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第87話 「瞬間移動装置、再び」

 お嬢様との勝負は7日後となった。

 序列2位となったことで様々な権限を得たことから色々と忙しい作業もあり、多少の時間をもらうことになったのだ。

 ……というのは建前。

 本当はすぐにでも戦いを始められるけど、心の準備というものがある。

 何とか理由をつけて勝負を先延ばしにしてもらった。


 そして僕は今、ロイド先生の工房でよさげな武器がないかを物色している。


「本当にいいんですか? 好きなものを一つ持っていっても?」


「ああ、もちろんだとも。そっちのは既に使わないものだからね」


「ありがとうございます」


 そう言われ、僕は装置の山から色々なものを探す・

 お嬢様との戦いで使うものの物色なのだが、別に勝つためのものではない。

 爆風を作り出すものや粉塵を巻き起こすもの、そういう派手な演出をできるものを探している。

 そうすれば、自滅を演じてあまり痛い思いをしないで済むかもと思って。


「それにしても、本当にいろんなものがありますわね。クソ爺、金がないんじゃありませんでしたの?」


 僕と一緒にライムさんは装置を物色していて、ロイド先生にそんなことを言う。


「この前は一時的に金がなかっただけだ。この前の性転換装置の完成で多少の金が手に入ったし、つい先日、瞬間移動装置も完全に完成した。私はこれでも天才でね、定期的に大金を手に入れられる装置を作ってるんだよ」


「ああ、あのユイ様を危険な目に合わせたくそ装置ですの? あれが完成って、ちゃんと実験したんですの?」


「実験はしていない。しかし前回の失敗を踏襲し、完全に欠点のない完璧な装置に仕上がっている、はずだ」


「はずって、この前も理論上は安全、とか言ってなかったかしら?」


「…………ライム君、実験してみるか?」


「だと思いましたわ。ユイ様を実験に使うわけにはいきませんし、何より面白そうですもの。ぜひ実験されてやりますわ」


 そう言って、ライムさんは瞬間移動装置の実験に付き合うことを了承した。

 僕からすればトラウマ物の苦痛を感じた瞬間移動装置、思い出しただけでも体が震える。

 以前ならともかく、人並み以上に恐怖を感じる僕にはとてもではないがあれを使うことはできない。


「で、その装置はどこに? 見たところ、以前のような巨大なものはないようですけど」


「そこの棚の中だ。あとは依頼主に送り付けるだけだから、しまっておいたんだよ」


「しまうにしても、棚の中って。もうちょっと厳重に保管すべきでは?」


「私の工房に入る人間などいない。それで問題ないのだよ」


「そういうものですの? まあ奪われても私は困らないからいいですけども」


 ライムさんが棚を開けると、以前見た、瞬間移動装置がそこにあった。

 見るだけで思わず身震いしてしまう。


「見たところ、以前と変わりないようですが、ちゃんと改善してあるんですの? まあしてなくても私としては好都合ですけど」


 さりげなくドMぶりを発揮するライムさん。

 この人は実験にはすごい適した人物かもしれない。


「ちゃんと改良済みだとも。ほれ、入った入った」


 ロイド先生に促され、ライムさんは装置の中へと入りこむ。

 その表情は楽しそうで、瞬間移動することの楽しみ、というよりも、苦痛を感じることに楽しみを見出してそうだ。


「ではいくぞ」


「いつでもいいですわよ」


 そう言い、装置の中が光で満たされた。

 その光はライムさんの体中を包み込むも、特に苦しそうな様子はない。

 ただ光を纏っているだけが5秒ほど続き、ライムさんの体が装置から消えた。


「お、成功か」


「おお……」


 目の前で人が消えたことに、僕は素直に関心の声を上げた。

 以前も僕は瞬間移動を経験しているけど、あの時は気絶して移動した実感なんて沸かなかったけど、こうして客観的に見てみると普通にすごいと思う。

 僕の世界にもない、トンデモ技術だ。


「それで、ライムさんはどこに行ったんですか?」


「移動先はこの装置の付属品として作ったプレートになっている。複数作ったが、基本この部屋のどこかに……」


 言い終わる前に、部屋の隅でガタンと音が響いた。

 その方向を見てみると、ライムさんが現れた。

 ゴミを体に纏って。


「クソ爺! 移動先をゴミ箱にしやがりましたね! ふざけんじゃないですわよ!」


 ゴミまみれになってライムさんはロイド先生につかみかかる。

 どうやらこれはライムさんの性癖には合わなかったようだ。


「ライム君くさい、近寄らないでくれ」


「誰のせいだと思っているんですの!? ぶっ殺しますわよ!」


「いやしかし実験は成功だ。何も問題はないだろう?」


「このクソ爺……!」


 ライムさんは忌々しそうにロイド先生をにらみつけるが、確かに実験自体は成功している。

 見たところ僕が感じた苦痛を感じている素振りはないし、ゴミ箱に送られたこと以外は、なにもかも完璧だ。

 こんなすごい装置をデメリットなしで作るなんて、ロイド先生は本当に天才なんだな。


「さて、成功したこともわかったし、ユイ君もやってみるか?」


「え?」


 唐突に名前を呼ばれ、僕は硬直する。

 瞬間移動装置のデメリットは確かに解消されている。しかしそれはたった一回試しただけだ。本当に完成しているかなんてわからない。

 もしかしたら今の一回だけ偶然成功しただけかもしれない、そんなものを使うほど僕は勇敢ではない。

 ……が、即座に断れるほどの勇敢さも持っていなかった。


「え……っと、僕は……」


 どういう風な言葉なら波風立てずに断れるかを考えていると、


「そうですわね、ユイ様も試してみては? ゴミ箱に飛ばされるのはクソですが、それ以外はとても不思議な感じがしてなかなかのものですわよ。以前の苦痛を忘れるためにも、一度試してみるのがよろしいかと」


 満面の笑顔で言うライムさん。その顔を見ると、断るに断れない。

 これは人と多少かかわることで分かったことだが、僕はいまだに人が怖い。

 怖いと思わず普通に話すことができるのは、アルちゃんぐらいだ。

 それ以外だと、ライムさんもセウルお嬢様も、オズキさんやライさんにだって怖いと思う。

 アイラさんに対して怒りを感じたときなどは恐怖を忘れ、即座に行動に移すことができる。

 けど、平常時では恐怖が何よりも勝ってしまう。

 だから、こんな笑顔を向けられれば、機嫌を損ねたくないと思い、断ることなんかできない。


「そうですね、じゃあ試してみます」


 結局断ることのできない僕は、ロイド先生の作った装置の中に渋々と入りこむ。


「よし、今度はゴミ箱に飛ばないように気を付けるか。ライム君、プレートの数は合計5つのはずだ。確認してくれたまえ」


 偉そうにライムさんに命令を飛ばし、ライムさんはロイド先生の頭をはたいてからプレートの数を確認する。

 ゴミ箱にあったものが一つ、装置の山に埋もれてあったのが一つ、瞬間移動装置が入っている棚の中に3つ、確かに5つそろっている。


「というか、なんでゴミ箱に放置していたんですの?」


「形がちょっと歪んでしまったから作り直そうと思って、忘れていたんだ」


「変なところで気にしいですのね。でもまあ、これで数は確かなはずなんですわよね?」


「もちろんだ。これ以上は絶対にない。この装置に合わせて5つ作ったことだけは確かだ」


 ロイド先生はそう断言するから、それは確かなんだろう。

 僕は不安に感じながらも、きっと成功するだろうと信じて装置の中で祈る。


「では行くぞ」


 そう言ってから、装置の中が再び光で満たされた。

 以前のような熱さは感じず、むしろ、ほんの少し温もりを感じるレベルだ。

 心地いいとさえ感じる魔力に身をゆだね、ああ、成功するんだと、安心しきったまま、僕の体は瞬間移動する。


     *


 目の前でユイ様の体が瞬間移動する。

 あの移動は結構心地よいもので、便利さ云々とは別に、癖になりそうなものでしたわ。

 最近のユイ様は怯えた小動物の様でしたから、これで少しでも元気になればよろしいんですけど。

 なんて考えながら、目の前のプレートにユイ様が現れるのをジッと待つ。

 しかし、


「……現れないんですけども」


 一向にユイ様の体が現れることはない。

 この場には沈黙だけが流れ、どれだけ待ってもユイ様は出てきてくれない。

 私は不安になりながらクソ爺の方を見ると、額に汗を流しているのが見て取れた。


「おいクソ爺、何を焦っているんですの?」


 私がそう聞くと、クソ爺は体をびくつかせた。

 明らかに何かやらかした時の反応だ。


「何をやらかしたんですの!? これって失敗したってことですわよね? ユイ様はどこに!?」


「お、落ち着けライム君! 慌てるな。実験は成功している!」


「はあ!? じゃあユイ様はどこですの!」


「知らん!」


「知らんじゃありませんわ! どういうことですの!?」


 私は今までにないほど激高してクソ爺の首を握りこんでいる。


「い、言う! 言うから離せ!」


「……早く説明なさい」


「はあ、はあ……」


「早く!」


「わ、わかっている。ユイ君は、どこかに瞬間移動した」


「どこかってどこですの!?」


「わからん」


「この……!」


「待て落ち着け! 話を聞け!」


「じゃあ早く言いなさい!」


「……プレートは、6つあったんだ」


「6つ? あなた、5つしか作ってないのでは?」


「改良してからはな。だがそれ以前の、ユイ君で実験したときに一つ作ってあったんだ」


「それで?」


「ユイ君はその一つに瞬間移動した」


「それはどこにあるんですの!?」


「激昂したシュテルがどこぞに放り投げたせいで行方不明だ。だが間違いなく、近くにはない」


「近くにないって、なんで断言できますの?」


「装置に貯蔵していたはずの魔力が空なんだ。相当の長距離を移動したということだ」


「そんな……」


 ああ、なんてこと。私がユイ様に装置の使用を勧めたばっかりにこんなことになってしまうなんて。

 ……いえ、落ち込んでいる場合ではありませんわ。

 すぐにユイ様を見つけませんと。


「クソ爺、私を6つ目のプレートの場所に瞬間移動させなさい!」


「……無理だ。また魔力を貯めるには最低でも一週間はかかる。しかも魔力が空になっているということは、ユイ君はこの装置とプレートの間に移動させられた可能性が高い。その一週間の内にユイ君、もしくはプレートの位置が変わってしまう可能性を考えれば、この装置を使ってユイ君を探すには、リスクが大きすぎる」


「く……なら、自力で探しますわ! すぐにセウルさんやアラムさんに応援を頼みます! あの2人ならきっと力になってくれるはず!」


「ま、待てライム君! アラム君はともかく、シュテルに知られれば私は殺されてしまう!」


「この期に及んで、このクソ爺は……! いっぺん死になさい!」


 私はクソ爺に一発浴びせてから、即座に動き出した。

 ユイ様、待っていてください。

 必ずやこの私が、あなた様をお救いしますわ。

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