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第88話 「漂流生活」

 僕はロイド先生の実験で、瞬間移動装置を使った。

 そして予定通りであればロイド先生の作ったプレート上に移動させられるはずだったのだが。

 転移した僕は工房ではなく、


「ガポッ……ア……ハッ……!」


 海の中にいました。

 なんでこうなったのかは皆目見当つかないが、瞬間移動装置の実験は失敗に終わり、僕はどこかわからない遠くの地に飛ばされてしまったようだ。


「あ……っぷ……! 助け……!」


 僕は別にカナヅチではないが、衣服が水を吸い込んでしまい、うまく泳ぐことができない。

 水中に顔が沈み、なんとか水面に顔を出しては息を吸い、ギリギリのところで踏ん張っている。

 このままでは死んでしまう、そう思った僕は魔力を貯めて、海の上に大きな氷塊を作り出した。

 長方形のただの氷だが、人一人乗っても沈まないくらいにはうまくできた。


「はぁっ……はぁっ……!」


 自分で作った氷塊の上に乗って呼吸を整える。

 息が整い頭も冷静になった僕は、周りの景色を見渡す。


「…………海だなぁ」


 青く輝くきれいな海が広がるばかりで、それ以外は何もない。

 水平線のかなたまで陸など一切見えず、無情なほどに海しかない。


「どうして、こんなことに……」


 自身に降りかかった理不尽な不幸に、僕は嘆いた。

 なぜライムさんの時はちゃんと成功して、僕がこんな目に合わないといけないのか。

 いったい僕が何かしたのか?

 こんな理不尽な目に合わなければいけない何かをしたのか?

 したのなら償うから教えてくれ。

 そんな考えが頭をめぐり、やがて、僕の目から涙が溢れてくる。


「う……うぅ……」


 僕はただ、ほんの少しでもいい。人並みに、幸せになりたいだけなのに。

 お金持ちになりたいとか、人の上に立ちたいとか、そんな願いを持っているわけじゃない。

 ただ普通に生活して、友達と笑って、たまにうまくいかないこともあるけど、そんなことも些事だと思えるくらいの、普通の生活がしたいだけなのに。

 どうして、こんな目に合わないといけないのか。

 ポタポタ流れるだけだった涙はやがて溢れ、深い悲しみが僕を襲った。


 そんな絶望を感じてから、30分くらいが経過したころ。


「どうしよう」


 これからのことを考え、途方に暮れていた。

 学園国家を目指そうにも、どの方角にあるのかがわからないし、なにより現在地がわからない。

 この水平線のかなたまで広がる海の中、目的地までまっすぐ進むなんて土台無理な話だ。

 なら、何はともあれ陸を目指すほかない。

 ある程度栄えた大陸にたどり着けさえすれば、地図を手に入れ学園国家までの道がわかるかもしれない。

 仮に目的地がわからなくてもその土地である程度の生活ができるようであれば、希望はある。


「陸にたどり着くか、もしくは船が通りかかるまで漂流、か」


 今自分にできることはただ漂うだけ、それを再確認した僕は氷の上に寝転んだ。


     *


漂流生活1日目


 僕は氷を口に含んで、空を眺めていた。

 今僕のすべきことはとにかく体力を温存すること。

 不幸中の幸いにも、僕の魔力の属性は氷、魔法で氷を作って食べれば水分を補給することはできる。

 本当に氷の属性でよかった。

 もしほかの属性だったら、僕の死は確実だった。

 火や風、水ならこうして海の上を漂流することはできず、土なら水分を補給することもできず、この炎天下、たいして時間をかけずに脱水、熱中症で死んでいたはず。

 氷だから水分といかだの両方を得ることができ、長時間の漂流を可能にした。

 まあこんなことを長時間もしていたくはないんだけど。

 漂流生活1日目は、特に何事もなく終わった。


漂流生活2日目


 お腹がすいた。

 1日目の時点でやばかったけど、2日目になった途端に食事を欲するようになった。

 氷をなめて多少は紛らわすことはできるけど、腹の足しになるはずもない。

 お肉、お魚、野菜、いろんな食べ物が頭に浮かんで、腹の根がこの広大な海に鳴り響く。

 時おり海の中に顔を突っ込んで魚でも取れないかなと思ったけど、手ごろな魚だけでなく、非常に狂暴そうな魚も見受けられ、水中に入ることは躊躇われた。

 結局は何の食料もなく、ただ氷をなめるだけで僕は漂流生活を続けるしかない。


漂流生活5日目


 意識が朦朧としてきた。

 いかに僕が氷の属性で暑さに対して多少の耐性があるとはいえ、5日間一度も食事をせず、氷しか口にしていない。

 そんな僕にはすでに体力が限界になりかけ、意識を保つことすら困難だ。

 睡眠をとることとは違う。意識を失う感覚を何度も味わいながら、まだ見ぬ陸が見えることを頼りに、僕は海の中を延々と漂い続ける。


漂流生活10目


 もう限界だ。

 体力なんかとっくに底をついている。

 こうして氷のいかだを維持するだけで精いっぱいで、あと2日も持たずに溶け切ってしまいそうだ。

 そうなればいよいよ終わり、逃れようのない死が僕を狙う。

 死にたくない、けどもはや生気すら失いかけている僕は感情を失いかけ、無情にも僕を照らし続ける太陽をじっと見つめる。


漂流生活12日目


………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………


「はっ!?」


 意識を失い、けど生存本能からギリギリのところで目を覚ます。

 そんなことをかれこれ30回は繰り返している。

 もう、死ぬんだろうな。

 あきらめを感じながら、これまでのことを思い出していた。

 苦しかったかつての世界での記録を無感情に思い出し、この世界に来てからのことを思い出す。

 初めて友達ができたこと、そのことが強烈に頭に残り、少しだけ嬉しさを感じながら、できればまた会いたいなあと、消えかけの氷の上で思う。

 あと、何時間保つだろうか?

 きっと、もうすぐ、この氷は完全に溶けて、僕の命も、なくなるんだろうなぁ。


 そして僕は、意識を完全に失った。

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