第75話 「アル・クールという化け物」
ついにアイラさんとの勝負が明日に控えたころ、僕はアルちゃんと一緒に、魔道具研究工房にいた。
「いや待たせたね、性転換装置がようやく完成したんだよ。今度は一回使っただけでは壊れない、正真正銘の完成品だ」
こんなギリギリになってちょっと焦ったけど、間に合ったのなら良しとしよう。
この女性の体、長いこと過ごしてきたから多少の愛着は……うん、ないね。
一刻も早く男に戻りたい。
そう思って、僕は躊躇なく性転換装置を装着する。
あとは魔力を流し込めばすぐにでも男に戻れる。
「ああ、ユイ様が男性にお戻りに! 嬉しいような悲しいような、ぜひとも定期的に女の子になってもらいたいものですわ!」
ライムさんの言葉は無視、もう二度と女性に戻ることなんてない。
今までの人生を男として過ごしてきた僕にとって、女性になるのは抵抗感しかない。別に女性がどうこうという話ではない。
「一応聞きますけど、失敗しませんよね?」
「大丈夫だ。ライム君で試したが、成功率100%、成功は保証するよ」
試したんだ。これから使うにあたってそれは安心だけど、もうちょっと自分を大事にしてほしい。
もし失敗したら、シャレにならないんだから。
「ほれ、アル君と言ったね? 君も使うといい」
二つ目の性転換装置をアルちゃんに手渡すロイド先生。
話を聞けば、どうやら依頼主は2人いたらしく、そのために二つ作ったということだ。てことは、一つ目はとっくに完成していたんじゃないの?
なんて考えをし、アルちゃんの持つ装置を見つめる。
……ああ、違う。そんなこと、どうでもいいんだ。
今問題なのは、この場が少し気まずい、ということ。さっきからずっと、アルちゃんと目を合わせることができない。
アルちゃんの制止を振り切り、アイラさんと勝負をすることになったことは、後悔はしていないけど、申し訳なさがある。
だからこちらから話をすることが出来なくて、どうにも気まずい雰囲気が続いている。
「どうした、早くしないのか?」
ロイド先生に言われ、僕は装置を起動させる。
体全身に魔力がいきわたる感覚に陥り、体温が上昇しているのを感じる。
けど、別に苦痛というほどのことではない。むしろ暖かな感じが心地よく、身の危険など一切感じない。
そんな感覚が続いて10秒、徐々に体の構造が変わっていくのがわかり、気づくと、僕の体は男性のものに戻っていた。
「なんか、不思議な感じですね」
男から女に、女から男に戻る感覚は、永久に慣れることなどないだろう。
というか、慣れるほど使いたくない。
「うむ、成功のようだな。いやよかった、これで新たな研究に集中できるというものだ」
結果を見届けたロイド先生は喜々として机に向かい、さっそく次の装置の開発にとりかかる。
この人はどこまでも、研究することが好きなんだな。
「じゃあ、僕は明日の準備があるので、失礼します」
無事に男に戻った僕は、明日のための最後の準備をしようと工房から出ようとする。が、扉を開けた瞬間に、僕の肩に手を置かれた。
ライムさんかなと思いつつ振り返ると、
「ユイちゃん、この後、時間ある?」
不安そうな面持ちで、手も少し震えている。
怯えているのが明らかだ。
僕は知っている。恐怖を抱きながら行動を起こすことの難しさを。
それを乗り越え、アルちゃんは僕に話しかけている。
なら僕のとるべき行動は一つ。
「大丈夫ですよ」
「……ありがとう」
僕はアルちゃんの後ろをついていき、工房を後にする。
*
連れられてこられたのは、アルちゃんの部屋だった。
内装は明るい色合いの壁紙が張られ、ぬいぐるみが置いてあったりと、どことなく女性っぽさを感じる部屋だ。
性転換した時も思ったけど、アルちゃんには性別って概念が当てはまらないような気がする。
そんなことを考えながら、僕はアルちゃんに促され、その場に座る。
「今紅茶をいれるね。あ、コーヒーの方がいい?」
「あ、そんな、大丈夫ですよ、気を遣わないでも」
「ううん、気にしないで。私、結構こういうのを集めてて、友達に飲んでもらいたいんだ」
「じゃあ……紅茶をお願いします」
「うん、すぐ用意するね」
アルちゃんは明るい声でそう言い、紅茶をいれようとしてくれる。
けど、傍から見れば気丈に振舞っているのがよくわかる。
動作がぎこちなく、視線も定まっていない。
これから何の話をするのだろうと、アルちゃんの緊張が僕にも感染する。
「はい、気に入ってくれると嬉しいな」
「ありがとうございます、いただきます」
目の前に置かれたティーカップを手に取り、紅茶を流し込む。
ほのかに甘みがあって、温かさが緊張した心を少し安心させる。
そして紅茶を飲みほしたところで、アルちゃんが話し始めた。
「それでね、今日来てもらったのは、頼みたいことがあったんだけど」
「頼みたいことですか?」
「うん。そのね……アイラちゃんとの勝負、やめてもらえないかな?」
上目遣いで僕を見つめ、不安そうにアルちゃんが言う。
「……勝負はもう明日です。キャンセルするのは……」
「私が先生やアイラちゃんに話はするから。ちょっと怒られちゃうかもだけど、それでも……お願い! アイラちゃんと戦うのはやめて!」
アルちゃんは地面に叩きつけるほどの勢いで頭を下げる。
それを見て僕は、どうしようもないほど、罪悪感が膨れ上がった。
友達にこんなことをさせていることが、こんなことをさせているのに、そのお願いだけは聞けないことに。
罪悪感があふれてくる。
「……ごめん、それは……できません。僕はあの人が、どうしても許せません」
「私のことを思ってくれるのは嬉しいし、ユイちゃんと友達になれて、本当によかったって思ってる! それでも……アイラちゃんと戦わないで! アイラちゃんは強いから、ユイちゃん、ひどい目にあっちゃう!」
断りを入れたのに、それでもなおアルちゃんは必死にお願いをする。
僕のためを思ってくれているのがヒシヒシと伝わってくる、
気持ちは嬉しい。本当は僕だって、戦うなんて選択肢は極力取りたくない。
けど、アイラさんは絶対に謝ってくれない。
今後もアルちゃんを化け物と呼び続け、彼を傷つける。
そんなこと、絶対に許したくない。
だから友達がこんなにも必死に頭を下げているのに、僕はそれを受け入れない。
「ひどい目に合うのは怖いです。でもそれ以上に、ムカついてしまったんです」
戦うのは怖い。傷つけられるのも怖い。単純に人そのものが怖い。
それでもなお、僕はアルちゃんを傷つけたアイラさんと戦うことを、やめはしない。
「どうしても?」
「……すいません」
これ以上は何を言っても無駄だとアルちゃんは悟ったのか、下げていた頭を上げ、僕の顔をじっと見つめた。
その時の目が今にも泣きだしそうで、友達を泣かせてしまった事実に、僕も泣きたくなってくる。
「……私、ユイちゃんを傷つけてるよね?」
「そ、そんなこと……」
「わかってる。無茶を言って困らせて、泣かせちゃいそうにもなってさ、最低だよね?」
「そんなことないです! だって、アルちゃんは優しいから! 僕のことを考えてくれてるのがわかるから……だから、君を化け物なんて呼ぶ、アイラさんの方がおかしいんです!」
「おかしくないんだ」
僕の必死の言葉に、間髪入れずに答えるアルちゃん。
その表情は悲しげで、諦めにも似た顔つきだった。
「アイラちゃんの言ってることは、何も間違ってないんだよ」
アルちゃんが立ち上がり、おもむろに服を脱ぎ始めた。
露になった肌は白くきめ細やかで、一度も傷ついたことがないのではないかと思わせるほど、綺麗だった。
「何を……」
「見てて」
そう言って、アルちゃんは右手に魔力を込め始めた。
傍目で見てもそれが凶器だと分かるほど、帯だたしい雰囲気を醸し出している。
その右手で殴られれば頭蓋骨が簡単に粉砕されるだろうと、容易に想像できる。
そんな凶器を……自身の左胸に突き刺した。
「アッ……!」
口から血を吹き出し、その場で膝をつくアルちゃん。
いったい何をしている? 目の前で起きた自体が信じられず、思考が停止する。
なぜいきなり、心臓を突き刺した?
どうしてこんなところで、自殺した?
そんな疑問が次々と浮かび上がるも、僕は疑問を振り払って駆け寄る。
このままじゃ死んでしまう。お嬢様に見てもらい、治してもらわなければ。
そう思って抱きかかえようとすると。
「大丈夫、なんだ」
アルちゃんは何事もないように立ち上がり、口元の血を拭う。
見ると、右手が突き刺さったはずの左胸には、一切の傷跡が残っておらず、血の跡だけが残っていた。
「どういう……」
「こんな事をしても平気なんだ」
アルちゃんはさらに、左腕の骨をへし折った。
さらには両足まで粉砕し、果てには自身の眼球を潰し、脳にまで直接右手を差し込む。
凄惨な光景だ。
人間の内側が垣間見え、血と臓物の臭いで吐き気を催すものの、込み上げる吐き気を無理やり押さえつけ、現実を直視しようとする。
そして見上げると……無傷のアルちゃんが立っていた。
「私……化け物なんだ」
悲しい笑顔を浮かべた彼の姿は、傷も何もないのに、痛々しかった。
「どんな傷もすぐに治っちゃう。骨折してもすぐに治る。眼球を潰してもすぐに元に戻る。心臓を潰しても、脳を貫いても、何をしても死なない。こんな人間いないでしょ?」
「…………」
何も言えなかった。
目の前の現実がにわかには信じられなくて、言葉が出てこない。
アルちゃんはさっき、確かに心臓を貫いた。脳を潰した。
なのに生きている。
へし折った骨も潰した眼球も元通り、わけがわからない。
「こんな姿、ユイちゃんには見られたくなかったけど………わかったでしょ? アイラちゃんは何も間違ったことは言ってない。私の為に怒る必要なんて、ないから……」
今にも泣きだしそうで、声も震えている。
今のアルちゃんが何を思っているのか、僕は手に取るようにわかった。
嫌われるのが怖いんだ。
見せたくない部分をさらけ出して、自分がいかに醜いかを説明して、人間として扱ってもらえないのではと疑う。
怖くて怖くてたまらなくて、そして……………それでもなお、僕の為にすべてをさらけ出した。
僕がアイラさんに叩きのめされる未来を避けるために、自分が嫌われることを、化け物と罵られることを選んだ。
「これでもう、アイラちゃんと戦う理由はないよね?」
この人は、どこまで優しいんだろう?
どんな傷もたちまち治ってしまう。普通なら致命傷であっても、絶対に死なない。
そんな人間はこの世にはいない。
いるとすれば、それは……。
唾棄すべき文字が浮かび上がり、僕は自分の額を思いっきり殴りつける。
そして立ち上がり、アルちゃんを思いっきり抱きしめた。
「え……ユイちゃん?」
「絶対に謝らせます」
この優しい人に、絶対に謝罪させてやる。
僕はそう固く誓った。
「明日の勝負、絶対に勝って見せます」
それだけ言い残し、僕はこの場を去ろうとする。
「ま、待って! 私、化け物なんだよ!? なんでそこまでしてくれるの!?」
ドアノブに手をかけた僕に必死に問いかける声に対し、振り向いて答える。
「アイラさんが間違ってるからです」
僕が戦う理由は、アイラさんの言葉が許せないから。
こんなに優しい人が化け物なんて呼ばれてはいけないと本気で信じているから。
だから戦う。
「ユイちゃん……」
僕の名をつぶやくアルちゃんに背を向け、この部屋から出ていく。
何としてもアイラさんに謝らせる、その決意をより一層固めて。




