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第7話 「決死の賭け」

セウル視点です

 トラップが作動したと、私はすぐに実感した。

 それも当然のこと、この屋敷の魔法的トラップはすべて私の管轄、作動したかどうかは手に取るようにわかる。

 作動したトラップは屋敷の門にある威嚇用の物ではない。侵入者を即座に殺す、殺意に満ちて作った兵器だ。

 熟練の戦士ならばなんとか避けられる代物だろうが、一般の兵士に避けられる茶地な代物ではない。

 まして戦闘経験のない一般人など、迫りくる攻撃を視認すらできずに、わけも分からぬまま死ぬことは間違いない。


 だから私は、分かっていた。

 分かっていながらなお、僅かばかりの希望を胸に走っていた。


「ユイ!」


 私の期待を裏切る光景は、目の前に映し出される。

 腹部をえぐられ、おびただしい量の血を流したユイが、倒れている。


「あ……ぐ……!」


 痛みに苦悶するユイの、声にならない声が私の耳に届く。

 即死級のトラップのはずだったけど、ユイの意識はある。

 なんとか急所は外れていたように見える。


 けど……即死を免れただけだ。

 このまま放置していたら……いいや、手当てをしても死から免れるすべはない。


「どうしたセウル? 血相変えて走って」


 私よりも十数秒ほど遅れて、パパとアニスが来た。

 最初は私の行動に呆けていただけだったけど、倒れているユイを見てその表情が驚きに変わる。


「セウルお前、トラップを解除しなかったのか!?」


「……わす……れてた……」


 最悪の忘却だ。決してやってはいけない不覚だ。

 これからなんの危機感も持たない普通の人間が屋敷を出るというのに、地雷原に足を踏み入れるというのに、それをそのまま放置など。


「……なお……さなきゃ……!」


 手に魔力を込めて、ユイの体に魔力を流し込もうとする。

 その私の手を、パパは握りしめて制止した。


「バカ! 何をする気だ!?」


「だ、だって……ユイを治さなきゃ……これ、私がやったようなもの……」


「まずは冷静になれ! このような光景、慣れているだろう!」


 ……いいや、こんな光景、生まれて初めてだ。

 人など、いくらでも殺したことがある。

 戦場で幾多もの兵士を殺し、この手はすでに薄汚れている。

 だけど決して、覚悟を持たない一般人を殺したことなどなかった。


 私が殺してきた人間は皆、その場に死が無造作に転がり落ちている空間だと知りながら、それでもなお戦うことを選んだ戦士たちだった。

 彼らを殺したことに何の負い目も感じてないし、そんな考えを抱くこと自体が侮辱であるとさえ思っている。


 でも……目の前で死にそうな男の子は違う。

 死ぬなんて思っていなかったに違いない。

 当然のようにこれからを思い浮かべていた普通の一般人だ。

 それを私が……私の不手際で死に瀕している。

 ならば……


「なんとしても……治さないと……」


 私は再び、魔力を流し込もうとする。


「だからそれをやめろと言っている! 殺す気か!」


「……え?」


「こいつは自分の魔力すら活性化していない人間だ! そんな人間に、空気中の純正でない魔力なんか流し込めば、拒絶反応で即死だ!」


 ……そうだった。

 よく考えればわかること、それを私は見落としてしまっていた。

 元々汚れているこの手が、さらにどす黒く汚れることを恐れ、盲目になっていた。

 ……だけど、


「それじゃ……どうすれば……」


「分からん。ただ言えるのは、医術的な処置では確実に死ぬということだけだ」


「となれば、この場で最も魔法の扱いに長けたセウルお嬢様が何とかするしかありません」


 平然と言ってのけるアニスだが、それが出来ればこれほど狼狽えてはいない。

 魔法による回復、その最も基本的な魔力を流し込んでの治癒力の向上は見込めない。


「魔力による構造の分解および再構成……だめ、魔力が体内に行き渡ってないユイの体は分析できない。脳内幻覚を見せ続けての生命維持、その間での医術行為……脳は生きても体は蘇生できない……! ユイ個人の時間逆行魔法……出来るわけ無い! 無理よ! 私個人の魔法で、しかも魔力を体内に流し込めないなんて条件じゃ、伝説級の魔法でも行使できないと助けらんないわよ!」


 今の私には、ユイを助けることなんてできない。

 研鑽に研鑽を続ければ、もしかしたら机上の空論である時間逆行すらできるかもしれない。

 けど今は、その魔法が必要な今この時には、私には出来ない。


「セウル、さっきはお前の愚行を止めはしたが、諦めろ。どうせ見捨てた人間だ」


 いやだ! 絶対にいやだ!

 見殺しにしても、この手で殺すのはいやだ!

 身勝手なのは分かっている。そんなことは百も承知だ。

 けど……私がユイを殺したくない……!


「なにか……なにか方法は……!?」


 必死に頭を働かせて、あらゆる魔法を思い浮かべる。

 だがどれもが空想の物語に出てくるような途方もない大魔法、不可能の文字が頭に何度も浮かび上がる。

 そうやって、考えて考えて考え抜いて、それでも何も思い浮かばず。

 こんなことになってしまったことを心の底から詫びようとユイを見ると、


「……なにを……?」


 苦しみに顔を歪めるユイは、ポケットに手を突っ込んでいる。

 指先一つ動かすだけでも苦痛が伴うはずなのに。

 そんな無駄な行為を、ユイは最後の力を振り絞って行っている。

 そうしてユイがポケットから取り出したものは、キラキラと輝く魔石だった。


「ゆ、ユイ……! あなたそれ!」


 ユイの手に握られる魔石が、あまりにも高純度なものであることに驚く。

 なぜこれほど高価なものをユイが……いや、そんなことはどうでもいい。

 これがあればもしかしたら……


「おいセウル! お前何を考えている!?」


「……ユイの体に魔石を埋め込む」


「バッ……それこそ自殺行為だ! あの(・・)一族以外に魔石を埋め込んで無事だった者など、この世には一人もいないのだぞ!」


「この世には、でしょ?」


「そ、それは……」


「魔石には魔力を増幅させる力がある。それを体に埋め込めばユイの魔力が活性化するかもしれない。そうなれば、ユイ自身に発生するはずの莫大な魔力と私の回復魔法で、なんとかなるかもしれない」


「耐えきれずに体が爆散するかもしれないぞ!」


「これ以外に何か可能性があるの?」


「ない……が……」


「なら黙ってて!」


 私は制止を振り切り、最後の希望に縋ろうとユイの手から魔石を……


「な、によ……この力……!」


 死にかけのはずのユイは、かたくなにこの魔石を離そうとしない。

 どこからそんな力が湧き出るのかと不思議に思うほどの力だ。


「離しなさい! これを使えば、生き残れるかもしれないのよ!」


 だが、ユイは力を緩めようとしない。

 なんだっていうの? そんなにこの魔石が大事なの?


「……これがあなたにとってどれほど大事な物かは分からないけど、使わせてもらうわ」


 一刻の猶予もない状況、私は魔力を込めてユイの手を開かせる。

 ゆっくりと、ユイの指が開かれる。

 そして魔石を取り出し、それをユイの額にそっと置く。


「……ごめんね」


 これはもはや、私の技術でどうにかなる問題じゃない。

 魔石の埋め込みは当人の耐性次第のギャンブルでしかない。

 そしてそのギャンブルに成功した人間は、過去にただ一人だけ。

 その一人が育んだ一族だけが、このギャンブルを必勝にできる。

 ……ユイの生還の確率など、万に一つしかない。


「アニス、掃除の準備をしておけ」


「……はい」


 パパとアニスはユイの体が粉々に砕け散ると思っているのか、すでにその後始末の準備を始める。

 その行いに腹を立てるけど……私自身、ユイが生き残れるとは思っていなかった。

 私のやっていることが全くの無駄な行為と、理解している。

 それでも私は……このか細い希望に縋りたかった。


「入れるわよ」


 ユイの頭に乗せた魔石を、力を込めて頭にこすりつける。

 そして、魔石の本来持つ輝き以上の煌めきを放ち、ゆっくりとユイの頭に入り込んでいく。

 初めて見るが、不思議な現象だ。

 鉱物たる石が人体に徐々に徐々に入っていく、それだけですでに痛々しい。

 ここから、脳と魔石の混合が始まる。


「あっ……! あぁ……! アアアアアア!」


 痛みに悶えるユイを見て、心に釘が刺さったように胸が痛くなる。

 魔石は脳を破壊し、増幅する魔力が脳を超速で再生する。

 それがどれだけ辛いことなのかは、ユイを見ればわかる。


「アアアアアアアアアアアア!」


 もう、私には何もできない。

 私の手から離れている魔石には、何の干渉も出来ない。

 あとはもう、ユイ自身がこの痛みに耐えるしかない。

 痛みに耐え……運が良いことを祈るしかない。


「アニス、どっちで死ぬと思う?」


「極度の痛みでですかね。お腹の痛みと魔石の痛み、どっちにもは耐えられないでしょう」


「黙ってろ!」


 無神経な発言をする2人に、私は怒号を飛ばす。

 この2人にとってユイは、本当にどうでもいい存在なのだろう。

 生きていても死んでいても、損もなければ得もない、そんな人間だ。


 ……正直、私もそうだ。ユイが死のうが生きようが、何も思わないだろう。

 問題は私が一般人を殺す人間になりたくないだけ。

 ただそれだけの気持ちで、ユイの生還を心の底から望む。


「頑張って……!」


 初めて、神に祈るかもしれない。

 すべてのことを自分の力でやってきた私の、初めて出来ないこと。

 もはや祈るしか、私にできることはなかった。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


「…………長くないか?」


 苦しみに悶え続けるユイを見て、パパがつぶやいた。

 ……確かに長い。苦しみに悶える時間が長すぎる。

 いや私も魔石の埋め込みなんて初めてだから何とも言えないけど、適合せずに死ぬのならもっと早く死んでもいいはずだ。

 体が爆散して、辺り一面が血で染まってもいい時間のはず。

 なのにユイは、今もなお苦しんでいる。


「もしかして……適合してる?」


「バカな!? こんな貧弱な人間が!?」


「へ~、幸薄そうな顔なのに運がいいんですね」


 驚くパパと、呑気なことを言うアニス。


「おいセウル、そいつから魔力は感じるか!?」


「今見てる!」


 苦しみ続けるユイの胸に手を置く。

 もし適合したのなら、私に魔力が感知できるはず!


「どうですか?」


 少しの間、私の胸中は膨大な不安が渦巻いている。

 心臓の鼓動は加速し、体中から汗が噴き出る。

 だけど数秒後、私を圧倒的安堵が包み込むことになる。


「……魔力を……感知できたわ!」


 成功よ、成功したんだわ!

 万に一つも勝算のないはずのギャンブルは、成功した。

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