第86話 「戦いが終わって」
「ねえユイ、どうしてクランが勝つってわかったの?」
道すがら、お嬢様が尋ねてきた。
予想を外してはいるけど、不機嫌ってわけではなさそうだ。
「あ、と……その、あれはオズキさんが用意していたものだから、です」
「用意してた? あの落とし穴を?」
「はい。僕の用意していた罠とか全部取り除いたようで、そのことに対する謝罪ももらったんで、間違いないかと」
「なるほど……つまりあの状況はクランの想定通りだったわけか。でも、カイムは最初はあの罠を破ったのよ? そのうえで勝つって思ったの?」
「それは、まあ」
「どうして?」
どうしよう、こういうことは素直に言ったら怒りそうだ。
でも言わなかったら言わなかったでお嬢様を怒らせてしまうかも。
僕は意を決し、考えを口にする。
「序列が上位の人って、物事をうまく考えない、ように見えるからです」
「……つまりバカってこと?」
「い、いえ、決してそんなことは! ただ、上位の皆さんは強いから、攻撃を見てから対処できちゃうんです。だから、先読みする癖がないんだろうなって。できたとしても、一手先を読むくらいがやっと、かと……」
序列上位、これには当然、お嬢様も含まれてしまっている。
強さゆえに考える必要もなかった、できるだけお嬢様を立てるように言ったつもりだけど、
「なるほどね。確かに私たちは考えるよりも現状を把握して対処することばかりだったからね。強いゆえの弱点、ってことか」
よかった。この答えで不機嫌にはなってないみたいだ。
「つまりユイは、クランなら先の先を読んで行動すると思ったの?」
「はい。きっと、もう終わりまで計算してるんだろうなって」
オズキさんも僕から見れば雲の上のような存在だ。まともにやったら勝てる自信なんて一切ない。
けど、オズキさんは神の十指と違い、凡人であることを自覚している。
自分が何者でもないただの人だと、そう思っている人だ。
だから僕のように小細工をすることに抵抗はない。
「ふふっ、一日で立場がだいぶ変わったわね。学園生活も楽しくなりそうだわ」
お嬢様は楽しそうに笑って、これからのことを考えてる。
確かに、序列7位と2位が一日に敗れ、新たに上位に入った存在が二人もいるのだ。
まだピンときてないけど、それはきっと大変なことなんだろう。
当事者の僕は、大変な生活に、なりそうで……。
「ん? ユイ、どうしたの?」
僕のことを、お嬢様が不思議そうに見つめる。
「震えちゃって、寒いの?」
「いえ、大丈夫です」
口ではそういうものの、僕は不安でたまらなかった。
オズキさんのように強さをもって序列2位を倒したとは言い難い。
きっと学園のみんなは、僕のことを倒しやすい序列2位だと思っているに違いない。
いろんな人から戦いを申し込まれるかもと思うと、僕は怖くて怖くて、たまらない。
今の僕にはアイラさんに戦いを申し込んだときのような、怒りがない。
一切戦う意欲のない、ただの臆病な学生に過ぎないのだ。
その証拠に、友達のアルちゃんと別れてから、こうしてお嬢様と会話をしているだけでも、怖いんだ。
機嫌を損ねてしまうんじゃないかと。
何かのきっかけで本当の奴隷扱いを受けるんじゃないかと。
そんな考えが頭をよぎってしまう。
「ねえユイ、今度は私と戦わない?」
「え?」
唐突にお嬢様から戦いを申し込まれた。
……いや、立場を考えてみれば、当然のことか。
今の僕は何の間違いか、お嬢様よりも上の立場になってしまっている。
勝負の世界で僕が今の序列になったわけだから、お嬢様は別に嫌悪感から戦おうと思ってるわけじゃないだろう。
単純に自分よりも上位の序列の人間と戦い、上に行きたいだけ。
そのことはわかっている、わかっているけど。
誰かと戦うなんて、したくない。
「いや?」
「……いえ、いいですよ」
お嬢様の問いかけに対して、僕は了承してしまう。
ここで勝負を断ればお嬢様の機嫌を損ねるかもしれない。
それは、戦う以上に怖いことだ。
少なくともルールのある勝負であれば、必要以上に傷つくことはない。
きっと手加減されて、僕が少し我慢すれば終わるだけの、ほんの一時の苦痛。
それを我慢するだけで、すべてが丸く収まる。
そうして僕は、お嬢様と勝負の約束をして、屋敷へと戻っていった。
*
「まさかユイ君が序列2位になるとは驚きましたね。おめでとうございます、心より祝福させていただきます」
アニスさんは普段の軽薄な態度は鳴りを潜め、綺麗な姿勢で僕を称えてくれた。
それが妙にくすぐったくて、照れ臭くって……やはり、怖いと思ってしまう。
僕の序列なんてあと少しもすれば急転直下するものだ。
いつもは入念な準備をしたり、運がよかったから勝っただけのもの。
いずれ負けることはわかり、失う地位だと知っているのに、それを褒めてもらうのは嬉しい反面、不安を掻き立てる。
今のこの地位を失ったとき、この屋敷の人に失望されてしまう。
そうなったとき、僕の扱いが変わるんじゃないかと、幾多もの可能性を考えてしまう。
「ユイ君、今日は残念会のつもりで御馳走を作ったんです。それがなんと祝勝会に早変わり、おめでたいですね」
そう言っていそいそと食事の準備を進めるアニスさん。
僕も何かをしなきゃと思って手伝おうと思ったけど、アニスさんから今日のところは大丈夫と言われたので、何もせずにじっと待っていた。
その間、まさかのエイジン様と2人っきりの時間になった。
「…………」
「…………」
エイジン様とは会話の種がなく、沈黙の時間が続く。
何か話して盛り上げるべきなのか、もしくはエイジン様はこの沈黙を良しとしているのか。
どちらが正解で、もし前者なら何を話すべきなのか、様々なことを考え、最悪のパターンをいくつも予想して、お腹が痛くなる。
どうしようどうしよう、悩んでいると、
「おい」
エイジン様の方から話しかけてきた
「は、はい……!」
「そう畏まるな。なんでも、学園国家でセウルよりも上の序列になったらしいじゃないか」
「あ、はい……そうです」
「だから……何をそんなに怯えることがある。今日はお前の労を労おうというのに」
そうため息交じりに言うエイジン様だが、この人との会話が一番恐怖を覚える。
何か一つ粗相をすれば、文字通りの意味で首が飛びかねない。
「なあユイ、お前に一つ聞かなければいけないことがあるのだ」
「僕に、ですか?」
「ああ、お前はアニスから、何か聞いたか?」
「……何か?」
質問が曖昧過ぎて、僕は首をかしげる。
「まあなんだ、セウルのことだ」
「お嬢様のことですか?」
「……そうだな、アニスは自分の主のことについて、何か言っていたか?」
「主? アニスさんの主は、エイジン様じゃないんですか? アニスさんにとってお嬢様は、主であるエイジン様の娘さんだと思ってたんですけど」
「……なるほどな」
そうつぶやき、エイジン様は納得したような顔つきになった。
「やっと、この生活を認めたか」
そのつぶやきは、どういうことだろうか?
やっと?
ということは、アニスさんはこの生活を認めていなかった?
お嬢様に関係するなにかから、認められない理由があったということ?
「悪かった、気にするなユイ。今日はよくやったな、素直に称賛に値する」
そう言ってエイジン様は話を切り替えた。
それから先は、アイラさんとの勝負の話や、オズキさんとカイムさんの勝負の話など、今日あったことだけを話し、激動ともいえる一日は終わりを迎えた。




