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第71話 「化け物」

「あー、おいしかった! また来ようね、2人とも!」


 お店から出たアルちゃんは満面の笑顔を僕たちに見せた。

 本当に楽しかったというのがわかる、純粋な笑顔だ。

 きっとアルちゃんは、僕のようなつらい人生なんか歩まなかったんだろうな。

 それはすごく羨ましいと同時に、アルちゃんにはずっとそのままでいてほしいと思った。

 心の底まで純粋なアルちゃんだからこそ、僕は安心できると思うから。


「さて、では私はクソ爺の監視に戻りますわ。あいつは目を離したらすぐに別のことをしやがりますからね」


 そう言って、ライムさんは僕とアルちゃんをおいて工房まで戻っていった。

 僕が早く男に戻れるようにするための、僕のための行動。

 ライムさんを怖いと感じつつも、感謝の気持ちだけは抱いている。

 本当に、僕はあの人を怖いなんて思いたくないのに……ごめんなさい。


「じゃあどうしよっか? ユイちゃんはどこか行きたいところとかある?」


 アルちゃんに問いかけられたので、僕は少し考える。

 行きたいところ……特に何も思い浮かばない。


「特に……ないですね。すいません」


「いや、謝らなくてもいいよ。でもそっか、ユイちゃんと一緒なら時間をつぶせると思ったんだけどな」


「時間を?」


「うん。ほら私たち、女の子になっちゃったじゃない? さすがにこの状態で戦いとかできないからさ、時間が余っちゃってるんだよね」


「そうですか……アルちゃんはどこか行きたいところとかないんですか?」


「うーん、特にこれと言って…………あ! あったあった、ひとつだけあった!」


 アルちゃんが思い出したように声を上げた。


「ユイちゃんと一緒に行きたいところがあったんだ。そこに行ってもいい?」


「はい、大丈夫です」


 アルちゃんが行きたいところに興味があったし、特に考えるまでもなく僕は承諾する。

 こんなに楽しそうに言うってことは、相当にお気に入りなんだろうか?


「で、どんなところですか?」


「ふっふっふ、そこはだね、私のこの国での一番のお気に入り、ペットカフェだよ!」


「ペットカフェ……ですか?」


「うん! いろんな可愛い動物がいてね、すごく楽しいんだよ! ユイちゃんみたいに優しい子は動物に好かれると思うから、きっと楽しめると思うよ」


 動物か、僕も結構好きな方だし、やぶさかではない。

 動物は僕に暴言を吐かないし、よっぽどのことをしない限り危害を加えることもない。

 かつての世界でも、道端で猫をなでたりしたことがあったけど、唯一の癒しだった。


「いいですね、行きましょう」


 アルちゃんが笑顔で先導してくれて、ペットカフェに向かう。

 時間は20分くらい離れたところにあるらしい。

 その道中、他愛もない雑談をして時間をつぶしていた。

 ああ、やっぱりアルちゃんは怖くない。

 いつもは早く時間が過ぎてしまえばいいと思っていたけど、今だけは、この時間がもっと続けばいいと思う。

 そんな新鮮な感情を抱いていると、アルちゃんが急に立ち止まった。

 目的の店にはまだついていないはずなのに。


「どうしました?」


「あ、っと……ううん、なんでも、ないけど……」


 初めて見る反応を示すアルちゃん。その視線の先には、10人ほどの集団が歩いていた。

 そのほとんどは知らない顔だったけど、一人だけ知っている人がいた。

 僕が倒す予定だった学園国家序列2位、アイラ・シィルさんだ。


「アイラさんが、どうかしましたか?」


「どうってわけじゃないけど、ちょっとね」


 ハハハと愛想笑いを浮かべるアルちゃん。

 今までの屈託のない笑顔と比べると、無理していることが明らかだ。


「……アイラさん、近づいてきますね」


 僕たち……というか、アルちゃんに気づいたアイラさんが、大勢の人間を引き連れて近づいてきた。

 わざわざ近づくってことは、二人は仲が良いとはいえないまでも、浅い関係ではないってことか。

 アイラさんは僕たちの前に立つと、にこっと笑顔を浮かべながら、口を開いた。


「こんにちは、化け物。また懲りずに新しい友達を作ったの?」


 ……化け物?

 思わず耳を疑う単語だ。


「ア、ハハー、相変わらずきついね、アイラちゃ……」


「化け物の分際で気やすく私の名前を言わないでもらってもいい? 虫唾が走るから」


 自分から話しかけておいて、何て言い草だろうか。

 そもそも、化け物なんて単語、アルちゃんには全く似合わないというのに。


「あの……」


 関りのない人に話しかけるなんて怖いけど、一言物申さずにはいられなかった。

 けど、


「大丈夫だよユイちゃん。私は大丈夫だから、ね?」


 アルちゃんに遮られて、それ以降を言うことはなかった。

 そんなやり取りを無視して、アイラさんはなおも化け物呼びを続ける。


「で、化け物はこれから何をするの?」


「え、っとね……ペットカフェに行こうと思って」


「あそこなら潰したわよ?」


「……え?」


「可愛らしい動物たちがあなたみたいな化け物に可愛がられるなんて可哀そうでいてもたってもいられなくてね。だから序列2位の権限と結構な大金を使って、あの店を潰したの。残念だったわね、好きな場所がなくなって」


「そ、そう……なんだ……」


 アイラさんはアハハと笑いながら笑みを浮かべて、対するアルちゃんは耐え忍ぶように拳を握りしめ、少し悲しそうな顔もしていた。

 ……その光景を見て、モヤモヤとしたへんな感情を抱いた。


「で、これからの予定がなくなった化け物は、いったい何をするの?」


「あっと……どうしよっか、ユイちゃん。私のせいで、予定なくなっちゃった」


「アルちゃんのせいじゃ……!」


「ううん、私のせいなんだよ…… ごめん、今日はもう帰っていいかな?」


 明らかな作り笑顔を浮かべ、申し訳なさそうにアルちゃんは言う。

 それを見て僕は、自分でも訳が分からない気持ちになって、自然と口が動いた。


「アルちゃんに謝ってください」


 化け物という言葉を連呼するアイラさんに、はっきりと言った。

 関りの薄い人、恐怖を抱いているにもかかわらず。

 できるのなら早く退散したいとも思っていた。

 そんな感情を無視し、本能のままに言葉を続ける。


「ひどいことばかり言って、あなたはいったい何様ですか? あなたみたいに性格の悪い人に、人を貶す資格なんてありません」


「……ねえ化け物、この人はいったい何を言っているの?」


 僕の言葉を無視して、アイラさんはアルちゃんに話しかける。


「あ……ゆ、ユイちゃん、私は別に気にしてないから! 怒ってくれるのはうれしいけど、私…………化け物だからさ」


 自らを化け物と呼び、僕の腕をつかんで懇願の顔つきになる。

 その顔を見て、僕は自分の中の感情をはっきりと理解した。

 僕は今、怒っている。


「アイラさん、あなたに勝負を挑みます」


「私に勝負? ええ、いいわよ」


「ちょ、ユイちゃん! ダメだよ、アイラちゃんはとっても強いんだよ!? ホントに私は気にしてないから……」


「化け物には関係のない話よ。で、勝負の日時だけど、私も暇じゃないの。一か月は時間を空けてもらうけど、いいわよね?」


「それでいいです。それと、戦うのは私の兄です。私はこの学園に滞在しているわけじゃないので、一か月後にユイという男性が、あなたと戦います」


「自分で戦わないとか、自分勝手すぎね。それに、兄妹で同じ名前とか変なの。ま、別にいいけど。そのユイって子、私の奴隷にしてやるから。それと、ひとつだけ決め事を作っておきましょう」


「決め事?」


「ええ、私が勝ったら、そこの化け物との交流を、一切断ってもらうから」


 別に、ロイド先生の性転換装置が完成したら今の僕は完全にいなくなるわけだから、その決め事は何も問題がない。

 けどここはあえて受けておこう。

 ノーリスクで交換条件を突きつけられるし。


「それでいいです。ならユイ兄さんが勝ったら、アルちゃんに謝罪をしてください。額を地面にこすりつけて、土下座してもらいます」


「ま、どうせ私が勝つから構わないわよ。何なら全裸になって公衆の面前で土下座してやるわ」


 そこまでのことは望んではいないけど、まあ別に構わない。

 この人がアルちゃんへの言動を深く反省するのであれば、どんなことをさせたっていい。


「ごめんなさいアルちゃん。君はこんなこと望んでないだろうけど……どうしても、ムカついてしまったんです」


「……その気持ちは、うれしいよ。でも、無茶だよ! アイラちゃんは序列2位なんだよ!? 勝てるわけないよ!」


 そういう気持ちもわかる。

 序列だけを見れば、僕とアイラさんは天と地の差がある。

 けど、アイラさんの強さは異質なものだ。

 勝つためのビジョンは、すでに描いている。


「じゃ、私はもう行くわね。化け物、一か月後にはまた一人ぼっちになるわけだから、今のうちに遊んでおけば?」


 最後まで化け物と呼び、アイラさんは取り巻きを連れて去っていった。


「ユイちゃん……どうしてもやるの?」


「そうしないと、僕の気が済まないんです」


「そっか…………私、今日のところは帰るね。できるなら、心変わりしてくれることを祈ってるよ」


 そう言って、アルちゃんは力のない足取りでこの場から離れていく。

 その後ろ姿は弱々しく、先ほどまで見せていた爛漫な笑顔を浮かべていた人とは、到底思えなかった。

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