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第81話 「許すきっかけ」

 アイラさんとの勝負を終えた僕は、闘技場の控室の椅子に座り、自己嫌悪に陥っていた。


 僕はなぜ、あんな愚かなことをしたんだろう?

 僕が勝ってアイラさんに謝罪させても、僕が負けても、結局のところアルちゃんは悲しむ。自分のせいでこんなことになってしまったと自身を責め、心に傷をつけてしまう。

 なのに怒りに囚われそんなことも思いつかず、流れのままに身を任せてしまった。

 自分のしたことがどれほど愚かなことだったかを嚙み締め、僕は握りしめた拳を額に押し当て、後悔の念を募らせている。

 そんな僕に、


「アイラに勝ったというのに、嬉しそうではないな」


 同じく控室にいたオズキさんが、一言も発さずに暗い表情でいる僕に話しかける。

 心配しているようには見えず、単純に偉業を成し遂げた人間の姿とは思えないという疑問からの行動だろう。

 僕はその問いかけに、何も発さずに俯いている。


「無視か、いい度胸をしているな」


 そう言われて、僕は自分が何をしているかに思い至り、慌てて顔を上げる。


「す、すいません! 無視をするつもりはなくて、その……本当に、ごめんなさい」


 普段であれば、誰かを無視するなんて絶対にしない。そんな人を不快にさせる行為なんて、嫌われそうでとてもじゃないができない。たとえまともな返しをできなかったとしても、何かしらの返事はしていた。

 だけど、自分のしたことの愚かさに頭がいっぱいになり、返事をする余力がなくなってしまっていた。


「いや別に、そこまで謝罪することではない。いやな言い方をして悪かったな」


 オズキさんはバツの悪そうに謝罪してくれたが、それが僕をさらに追い詰める。

 バカな行動をしてアルちゃんを悲しませ、今でも話しかけてくれたオズキさんを無視して、その結果僕なんかに謝らせてしまった。

 罪悪感で胸が押しつぶされそうだ。


「本当にごめんなさい。無視なんかして、ごめんなさい」


「そんなに謝るな。お前も、幻覚を受けたことで脳がつかれているのだろう。俺の方こそ無神経だったな」


「違います、オズキさんは何も悪くありません。悪いのは……僕なんです」


 オズキさんに謝らせたことも、アイラさんとの戦いを選んだことも、何もかも僕が悪い。


「ユイ、さっきのは気にするな。もう謝罪などせんでもいい」


「……はい」


「ではユイ、俺もこれから十指の一人と戦うがその前に……勝利おめでとう。これでお前は序列2位、すでに俺よりも上の存在だ」


 オズキさんは笑顔で僕の勝利を祝ってくれた。その行為自体は嬉しくはあるのだが、素直に喜ぶことはできない。

 戦ったこと自体に意味がなかったし、それに、あの結果はアイラさんが降参したからだ。僕の実力ともいえない。

 オズキさんからの称賛に沈黙でしか答えられず、けど何かを言わなくてはと頭を果たらせるも、脳内が混乱して言葉が出てこない。

 口をパクパクと動かすだけで、声が発せない。

 そんな僕にオズキさんが、


「どうしたユイ? 嬉しくないのか?」


 またも不思議そうな顔で問いかけてくる。


「あの序列2位に勝ったのだぞ?」


「……喜んでは、いけない気がして」


「なぜだ?」


 僕の言葉に、即座に疑問を呈するオズキさん。少しでも正しい答えを導き出すために、深呼吸して息を整える。

 そして頭を少し整理させ、自分の中の考えをオズキさんに伝える。


「あの勝負に、意味はなかったんです」


「意味が?」


 僕はオズキさんに、今回の戦いの経緯と、先の戦いでのすべてと、その結果どういうことが起こったのかを詳しく説明した。

 アイラさんがアルちゃんを化け物と罵ったこと、そのことに謝罪を求めたこと、アイラさんが僕に同情したこと。僕の勝利は実力ではないこと。

 すべてを、事細かに教えた。

 僕がいかに愚かだったのかということを。

 それに対し、


「なるほどな」


 オズキさんはそうつぶやき、僕の隣に腰を下ろした。

 そして頭をポリポリと掻いて、声を発する。


「お前は、そんなに愚かか?」


「……え?」


「お前のしたことが、俺にはさほど愚かなことだとは思えん。むしろ、普通のことではないか? 友を侮辱され怒らない方がどうかしている。そして怒りのままにその先を考えず行動することは、人間として十分あり得る行動だ。それに友を不快にさせてしまうことも普通のことだ。友だけでなく家族、恋人、その他自分にかかわるすべての人に一切不快感を抱かせないなど、不可能だ。お前のしたことは人として至極真っ当だと、俺は思うがな」


 オズキさんの言葉は、驚くほどすんなりと僕の心に入り込んできた。

 確かに正論だ。言っていることすべてに納得でき、僕のしたことは人間としては間違っていないのかもしれない。

 ほんの少し心が軽くなりかけたのだが、僕は僕を許せないでいる。


「僕は……友達を悲しませたんです。人として当然の行為だとしても、自分を許せません。友達の……アルちゃんの心に傷をつけた。許されるはずが……!」


「なら謝ればいい」


 僕の嘆きに間髪入れず、オズキさんは提案する。

 謝ればいい、その端的過ぎる言葉に、僕はそれではいけないと考える。


「謝ることは、しちゃいけないと思います」


「なぜ?」


「だって……アルちゃんは優しいから。僕が謝れば、どんな思いをしていたとしても、許してくれます。許しちゃうんです。彼のやさしさに付け込むような真似、していいはずが……」


「付け込めばいい」


「……何を言ってるんですか。それじゃホントに自己中心的な、嫌な奴じゃないですか。アルちゃんの気持ちを無視しすぎです」


 オズキさんの提案は、完全にエゴだ。自分の心を軽くするためだけの、許されざる行為だ。

 人のやさしさに付け込み、許してくれるだろうと高をくくって謝罪するなど、友達にしていいはずがない。

 ……けど、オズキさんの直後の言葉には、重みがあった。


「話を聞く限り、そのアルという男は本当に優しいのだろうな。お前がそれほど気にするのなら、かなりのものなのだろう」


「はい。彼は僕の知る限りでは、いちばんやさしい人です。そんな彼のやさしさを利用する真似は……!」


「優しいのなら、許したいのではないか?」


「……え?」


「これは完全なる俺の憶測だが、アルは人の為に己を犠牲にできる奴だろう。そんな奴はな、たとえ自分に嫌なことをされても、そいつを恨むことなどしたくない。一時でもそのような感情を持ってしまったのなら、それこそを苦痛と思う奴だ。ならば、自分を不快にさせた人間を許し、楽になりたいと思うはず」


 アルちゃんと特に関係性を持たないオズキさんの言葉だが、説得力があった。確かにアルちゃんは、人を恨むことをしたいと思わない人間だろう。

 誰とでも仲良く、そんな理想を持つ心の優しい人だ。

 きっと、何かあっても許したいと思う。

 そのことには納得できる。オズキさんの言葉は僕の心に響き、頭ではそれが正しいと理解できている。

 それでも、


「アルちゃんのやさしさを利用してるようで……」


「友達なのだろう? 許すきっかけを与えてやれ」


「……!」


 その言葉が決め手だった。

 友達、だから許すきっかけを僕が与える。

 アルちゃんのやさしさに付け込むかも、などと考える自分の心に鞭を打ち、友達が許すためのきっかけを与える。


「……そんな考えが、あるんですね」


 友達などいたこともなく、ゆえに喧嘩などもしたことがない僕には、わからないことだった。

 謝ることは、自分の心を軽くするためでも、償うためのことでもない。

 優しい友達の心を軽くしてあげるための行為だと。

 初めて知ることができた。


「ああそれと、もう一つ言っておくぞ」


 アルちゃんに謝罪をしようと立ち上がる僕に、オズキさんは続けてこんな言葉を口にする。


「お前がアイラに勝ったのは、実力だ」


「え、そんなわけ……」


「最初に幻覚を破った段階で、勝負はついていただろう?」


「あ……」


 簡単な理屈に気づかなかった。

 確かにその通りだ。幻覚を破った直後にアイラさんにとどめを刺すこともできた。押さえつけてからもその機会は十分にあった。

 結果はアイラさんの降参だったけど、客観的に見ても、僕は勝っていた。


「もう一度言うぞ。おめでとう」


「ありがとうございます。オズキさんも、頑張ってください」


 その言葉を残して、僕はアルちゃんの元まで向かっていった。


     *


「ごめんなさい、アルちゃん! 本当に、ごめんなさい!」


 観客席の隅の方で、僕はアルちゃんを見つけて即座に頭を下げて、謝罪の言葉を口にした。

 本当に申し訳ないと思い、お腹の底から声を張り上げる。


「あ、頭を上げてユイちゃん。その、私は別に……ホントに頭を上げて」


 アルちゃんは困ったような声を上げて、僕に頭を上げるように言う。

 それに従い頭を上げた僕は、アルちゃんの目をじっと見据える。

 ここで目をそらしてはいけない。

 アルちゃんからの言葉を、正面から受けなければいけない。


「そもそも、ユイちゃんが謝ることなんてないよ。だって、私の為にやってくれたことで……」


「でも、僕は君を悲しませた」


「それは……そうかもしれない、けど……だったら、私もユイちゃんに、謝らないといけないことがあるんだ」


 そう言ってアルちゃんは目を覆い、表情を少し隠した。

 悲しみか、申し訳なさか、なんにせよ、後ろめたい気持ちが見え隠れする。


「私はユイちゃんに、ひどいことを思っちゃったんだよ」


「ひどいこと?」


「うん……私とユイちゃんが女の子になった時、私、最低なこと、思っちゃったんだ」


 僕とアルちゃんが女の子になった時?

 あの時に、何か特筆すべきことがあったのか?

 特に思い当たることはない。むしろお嬢様とライムさんが僕で楽しんでいたのと対照的に、気にかけてくれたように思える。


「女の子になってさ、ユイちゃんの額が、見えちゃったでしょ?」


 そう語るアルちゃんは泣きそうな顔になって声も震えている。


「私ね、ユイちゃんも私と同じ化け物かもって、少し喜んじゃったの」


「……!」


「最低だよね。本当はね、アイラちゃんとの戦いをやめてもらうときに言って、説得しようと思ったんだ。こんな私の為に戦う意味なんかないって。けど……私言えなくて……」


 そこまで言った時点で、アルちゃんは目から涙をこぼした。

 ポタポタ流れ落ち、地面が涙で濡れる。


「ユイちゃんに、戦ってほしくなかったけど……私、ユイちゃんに、嫌われたくなくて……それで……!」


「もう、いいです」


 泣き崩れながらも言葉を続けるアルちゃんが見てられなくて、僕は口をはさんだ。


「僕だって、アルちゃんの心を無視しちゃったんです。僕の方が、嫌われて当然のことをしたんです」


「違うよ! ユイちゃんは私の為に怒ってくれた! それで嫌うなんてありえないよ!」


「僕がアルちゃんを嫌うことだってありえません」


 自信をもって、きっぱりと言えた。

 僕はアルちゃんを絶対に嫌いになったりなんかしない。

 僕のことを一瞬でも化け物かもって思ったのだとしても、たとえ今でも化け物だと思われているとしても、そんなことは関係ない。

 アルちゃんは僕のことを思い、こうして嫌われることも覚悟のうえで本心を語ってくれた。

 こんなにも優しい友達を、嫌いになんてなれるはずがない。


「僕のことを化け物かもって思われてても、気にしません。僕は君のすべてを許します」


「……私も、ユイちゃんのしたことは、ぜんせん気にしてないよ。私もユイちゃんの全部、許すよ」


「それじゃ……仲直りで、いいですか?」


「……喧嘩してたわけじゃ、ないよね?」


 そういえば確かにそうだ。

 僕らは別に喧嘩なんてしてない。お互いがお互いに申し訳ないと思っているだけで、仲直りというには、何かおかしい気がする。

 なんていえばいいのかなと思っていると、


「話は終わった?」


 突如、セウルお嬢様が現れた。


「もうすぐクランの勝負が始まるわよ。見てなくていいの?」


「え、あ……はい、見ます。アルちゃんも見ていきますか?」


 お嬢様に問われて、僕は反射的に見ると返事をした。いやまあ、もとよりオズキさんの勝負は見るつもりだったけど。


「あ、と……そうだね、うん、一緒に見よっか」


 僕とアルちゃんは近くに椅子に隣り合って座る。

 その僕の隣にお嬢様も腰を下ろす。


「さ、ユイに次ぐ最注目カードね。クランがどこまで耐えられる見ものね」


 オズキさんが勝つことを全く想像していないことがよくわかる言葉だ。

 僕としては、こうしてアルちゃんと話す決意をさせてくれたオズキさんにぜひとも勝ってほしい。

 あの人も、この学園では珍しい、誰かにやさしくできる類に人だ。

 心の中でオズキさんの勝利を祈り、固唾を飲んで見守る。

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