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第76話 「不発」

 決戦当日、ついにアイラさんとの勝負が10分後にまで控えていた。

 僕は闘技場の控室で思考を巡らせている。

 試合開始にあれを行う、その後にあれを発動する。

 できなかった時のパターンも……様々な想像を繰り返し、負けないための準備を怠らない。


「ふっ、緊張しているようだな、ユイよ」


 無言で思考する僕に、オズキさんが笑いながら話しかける。

 僕が戦った後には序列7位と戦うというのに、緊張した様子は一切見受けられない。


「相手は序列2位ですからね。正直、怖いです」


「俺だって怖いさ。だが、やると決めた以上、気負ってもしょうがないだろう?」


「僕はそんな精神構造はしていないんです」


「何を言う。戦いの前の精神統一、リラックスするというのは訓練でどうにでもなる。むしろお前がそれをできないことが驚きだ」


 リラックスが訓練でできる……そういえば、そんな話は聞いたことがある。

 一流アスリートは常に冷静でいられるとかそんなことを。

 実戦の経験が少なすぎる僕には、習得するのは無理そうな技術だ。


「オズキさんは、強いですね」


「その言葉は1時間後にとっておけ……いや、別に強いと言われなくてもよいか」


「なぜです?」


「……気にするな。まあ俺のことはどうでもいい。頑張れよユイ」


 オズキさんは僕の背中をパシッと叩いて、椅子に腰掛けた。

 頑張れ、か。

 戦いを頑張ることは気が進まないけど、アルちゃんのため……いや、僕自身のため、僕が納得するために、頑張ろうと決意した。

 椅子から立ち上がり控室の扉を開ける。

 扉を閉めた直後、オズキさんの言葉が聞こえた気がした。


「すまないな」


 うっすらと聞こえた言葉に、聞き間違えかなと思い、特に気にも留めずに戦いの場に赴いた。



「ホントに私と戦うつもりなのね。そんなにあの化け物が大事なの?」


 開口一番、目の前のアイラさんは微笑みながら化け物と口にする。


「約束は覚えてますか? 僕が勝ったら、土下座してもらいます」


「えーえー、覚えているわよ。もしも負けてしまえばこの私の体を衆目に晒して、土下座しないといけないのよね」


 その言動には自身が負けるなんてことは一切思っていない、自信に満ち溢れた物だった。

 性格はあれでも序列2位の圧倒的強者、アイラさん自身でなくても、誰もが僕の敗北を疑っていないはずだ。

 その証拠に、この闘技場にはアイラさんの戦いということで数多くの人が観戦し、すべての視線がアイラさんに集中している。

 僕なんか、眼中にすらないということだ。


「別に全裸になる必要はないですよ。ちゃんと謝ってさえもらえたら」


「あら、強気な発言。あなたがどれくらい強いかは知らないけど、ちょっと楽しみね。最初の数分くらいは遊ぼうかしら」


 クスクス笑いながら僕を見るアイラさん。

 彼女にとって、僕との勝負は戦いですらないんだろう。

 暇つぶしくらいにしか思っていないのがよくわかる。


「お前たち、話はそれくらいでいいか? そろそろ始めたいのだが」


「ええ、いつでもいいわ」


「僕もです」


 僕は体中に魔力を行き渡らせる。

 氷の属性ゆえだろうか、力が強くなってきているのに反比例し、体温が徐々に下がっていく。

 そのおかげか、頭も妙にスッキリし、冴え渡ってくる。

 様々なパターンが頭の中に駆け巡り、アイラさんの一挙手一投足に集中する。


 それに対し、対戦相手のアイラさんは構えをとるどころか、魔力を纏う素振りすら見せない。

 戦うつもりがないとさえ思えるほどに。

 僕のことを圧倒的になめ切っているが、好都合。

 その隙をつかせてもらう。


「では準備はいいな? はじめ!」


 審判の合図とともに、僕は地面を思いっきり踏みつけた。

 傍目から見ても何もないそこには、魔力を込めて衝撃を与えればちょうどアイラさんのいる位置が爆発する仕掛けを用意している。

 ……はずだった。


「なぁに、いきなり地面を蹴って、威嚇のつもり?」


 爆発は不発、ただ僕が地面を蹴るだけで終わってしまった。

 調整はしっかりしておいたはずなのに、こんな場面で不発なんてついてない。

 けど、仕掛けはまだまだたくさん用意している。


「あら、わかりやすい攻撃。受けてあげたほうがいい?」


 僕はアイラさんに魔力を込めた右の手のひらを向ける。

 これから攻撃しますと言っているようなもので、魔力の流れを見れば攻撃のタイミングすら丸わかりだ。

 だけどそれで問題ない。これはトリガーに過ぎない。


「いけっ!」


 手のひらほどの大きさのある氷の塊をアイラさんに向けて放つ。

 直線的な軌道、タイミングも見え見え。


「痛そうだし、やっぱり躱すわね」


 僕の攻撃を難なくよけ、氷塊は後方へと突き進んでいく。

 そして氷塊は闘技場の壁に直撃し、砕け散った。


 位置は完ぺき、あの場所に魔法を放てばアイラさんの後ろの位置が爆発する。

 一瞬でも気を逸らせばその隙に距離を詰め打撃戦に持ち込む。

 先手必勝、短期決戦、それが理想的な勝ち筋だった。

 しかし、


「ねえ、次はどんな攻撃をするの?」


 飄々とするアイラさんの後ろでは爆発も何も起こらなかった。

 二度目の不発?

 そんな馬鹿な、こんな都合悪く不発だなんて。

 今朝準備したばかりの仕掛けで、質にだって拘った。

 流れの中で何発か不発になるのならまだしも、最初の一手ニ手がどっちも不発だなんて、おかしすぎる。

 ありえるとすれば、アイラさんが僕の罠に気づいて、勝負の前にすべて取り除いたくらいだけど、それは考えにくい。

 僕の勝負をただの暇つぶしくらいにしか思ってないアイラさんが、そんな手間をかけるとは思えない。

 けど、僕の設置した罠は確実に作動しない状態にされている。

 いったい、どうして……


『すまないな』


 瞬間、オズキさんの言葉が脳裏に浮かんだ。

 聞き間違いだと思ったあの言葉、それが間違いでなかったとしたら?

 そもそもの話、ここに罠が張られていると知っているのは僕を除けばただ一人しかいない。

 なら、それを無効化できる人間も一人だけ。


「そういう、ことですか」


 理由はわからない。

 だが十中八九、オズキさんが僕の仕掛けを無効化したんだ。

 それゆえの謝罪。

 

「別に、いいですよ」


 この場にはいないオズキさんへの返答。

 罠の無効化、その結果窮地に追い込まれている僕だけど、それはもうしょうがないとしか言いようがない。

 だってそれは、僕が勝つためにこの闘技場に仕掛けをしたように、オズキさんも何らかの仕掛けをこの場所に施したから。

 自分が勝つために、そのために、僕の用意した仕掛けをなくさなければいけなかった。

 僕への悪意ではないということがわかったから、オズキさんに不満は抱いていない。

 それにそんなことを考えるよりも、やらなければいけないことがある。


「険しい顔をしてどうしたの? いまさら怖気づいちゃったとか?」


 目の前の学内序列第2位、神の十指が一人、アイラ・シィルさんを、何の仕掛けも用いずに倒す方法を、考えなければいけない。

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