第85話 「決着」
高度数十メートルからの落下、加えて目の前には自身を簡単に押しつぶすであろう強大な岩石。
まさに八方ふさがり、常人であれば死を覚悟していたかもしれない。
だが、相手は神の十指、人間では決して勝てないと言われるほど、人智を超越した力を持つ強者。
その強者からすれば今の状況は、この程度のもの、だった。
(ふん、あんな岩石、すぐ砕いてやるよ!)
カイムには風魔法により移動術がある。
たとえ空中と言えど、狙った場所への攻撃などお手の物だ。
そして、あの岩石の穴もすでに目視済みだ。ほんの少し力を込めた一撃を加えれば即座に砕け散る。
その後は、この岩石の末路の様にオズキも砕くだけ……
(なわけ、ねえよな)
カイムは冷静に状況を見ていた。
あの岩石を破壊することは容易だ。赤子の手をひねるほどに何の苦もなく行える。
問題はそのあとだ。
この攻撃は先ほどオズキがカイムの攻撃を受け止めたのと同じ。
あえて隙を見せてその場所を攻撃し、狙い撃ちにするというもの。
まず間違いなく、あの穴の向こうにはオズキがいる。
そして岩を破壊し得意になっているカイムに一撃を加えるという算段。
そう、カイムは見抜いていた。
「この俺様に、神の十指に、同じ手が二度も通じると思ってるんじゃねえぞ!」
カイムは岩石の穴に向かって動き出す。
穴以外を攻撃する選択肢もあった。しかし、それでは万が一に破壊できない可能性がある。確実にこの岩を破壊するためには、穴を突くのがベストだ。
だが穴の先にはオズキがいる。ならば、タイミングをずらしてやればいい。
「オラァッ!」
勢いよく魔力の穴へと一撃を与える。
しかし岩にはひびが入っただけ、破壊には至ってない。
カイムは攻撃を与えた瞬間、岩石を足場に下に向かって跳躍する。
そして風魔法を使い再び岩石へと身を投じ、二撃目を食らわせる。
二度目の攻撃が加わったことにより、オズキの繰り出した岩石は完全に砕け散る。
一撃目にひびを加え、二撃目による破壊、一から二への間はわずか1秒、しかしそのわずかな時間は完ぺきなタイミングを狂わせるには十分。
カイムは砕いた岩の破片をよけ、即座に四方を確認する。
自身にとどめの一撃を加えようとするオズキの姿を確認するために。
しかし、
「アガッ!」
四方にはオズキの姿が見えず、その間に、カイムの脳天に固い何かがぶつかった。
痛みをこらえながら頭上を見れば、そこには、
「はあっ!?」
2つ目の岩石が現れていた。
「なんっだよそりゃあ!」
完全に当てが外れたカイムは冷静とは程遠い精神状態に陥る。
オズキの拳による強烈な一撃は、カイムの脳裏に刻み込まれていた。
ゆえに、それのみを警戒していたカイムは、それ以外への対処をまるで考えていなかった。
オズキの直接の攻撃でなければ自身は倒せない、倒せるはずがない。
その確信が裏目に出た。
(くそくそくそ、どうするどうするどうする? オズキはいない、目の前に岩石、まずは下に跳んで距離を……砕いた一枚目の岩が邪魔だ! 速攻でこの岩を砕く。どこだ、穴はどこだ!)
一瞬にして頭を2つ目の岩の破壊に切り替えるカイム。
四方を確認して魔力の穴を探し、そしてそれも無事に見つける。
考えの切り替えから魔力の穴の発見、この間に要した時間は2秒にも満たない。
焦りながらであろうとも、神の十指の意地か、天性の感覚によるものか、確実に勝利に近づいていた。
普通ならば混乱したまま岩の下敷きになりそうなものだが、カイムがその末路を辿ることはない。
どのような精神状態であろうと、確実にこの窮地は脱することができる。
すでにカイムは魔力の穴のすぐ下に維持し、渾身の魔力を拳に込めた。
その拳を穴にぶち込み、一撃にしてオズキの作り出した岩は砕け散る。
そして、3つ目の岩をも警戒し頭上を見ていたカイムは、差し込んでくる太陽の光をその身に浴び、自らの勝利を確信した。
(勝った勝った勝った! 俺の勝ちだ! 序列10位の分際で、この俺を焦らせやがって!)
2つ目の岩を砕き、この勝負がついたことを確信したカイムは心の中でオズキに毒づき、さてどのようにとどめを刺してやろうかと考えたころに、声がしたので振り返る。
「同じ手を二度通じさせるのが、駆け引きだ」
声を発したオズキは、すでに拳を振るっていた。
カイムが振り返り、その顔面がオズキの正面を向いたころには、すでに渾身の一撃が、カイムの顔面に突き刺さっていた。
「ガハッ!」
強烈な一撃を加えられたカイムの体は、闘技場の壁に埋め込まれる。
オズキがカイムに一撃を食らわせた場所こそ、闘技場内の端、この位置あらば、先ほどはできなかった、追撃が行える。
「俺の勝ちだ!」
「ま、まて……!」
いまだに意識を保つカイムはオズキを制止しようとするも、それで止まるはずもない。
威力だけならば神の十指すら凌駕すると言われた、序列10位、オズキ・クランの渾身の一撃。
それを日に3度も喰らえば、耐えられる存在はいないだろう。
「……終わりだな」
壁に埋まるカイム、そのさまを満足そうに眺めたオズキは、満足な笑みを浮かべ、自らが掘った穴へと落ちていった。
*
「オズキ貴様! 審判であり教師である私すらも巻き添えにするとは何事だ!」
地面に落ちたオズキは、瓦礫の下敷きになっていた教師に詰め寄られていた。
「無事だったのだ。それでよかろう」
「無事!? 無事だと!? 死にかけたんだぞ!」
「死んではおらんだろ。いい加減機嫌を直せ」
「貴様ぁ……大体、なんだこの大穴は! 貴様この戦いが始まる前から細工していただろ!? 明らかな不正だ!」
「俺がやった証拠がどこにある? 地面を殴ったら空洞になっているのに気付いたから利用しただけだ。俺は悪くない」
「こ、この……!」
「俺は不正などしていない。そうだろ?」
確かに何の証拠もない以上、オズキを不正扱いで敗北とすることはできない。
「……しょうがないか」
「決まりだな。ならカイムの様子を見てこい」
オズキは親指を天に突き上げ、教師を促す。
それを見た教師は怒りの表情を押さえ、真剣なまなざしを天に向けた。
「お前、まさかカイムを倒したのか?」
「それを確認しろと言っている。この間にあいつが目を覚ましたら怒るぞ。まあそんなことにはならんだろうが」
「……そのようだな」
教師は遠目でありながらもカイムの姿を確認した。
壁にめり込み、身動き一つとれないカイムの姿を。
「お前……やったな」
さきほどまでオズキに対して喚き散らしていたが、オズキがカイムを打倒した事実を確認次第、穏やかな顔つきで、オズキを見た。
そしてオズキの肩に手を置き、勝敗を決する。
「おめでとう。お前の勝ちだ」
今この時をもって、序列10位、偽物の指と呼ばれたオズキは、序列7位、真の神の十指と肩を並べるに至った。
*
「くっ……さすがに、攻撃を食らいすぎたか」
闘技場を後にし、帰還につくオズキ。
勝利したと言えど、限界ギリギリの辛勝だ。
傷の数はすさまじく、あと数撃、カイムの攻撃を食らえば敗北していただろう。
そんなオズキを、一人の男が出迎える。
「よおクラン、大金星じゃねえか」
「……ライか」
序列最下位の男、ライ・エフォートは、満身創痍のオズキに肩を貸す。
「何の真似だ?」
「別に、傷ついた奴に肩を貸すぐらいのやさしさ、俺にもある」
「そんなやさしさを持つ奴、この学園には数えるくらいしかおらんだろう」
「その数えるくらいが俺だった、って話だ。てか最近、そんな少数派多いよな」
「……確かにな。今まではアラムにアイラくらいだったが、今ではユイにライム、アル、それにお前も……まったく、この学園はどんどんぬるくなっていくな」
「ライム? あの失禁お嬢様がそんなことするかね? アルはわかるけど」
「するさ。あの女、バカで非力でプライドだけは高いが、存外甘いぞ。ユイに感化された、というわけでもなさそうだ」
「ふーん…………なあクラン」
「なんだ?」
「俺さ、序列上げようと思うんだ」
「……そうか」
「とりあえず、10位に返り咲く。そのあとは一桁の奴らを倒そうと思ってさ。お前も、ユイ君も含めてさ」
「勘弁してほしいものだ。せっかく手に入れた地位が、すぐに奪われるなど」
「ははっ、言ってろ」
「……待ってるぞ」
「おお、待ってろ」
かつて10位だった者同士の、笑いながら歩く一時であった。




