第84話 「最後の攻防」
地面に倒れ伏すカイムの姿に、闘技場内は騒然としていた。
序列10位のオズキでは、一矢報いることもできずに終わるだろう。そんな空気を一蹴し、誰も考えていなかったオズキの勝利が、一瞬と言えども見えたことに、動揺を隠せないでいる。
しかしその勝利すらも、一瞬の間に垣間見えただけのもの。
場内の驚きはすぐに掻き消え、やはりと、そう思わせる。
「くそ……がぁっ!」
怒声とともに勢い良く立ち上がるカイム。
顔には拳の跡がくっきりと残っており、勢い良く立ち上がった物の、ダメージが残っているのがわかるほどに、ふらついた。
だがそれでも、カイムが立ち上がった瞬間にオズキが敗北すると、場内の誰もが確信していた。
「やはり、立つか」
立ち上がったカイムを見てつぶやくオズキ。
その顔には、悲しいのか、悔しいのか、はたまた別の感情か。
なんにせよ、府の感情を抱いていることは容易に想像できた。
「てめえてめえてめえてめえ! たかが10位の分際で、この俺様に一撃くれやがって! ぶっ殺してやる!」
そう言い、カイムは動き始める。
地面を蹴ると同時に湧き上がる爆風、風魔法を応用する移動術だ。
その高速移動はオズキの目では追うことができず、この闘技場内でカイムの姿を捉えられているのは、カイムよりも序列が上の、セウルただ一人であった。
地を駆けるだけではない。風魔法を用いた空中への移動、文字通り縦横無尽の動きに、オズキはただ身を固めるだけ、攻撃に出る素振りが見えない。
それを確認したカイムは、オズキの背後を位置取り、この勝負で初めての、拳による攻撃を加えた。
「ぐっ……!」
背中から体中に響く衝撃に、オズキは苦悶の声を上げる。
それと同時に、オズキは気づかれたことに気づく。
オズキの攻撃された部分は、魔力の穴と呼ばれる部分ではない。
正真正銘、魔力で強化された部位だ。
そこを攻撃する理由はただ一つだ。
「どうだ! これで俺の攻撃を予測することはできないだろ!」
オズキの核心を裏付けるように、カイムは高らかに宣う。
そう、オズキがカイムに一撃を与えられた理由がまさに、カイムが誰よりも秀でる能力、魔力の穴を見つけることだった。
相手の弱点を見つけられるのであれば、裏を返せばそれは、どこを攻撃するのかがわかるというもの。
あとはタイミングさえつかめば、誰よりも力のあるオズキなら捉えることは容易だ。
「どんな方法で穴を察知しているかは謎だが、これで無意味だろうが!」
(察知しているのは謎、か。これだけ攻撃を食らえば、どこが穴になるかぐらい、予想もつく)
カイムの攻撃を食らいながらも、オズキは冷静さを失っていない。
それどころか、勝機を見出していた。
「やられてばかりではないぞ!」
そう声を上げ、拳を振り上げるオズキ。
防御を捨て、腕を振り回し、カイムを迎え撃とうと攻撃を繰り出す。
しかしそんな攻撃は当たるわけもなく、拳を空を切り、地面に突き刺さり、一度としてカイムを捉えることができない。
特殊な才能でもなんでもない。単純な実力差から、オズキはカイムに手も足も出ない。
「ヒャハハハ! 無様だなあ! オズキ!」
もはや勝敗は誰の目にも明らか、オズキはあと数分もすれば耐え切れずに敗北することは目に見えている。
むしろ、なぜまだ立っているのかと、疑問に思うほどだ。
そしてオズキは、ついに地に膝をついた。
「ぐうっ……ぅぅ……!」
振り回していた拳も地面につけ、オズキに残っている力はもうない。
そう思わせるに十分なほど、オズキの姿は痛々しかった。
この勝負がすでに終わった物であると確信したのか、高速移動を続けていたカイムは地に足をつけ、にやけ面をオズキに向けていた。
「ヒャハッ! おいおいもう終わりか? 調子に乗って人様の顔面に拳ぶち込んでくれたくせに、もう終わりなのかよオズキィ! おら、もっと俺にいたぶらせろ! 殴らせろ! 殺させろ! 立てやオラァ!」
攻撃はしようとせず、言葉を持って溜まっている鬱憤をカイムは晴らす。
一撃とはいえ序列10位から喰らったことによるストレスは相当なものであるらしく、まだまだオズキをいたぶるつもりなのは目に見えている。
それこそ言葉通り、殺してしまうほどに。
そんな狂気の目を向けられているにもかかわらず、オズキはゆっくりとだが立ち上がる。
足は震え、今にも倒れてしまいそうなほど満身創痍だ。
その様子を、カイムは楽しそうに見つめる。
「いいぜいいぜいいぜ! そう来なくっちゃな! ぶっ殺してやるぜ!」
意気揚々と、カイムは再び攻撃に移ろうとする。
だがそれよりもオズキの行動の方が、早かった。
「これを使わずに勝てれば、文句はなかったのだがな」
誰にも聞こえないほどのつぶやき、その言葉とともにオズキは、右腕に渾身の力を込め、地面に叩きこんだ。
「ああ? てめえなにやって……はっ!?」
カイムが言い終わるまでに、地面が崩れ落ちた。
カイム、オズキ、そしてこの試合の審判を務めていた教員の体が宙に浮く。
下を見れば、数十メートルはあろうかというほどの深い穴だった。
「なんっだ、これはぁ!」
驚き宙をただより続けるカイム、対照的に冷静なオズキは砕いた地面の一部を足場に、カイムよりも高い位置に移動する。
空中の岩を蹴った故にそこまで高くは移動できない。
しかし、カイムよりも上に行ければ何の問題もなかった。
「喰らえカイム。これが俺の渾身だ」
そう言い、オズキの手より現れ出でる巨大な岩石。
この場にできた大穴、底に隙間がなくなるほどの長方形の岩石が落とされる。
この時、闘技場内から二つの声がこぼれた。
一つは序列3位の、もう一つは序列2位の言葉。
「カイムの勝ちね」
「オズキさんの勝ちです」
まったく同時に発せられた言葉、どちらの言葉が正解にせよ、これが最後の攻防であり、勝敗が決まることだけは、正解だった。




