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第74話 「偽物の指の話」

 アイラさんとの勝負まで、あと20日となった。

 下準備は上々、勝つための仕込みは十分と言える。

 あとはこの仕込みを最大限に生かすためにイメージトレーニングを繰り返し、実際に行動に移してみたりもした。

 そして、より確実なものにするために、実際に戦う闘技場まで足を運んでいる。


「ふぅ、こんなところかな」


 額の汗を拭って、用意していた水を飲む。

 時刻は朝の4時、まだ日は昇っておらず、暗闇に包まれている。

 こんな時間に闘技場に来たのには、もちろん理由がある。

 僕のしている仕込みは、はっきり言ってルール違反だ。

 事前にこの場所に罠を張り巡らせ、それを活用するなど、武器の使用とは断じて認められない。

 発覚した段階で僕の反則負けが確定してしまう。

 だからこうして人目を忍んで姑息な手を使っていたのだが……


「ん? 先客か?」


 こんな時間、こんな場所に、足を踏み入れる人間がいた。

 その人は僕みたいな姑息な手を使う人間とは全く別の人種、正々堂々と戦うことを信条とする、学内序列10位、オズキ・クランさんだった。


「お前、ユミと言ったか?」


「はい、こんな時間に会うなんて奇遇ですね、オズキさん」


 いったい何の用があってここに来たのだろうか?

 戦闘を行う場所の下見……なわけがないか。オズキさんはこの学園に何年も前から在籍している。

 いまさら何も確認することなんてないと思うが。


「お前、それはアイラと戦うときのための仕掛けか?」


 オズキさんは僕の足元に置いてある物を見て、静かに問いかけた。

 僕は慌ててそれを拾い上げ、持ってきたカバンの中にしまい込む。


「い、いえ、これは何でもありません。気にしないでいただけると」


 完全に油断していた。

 こんな時に誰も来ないと思って、使用頻度の高い物を足元に転がしておくなど、迂闊にもほどがある。

 このことを教師陣に伝えられたら、今後同じようなことをすることはほぼ不可能になってしまう。

 それに……オズキさんに、軽蔑されてしまう。

 僕は何より、罠を使用した事実をオズキさんに知られることを恐れた。

 戦闘中に武器を使用するのならともかく、ルール違反なこんな卑怯な戦法、オズキさんの信条に反するにもほどがある。

 もしかしたら、軽蔑され、嫌われ……虐げられるかも。

 最悪なシナリオが頭の中に流れ込み、暴力の恐怖を思い出して体を震わせる。

 そんな僕の態度を勘違いしたのか、


「夏とはいえ、夜中は冷えるものだしな。これでも着ておけ」


 オズキさんは自らが着ていた上着を脱ぎ、僕にそっと被せてくれた。

 さりげない優しさに、震えが少しだが収まる。

 そして、上半身が半袖のシャツだけになったオズキさんは、周囲を見渡して楽し気に声を上げた。


「クハッ、よくもまあこれだけの仕込みをしたものだな。普通の奴なら、これだけの罠に囲まれただけでも即死だろう」


 目に見える物、それ以外の配置してある罠にも気づいているのか、オズキさんの視線は完ぺきに僕の張った罠を捉えている。

 こんなにすぐに見破られるなんて、張り方を変えるべきかと思案していると、オズキさんは闘技場内を歩き始め、地面を凝視している。


「ふむ、改めて見てみると。面白いものだな」


「あ、あの……」


「なんだ?」


「この罠のこと、誰かに言いますか?」


 オズキさんのイメージは、不正を許さない清廉な人というものだ。

 そんな人がこの罠に対して否定的な言葉を出さないのは、逆に不安になる。

 密告されるならされるで、完全に証拠を消し去っておかなければいけない。

 だが、


「安心しろ、他言は一切せん」


 予想に反し、オズキさんはこのことについて何もしゃべらないつもりのようだ。

 嘘をつく人とは思えないし、ひとまずは安心していいかな。


「しかし、アイラを倒すための小細工だろう? ユイはこれで勝てると踏んでいるのか?」


「勝算はあるそうです」


「そうか、あいつには勝ってもらわんと困るからな。尽力するように伝えてくれ」


「それは……別に構いませんけど、ユイ兄さんが勝たないと困るって、どういうことですか?」


 僕とアイラさんの戦いには、オズキさんは何の関係もないはずだ。

 というか、関係があるとすればアルちゃんただ一人、それ以外の人はお嬢様もアニスさんも、様々な人が無関係だ。

 なのに困るとはいったい……


「ユイがアイラと戦う日と同じく、俺は序列第7位、カイム・サーズと戦う。順番はユイたちの勝負の次、流れというものは重要だろう? 俺が勝つ流れをユイに作ってもらわんとな」


 オズキさんが、序列7位と勝負?

 戦うのなら9位、もしくは8位だと思っていたけど、


「どうして7位の人と戦うんですか?」


 フェイクフィンガーという不名誉な称号、それは9位を倒せば払拭されるはずだ。

 なのに、9位ではなく、8位ですらなく、7位を選んだ理由が気になる。

 その問いに対しオズキさんは、


「7位を倒さなければ、俺はずっと偽物だからさ」


「……どういう意味ですか? 神の十指、その異名は序列9位、そしてガルドさんが持つ物のはずです。9位を倒せばフェイクフィンガーなんて名前は……」


「お前は勝つだろう?」


 そう、何の疑問もなく、確信したように言い切るオズキさん。

 僕に対して、そこまでの信頼を持っていたのか。

 なんとも照れ臭く、むず痒い話だ。

 でも、


「それなら、8位を倒せばいいんじゃないですか? そうすれば、2位になるユイ兄さん、アイラさんを合わせても、実力的に上位10人に入れます。何の問題も……」


「いいや違う。ユイが序列2位になった時、アイラは序列は下がるだろうが、評価はそう変わらんだろう。元の十指のままだ」


「はい。だから、序列8位になれば、序列が下のアイラさん、ガルドさんを合わせても、10人の中に入れるはずじゃ?」


「入れんよ。8位になっただけじゃ、俺は十指になれんのだよ」


 そう言うオズキさんは、暗闇の中で輝く星空を見上げながら、懐かしむような表情で、語り始める。


「俺は、2代目だ」


「2代目?」


「フェイクフィンガーと呼ばれだしたのは、俺より前に10位だったやつが呼ばれ始めた異名だ。それまでは、人類の限界に達した者、そのような異名があったな」


「限界に? 10位で?」


 矛盾しているともとれる発言に、僕は首をかしげる。

 10位が限界とはどういうことなのかと。

 しかしそれに対し、納得のいく説明がなされる。


「1位から9位は、もはや人間ではない」


 ああ、なるほど。

 だから人類の限界、か。


「10位が9位以上の学生に勝てるなど、誰も思いはしなかった。いたとしてもそれは、いずれ9位以内に入る新たな人外、見ればすぐにわかると思われていた。しかし、初めてフェイクフィンガーと呼ばれた男は、11位以下の者たちに、追いつけると希望をもたらし、かつ9位以上の人外たちに太刀打ちできると、そう思われていたのだ」


 人間ができる範囲の力しか持たず、それでもなお神の十指たちに太刀打ちできると思わせる実力。

 ゆえに人々は、その人が勝つことを希望したのか。

 そして……僕は、この話の結末をある程度予測しながら聞いていた。


「みな希望したよ。ついに人間が勝利する日が来ると。生まれつきの天才ではない、人間が神の十指になる日が来るのだと。そんな周囲の期待を、男は見事に打ち砕いた。見るに堪えない圧倒的な差だったよ。人間をどん底に突き落とす、圧倒的な力の差だった。所詮人間は、神の指になりえない。なりえると見えても、所詮それはまやかしに過ぎない。そしてその日から、序列10位の学生は偽物の指と、呼ばれ始めたのだ。不遜にも神になろうとした、愚かな学生を揶揄する意味を込めてな」


 そこで、偽物の指の話は終わった。


「それで、オズキさんが7位の学生と戦うことと、どう繋がるんですか?」


「俺は憧れていた。そしてそいつに期待したんだよ。こいつならきっと、神の十指と名乗れるとな」


 オズキさんは拳を握りしめ、悔しさがヒシヒシと伝わってくる。

 そうか、この人はその学生に、まだ期待してるんだ。


「俺の憧れを間違いなどにはしない。あいつは俺よりも強い、間違いなく! だからこそ俺は、7位にならなければ、フェイクフィンガーという汚名を、自ら脱ぎ去ることはできない!」


 決意に満ちた表情で、オズキさんは拳を天に掲げた。


「見ておけ、俺は7位の学生を倒し、真の神の十指と呼ばれて見せる。だから……」


 オズキさんは背中を見せ、闘技場の出入り口に歩き始めた。

 そして最後に一言だけ残し、去っていく。

 その言葉が、


「お前もがんばれよ、ユイ」


 ……そういえばさっき、お前は勝つだろうって、言ってたな。

 いつ気づかれたのかはわからないけど、女の子になったことがバレていたと知った僕は、顔から火が出るほど恥ずかしかったです。

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