでさえユイは重症なのだ。いくら魔力を活性化させても、危険な状態であることに変わりはない。


「アニス、毛布か何か持ってきて。ユイの体が尋常じゃなく冷たいわ」


「さすがに血を流し過ぎましたね。それじゃ、暖かい飲み物も用意しておきましょうか」


「あ、アニス、俺にも頼む。なんかちょっと肌寒くなってきた」


「かしこまり……ハックシュン!」


 指示された物を用意しようとしたアニスが、盛大なくしゃみをした。

 集中が切れたらどうしてくれるのか。


「確かにちょっと肌寒くなりましたね。セウルお嬢様、ユイ君の治療でこの屋敷の温度調整がおざなりになってるんじゃありませんか?」


「んなわけないでしょ。温度調整はオートで適温になるようにしてるんだから、私が死んで魔力供給が無くならない限り、常に理想の温度のはず…………寒ッ!」


 今までユイに専念していたから鈍感になっていたが、意識したら確かに寒い。

 温度調整器そのものが故障した?


「今すぐこの家を暖めなさい。火でも何でも使って」


「いや、どうやらそれは意味なさそうですよ?」


「……どういうこと?」


「多分、この寒さの原因はユイ君じゃないですかね?」


「ユイが?」


「ほら、ユイ君の指先を見てください」


 アニスに言われ、私は治療中のユイの指を見る。

 するとそこには、薄っすらとだが氷の膜が貼っているように見えた。

「いやぁユイ君はすごいですねぇ。魔石に適合しただけじゃなく、属性が基本の4属性じゃなくて特異属性だったなんて」


「まったく、運がいいんだか悪いんだか」


「悪い要素なんかありますか?」


「あるとも。特異属性は4属性と違って制御が出来ず勝手に暴れだす。普通は幼少時、魔力が不完全な状態の生ぬるい暴走で徐々に体を慣らすものだが、この少年は魔石によって魔力が急激に増大している。おそらくだが、体内で吹雪が吹き荒れているような物じゃないか?」


「あっさり言わないでよ! じゃあ、どうすればいいの!?」


「そんな物、石に傷をつけるしかない。魔力を不完全な状態に陥らせるしか、この暴走を止める手段はない」


「けど、それじゃせっかくユイが魔力に目覚めたのに……!」


「何も魔力が消失するわけじゃない。ただ機能不全を起こすだけで、一時的に魔力が使用できなくなるだけだ。セウルの魔法治療は継続可能……というか、傷口は塞ぎかかっているだろ? もう安心していいと思うがな」


 パパの言うことは間違いない。

 ユイがどうでもいい存在だからこそ、生かそうとはしなくても殺そうともしない。

 ゆえに、パパの口から出る言葉はすべて真実なのだろうと分かる。

 けど……それを今して大丈夫だろうか?


 確かに魔石に傷をつければ魔力の暴走は抑えられる。

 えぐられた腹だってもう大丈夫のはずだ。

 しかし、ユイの脳は無事かどうかまだわからない。

 苦しみに悶えている今、魔石に傷をつけて不活性化させてしまえば歪な形で、不完全なまま魔石を抱えることになってしまう。

 それがのちにどんな後遺症をもたらすか分かった物じゃない。


「アア……アアアッ……!」


 ……悩んでいる暇なんてないか。

 ユイは魔石だけじゃない、自分の魔力にも苦しんでいる。

 この低温状態をいつまでも続ければ、ユイの死は確実だ。

 ならいっそ、魔石を傷つけるしかない。


「パパ、お願い」


 この役は、私よりもパパが適任だ。

 魔石を傷つける行為は魔力よりも物理が効果的であり、パパは私以上の力を持っている。

 おそらくは世界一、そう言っても過言ではないほどの力を。


「まあ……それぐらいならやってやる」


 パパは懐からナイフを取り出し、それをユイの額に向けた。

 ユイの額には魔石の頂点部分だけが露わになっている。

 それ以外はすでにユイの脳との結合を果たしており、埋め込み作業自体はすでに完了しているように見える。


 無論、そう見えるだけだ。

 実際はまだ結合が続いている状態かもしれず、傷つける行為が正解かは分からない。

 しかしそれ以外に方法がない以上、賭けに出るしかない。


 ……十分も経たないうちに、2度も一か八かのギャンブルをやるなんて、思いもよらなかった。

 まったく、つくづくユイは運の悪い子だ。


「しかしまあ、人助けなどいつぶりか」


 パパは渋々と言った感じで、しかし流れるような手さばきでユイの額の魔石にナイフの刃をそっと向ける。

 そして……目にも止まらぬ速さで、そのナイフを光速で振るう。

 元々が鉄以上の硬度を誇る魔石、ユイの魔力と混合してさらなる硬度を持ったはずの魔石には、一筋の傷がついた。


「これで魔石の効果は失われた。あとはこの少年次第だ」


 パパの言う通り、この場を漂う冷気が和らいだ気がする。

 相変わらずユイの体温は低いままだけど、暴走状態は静まったようだ。

 問題は、ユイの脳に異常がないかどうか。


「……ユイ、大丈夫?」


 苦しみの声を途絶えさせたユイの安否を確かめようと、私は声をかける。

 一秒、二秒、三秒と沈黙が流れた後、かすかな声が私の耳に届く。


「……生き……てる?」


 その瞬間、私の不安は安堵に変わった。

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