第73話 「勝つことと強いこと」
アイラさんとの勝負の正式な日程が決まった。
今日からちょうど一か月後の夕方、僕とアイラさんの一戦が行われる。
勝負が決まってから僕は、アイラさんについての情報収集、小道具の調達、戦略を練るなど、色々と行動していた。
所詮は弱者の僕は、勝つためにあらゆる小細工を弄することに躊躇はない。
セウルお嬢様やオズキさんのような正々堂々真っ向から戦うことなどしない。
いくら卑怯と罵られようとも構わないと思っているし、なにより僕に戦いを教えたアニスさんがそういう戦法を取ることが基本なのだ。
……だけど、卑怯な戦法を使うからこそ、負けることなど許されない。
正々堂々負けることはカッコよく見えるが、卑怯な奴が負けるなど滑稽極まりない。
別に情けないと思われるくらいなら構わないけど。
と、僕は勝つために色々と行動していたのだが、目的の場所へと向かう途中、ある人物が目に留まった。
この学園国家においてスレイブの枠組みである、序列最下位の男、ライ・エフォートさんが、ベンチに横たわっていた。
寝ているのを起こすのは悪いと思い、さらには人に対して恐怖を感じているので、話しかけずに素通りしようとしたのだが、ライさんの前を通る瞬間に、突如起き上がった。
「おっ、ユミちゃんじゃん。お買い物?」
いまだ女性の体のままの僕を呼び止め、穏やかな笑顔を向けてくれる。
敵意の欠片もない。ただ普通に知り合いが通ったから何となく話しかけたという、他愛もないことだ。
「こんにちは、ライさん。もしかして起こしてしまいましたか?」
「いや、最初から起きてたよ。ただボーっとしてただけだからね。それにしても、すごい荷物だね。持とうか?」
僕の両手にある袋を見て、ライさんは尋ねながら手を差し出してきた。
「そんな悪いですよ。これは私の荷物ですから」
「いいからいいから、気にしないで」
ライさんは立ち上がって、僕の手から奪い取るように荷物を持ってくれる。
さりげない親切にうれしいと思うと同時に、申し訳ないと思った。
「本当に大丈夫ですよ」
「気にしないでって。それで、どこに運ぶの?」
これを断るのは逆に失礼だと悟り、ライさんの申し出を受け入れることにする。
好意を無碍にすることも、嫌われる一つの要因だと思うし。
「ロイド先生の工房までです」
「了解ッと。んじゃ行こうか」
そうして、ライさんと横並びになって工房までの道のりを歩き始める。
道中、他愛もない雑談を交えた。
普段なにしているか、趣味はあるのか、好きな食べ物の話なんかも、本当にただの雑談だ。
それは意味を見出そうとすれば何もないだけの、紛れもない友達との雑談だった。
気づけば、恐怖の感情の中に、少しの楽しさが芽生えつつあったのを感じる。
だけど、ライさんとの会話が始まって15分くらい経ってからの話題が、僕に緊張感を持たせる。
「そういえば、ユイ君とアイラの勝負、一か月後になったみたいだね?」
突如出された僕の名前に、少なからず動揺してしまった。
いや、別に話題としては特におかしくもない。
今の僕はユミと名乗り、ユイを兄と設定している。
家族が序列2位と戦うということは、話題として出るのは普通だ。
「そう……ですね。一か月後、あのアイラさんと戦いますね」
「序列2位と戦うって、不安に思ったりしないもんかね? ユイ君って表情がわかりづらいからさ、ホントは内心ビビってたりしないかな?」
「うーん、どうでしょう。さすがに兄さんの心の内まではわからないですね」
本当は自分のことだから、今の感情を事細かに説明することはできる。
けどそんなことをすればユミとユイの関係性に気づかれる恐れがある。
当たり障りのないことを言って乗り切るのが最適解だろう。
「でも、怯えている感じはなさそうでしたね」
「まあそっか。序列9位以内の戦い、見たことあるのがアイラだけだったら、そこまで不安に感じはしないか」
「他の人を見たら、そうでないと?」
「そりゃもちろんさ。アイラの得意魔法は幻術、傍から見ても実際に戦っても、わけもわからずに決着がついているんだよ? あれに対して恐怖を感じろって方が無理な話ってこと」
「確かに、そうですね」
「けど、それ以外の奴らは違う。傍から見てもわかる圧倒的な実力をもって、見る者に恐怖を抱かせるんだ。あれを見て何も感じないのは、同等の力を持つ真の強者か、もしくはバカしかいない。ユイ君はバカじゃないから、ちゃんと不安に感じるだろうね」
アハハと笑いながら話しているようだけど、ライさんの目は笑っていない。
ライさんもバカじゃないから、ちゃんと序列9位以内の人に恐怖を感じているんだろうな。
……9位?
「オズキさんには、何も思わないんですか?」
この学園国家では、序列10位以内の学生を神の十指と呼称されている。
神の一部に例えられるほどの存在、たとえオズキさんがフェイクフィンガーと呼ばれていようとも、相当の実力を有していることには変わりなく、彼に勝てる人間は、9位以内の学生を除けば、最強と呼ばれるガルドさん一人しかいない。
にもかかわらず、ライさんはオズキさんに対して、その実力を恐怖に思うことはないと。
それどころか、次に発せられた言葉は、信じられないものだった。
「俺、あいつより強いからね」
まるで何でもないように、ライさんは言ってのけた。
序列最下位の学生が、序列10位の学生を、天と地ほどの圧倒的な差があることが明らかな関係性にもかかわらず、自分の方が強いと宣う。
普通ならばバカだと思うかもしれない。
けど、ライさんが嘘を言っているようには見えなかった。
「オズキさんより強いなら、どうして序列最下位なんですか?」
自信……いや、確信をもってオズキさんより強いと言えるのなら、なぜ序列を上げようとしないのか?
スレイブと呼ばれる立場に甘んじるのか?
その疑問に対する答えが、
「この学園に存在するのは、9位以内とガルド、そしてそれ以外しかいないからさ。10位も最下位も同じってこと」
その答えに、僕は納得した。
そうか、ライさんはすでに、諦めているんだ。
自分が到達できる場所がわかっている。それ以上のことはどうあがいてもできない。
だから、最下位という立場を自らに課している。
「まあでも、それがわかったから、気楽に生きることができるってわけ。いいもんだよ、強くなる必要もなく、ただひたすら無為に過ごすだけの人生ってやつは」
そう笑うライさんは、無理をしている様子は見受けられなかった。
本当に、心の底から気楽な人生を楽しんでいるのかもしれない。
だとすれば、僕から何か言うことは、特に何もない。
「あ、でも勘違いしないでよ? ユイ君がアイラと戦うのを、無駄とは思ってないから」
「別にそんな風に捉えてないですよ。それにユイ兄さんは、アイラさんに勝ちたいって思っているかも微妙ですし」
勝つ勝たないではなく、単純にアルちゃんに謝ってほしい。
謝ってもらう方法が、それしか思いつかなかっただけだ。
もし謝ってくれるという確約があるのなら、負けたっていい。
「ま、ユイ君がどう思っているかは別として、応援はしてるよ。あのアイラより強くなれるかはわからないけど、やれるだけやってみるといいよ」
その言葉は、僕が勝つことは絶対にないと思っている口ぶりだった。
まあそうだろう。ライさんにとって、序列9位以内の学生たちは人知を超えている存在なのだ。
それよりも強くなれる人間なんているはずがないと、そう確信している。
実際、それは間違っていないと僕も思う。
だけど……
「あ、もうすぐそこなんで、あとは大丈夫ですよ。運んでくださってありがとうございました」
「ん、最後まで運ぶよ?」
「いえ、工房はここの上の階ですし、それは悪いですよ。本当に大丈夫なんで」
「そっか、んじゃ俺は帰るね。ユイ君に頑張れって伝えといてよ」
「はい、ありがとうございました」
僕は荷物を受け取り、ライさんは最後に僕にそう言い、去っていく。
その後ろ姿を見ながら、僕はライさんに対して、届きはしない言葉を送る。
「勝つことと強いことは、別ですよ」
序列9位以内の人よりも強くなれないと、すでに諦めてしまっているライさんに。
そんなことは関係ないと、アイラさんとの勝負で、証明してあげたいと思った。




