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第6話 「セウルの父親」

 1時間ぐらいたったころ、扉をノックする音が聞こえた。


「セウルお嬢様ですか? 僕の部屋なんて、ノックしないでも好きに入っていいですよ」


 と言うと、お嬢様が複雑な顔をしながら僕の部屋に入ってきた。


「あなた、自分で言ってて悲しくならない? 奴隷だからって卑下しないでいいのよ?」


「別に卑下してるつもりはありません。単純に、僕なんかに気を遣わなくても誰も文句は言わないってだけです」


「あなた自身が困るでしょ」


「……なんでですか?」


 人生で一度たりとも気を遣われたことのなかった僕は、本当に疑問に思ってお嬢様に聞いた。

 お嬢様はため息をつきながら頭を抱え、話を切り替える。


「はぁ~、もういいわ。ユイ、パパが帰ってきたから、挨拶に行くわよ」


「分かりました」


 僕は屋敷の入り口までお嬢様について行った。

 そこにはアニスさんもいて、真面目な顔で、凛とした佇まいで待機している。


「いいことユイ、絶対に余計なことは言わないでね。パパの機嫌を損ねたら、この家にいられなくなって、あなたはポイされちゃうんだから」


「はぁ……ポイですか」


「ちょっとは危機感持ちなさい! あなたの人生がかかっているのよ!?」


 とは言われても、一度人生ゲームオーバーになった僕は、特に自分の人生に価値を見出していない。

 おまけみたいなこの時間、いつ消え去ろうと何も思わない。


「さあ来るわよ、姿勢を正して、ちゃんと出迎えなさいよ」


 言われ、僕は背筋をピンと伸ばす。扉をまっすぐに見据え、お嬢様の父親を待つ。

 そして数秒後、扉が開いた。


「セウルウウウウウウウウウウウ、パパが帰ってきたぞおおおおおおおお!」


 開かれた扉から、一人の男がセウルお嬢様に飛び込んできた。


「会いたかったぞ我が愛しの娘よ! 寂しくなかったかな?」


 頬を刷りつけ、頭を撫でまわし、あまつさえキスまでしようとしたところで、セウルお嬢様は口を開く。


「パパ、おかえりなさい。実はね、今日は頼みがあるの」


「よし了解だ。何でも聞いてやるぞ」


「新しい使用人を雇いたいの。この子なんだけど」


「男か。よし却下だ」


「即答!」


 お嬢様の驚く声も無理はない。

 僕を男と認識した瞬間、速攻で却下したのだから。

 なんでも聞くと言ったのにそれをすぐに却下、まあ父親なら当然の反応だ。

 僕の人生、終わりかぁ。

 と諦めていたが、セウルお嬢様とアニスさんは僕のことを褒め始める。


「ユイはね、料理がとっても上手なの。パパも気にいると思うわ」


「それにユイ君は女性に対して非常に紳士的です。お嬢様が何かされるといった心配は全くございません。ペチャパイですし」


「黙ってなさいアニス!」


「まだツルツルですし」


「ぶっ殺すわよ!」


「大丈夫ですよセウルお嬢様、まだ年齢的に成長の余地は残っています」


 慰めるつもりでお嬢様に言ったのだが、逆効果だったようで、睨みつけられた。


「とにかく、ユイはとっても有用なの! この家に置いておいても損はないわ!」


「損がなくとも、益もないだろう?」


「人並み以上に家事が出来れば、この家にとっては有益でしょう!?」


「いいや、そんなことはない。俺たちは仕事柄、この屋敷にいることは多くない。アニス1人いれば十分だ。むしろ欲しくもない使用人など無駄に給金を払わなければいけないだけで、はっきり言って損だな」


「そんなことはないわ。アニスだって、人が増えれば負担が減って一つ一つのクオリティが上がるはずよ!」


「そう言えばアニスさん、今日は5時間ほど休憩していたみたいですよね?」


「自分の首を絞めるようなこと言ってどうするのよユイ!」


「あ、そっか」


 僕の不用意な発言のせいで、アニスさんの仕事を減らす、という名目は通用しなくなった。

 これで僕自身が優秀であると見せつけなければ、この家にいることは不可能ということだ。


「正直者ですねユイ君は。そういうところも非常に好感が持てます」


「正直すぎだ。この家に住まう人間は、より一層の警戒心と危機感を持たなくてはいけない。この少年は不用心すぎている。よっぽど平和な暮らしをしてきたのだろう」


「それは……」


 セウルお嬢様の父親の言葉に、思わず反論しそうになってしまった。

 警戒心が無いことも危機感が無いことも、それは事実だから認めよう。

 だが平和な暮らしをしてきたというところだけは、簡単に肯定できる言葉ではなかった。

 確かに僕のいた世界は比較的平和だったのかもしれない。

 戦争なんか経験したこともないし、凄惨な光景を見たことだってない。


 それでも、僕の人生は平和と括れるものではなかったはずだ。

 辛く苦しい、平和を望む暮らしこそ、僕の人生だった。

 それを言ったところで、何もならないことは承知だが。


「とにかく、こんな軟弱そうな男を雇うなど認めない。まあそのまま放置するのはさすがに気の毒だから、いくばくかの金はくれてやろう。当面はそれで何とかなるはずだ」


「何とかなるわけ無いでしょ! 普通の人間ならともかく、ユイは奴隷なのよ! この首に装着された首輪は、絶対服従の魔術なら私が解除できるけど、迫害の対象になるのは確実よ! どれだけお金を与えても、見殺しにするのと変わらないわ!」


「だからなんだ?」


「な、なんだって……」


「この少年は元々奴隷なのだろう? 結局は苦しむ運命にあるのだ。なのに俺たちが少年の人生の責任を負う必要などない。どこでの垂れ死のうと、何の罪にもなりゃしない」


 まったくの正論だった。

 僕の立場は奴隷、本来なら助けてもらえる身分ではない。

 それどころか虐げられてなんぼの、職業とも呼べない役割を担う人間の最底辺だ。


「ユイは元々奴隷なんかじゃない! 別の世界で生きてた普通の人間よ!」


「関係ない。奴隷市場で召喚された時点でこの少年はすでに奴隷なんだ」


「でも……!」


「料理が出来て掃除が出来て洗濯が出来て、使い道があるらしいことは認める。だが力を持たない時点で、この家にいてはいけないのだ」


「……どうしても、ダメなの?」


「成果を見せれば構わん。剣でも魔法でもなんでも、相応の実力を示せばどんな輩でも雇ってやる」


 それは、到底不可能な話だ。

 この屋敷の罠すら掻い潜れずにセウルお嬢様の手を煩わせた時点で、僕の実力不足は明白だ。

 どう足掻いてもこの男を認めることは出来ない。

 むしろ、セウルお嬢様やアニスさんからも見放されるレベルかもしれない。


「旦那様、少しくらいチャンスを上げてもいいんじゃありませんか?」


「何だお前まで、そんなにこいつが大事なのか?」


「お嬢様はユイ君を雇うことを望んでいます。たまにはこういうことがあってもいいじゃありませんか」


「いつもと違うことをしてもロクなことにならん。いつもどおりが一番幸せなんだ」


「そうとも限りません。本当の幸せにはある程度の困難が必要です。何事もない平穏もそれなりに幸せですが、ドラマティックな演出があればなお楽しいと思います」


「かもしれんが、その考えでどれだけ失敗してきた? 下手に多くの人間を関わらせることは得策ではない。今の平穏だけで満足すべきだ。それに、弱者を匿ったところで死ぬしか未来はない。それが俺たちだということを忘れたのか?」


「……無理ですか」


 ダメだ、アニスさんも諦めた。

 色々理由をつけてなんとか説得しようとしてたみたいだけど、この人の考えは変えられそうにない。


「そういうわけだ、少年よ。君はここでは雇えない」


 言われ、僕は素直に立ち去ろうとした。

 この家の主に住居を許可されないのであれば、僕はここに居てはいけない人間だ。

 セウルお嬢様やアニスさんが望んでくれたとしても、この屋敷から退去せざる負えない。


「短い間でしたがお世話になりました。お二人と話せて、結構楽しかったです。運が良ければまた会いましょう」


「あっ……」


 セウルお嬢様の申し訳なさそうな顔が、目に映った。

 悪いことをしてしまったかなと思ったが、僕にはどうしようもないことだ。


「ユイ君、ごめんなさいね。私の力じゃ、どうにもならないことなので」


「気にしないでください。弱い僕が悪いんです」


 そう言い残し、僕は3人に背を向けた。

 この先どうしようとか、そういった不安は全くない。

 あるとすれば、今度はいつ死ぬのかなぁという、諦観だけだった。


「少年、何日か分の金を用意する。少し待て」


「大丈夫です。お金があってもなくても、どうにもならないでしょうし」


「ユイ、もらっておきなさい。お金があれば、もしかしたら奴隷扱いされないかもしれないわ」


「そうですよユイ君、別に二束三文を渡そうというわけではありません。それなりに高額なので、本当に、わずかばかりの確率ですが幸せになれる可能性はあります」


 それは、この家の人たちのせめてもの慈悲なのだろう。

 自分たちの家にはおけないから、せめて他のところで幸せを掴み取ってくれたらいいなという、善意に満ちた言葉のはずだ。

 けどそれは、捨てるペットの段ボール箱の中に、皿一杯のドッグフードを置くのと一緒だ。

 結局は救わない、自己満足のための、偽善とも呼ぶべき慈悲に他ならない。

 ……何て考えが浮かんでくるぐらい、僕は性格が悪い。


「それは……受け取れません」


「なんでよ、別にあなたにとって損はないことよ。それどころか、あなたが唯一幸せになれる方法かもしれないのよ?」


 だって、僕はひどいことを考えてしまったから。

 お嬢様たちの最後の慈悲に泥を塗るような最低なことを。

 最低な人間には、善意を心の底から認めていない僕には、その善意を受け取る資格がない。


「本当に……いいんです。こんな僕に優しさを見せてくれて、ありがとうございます」


 セウルお嬢様の施しを拒絶し、僕はこの部屋を出る。

 それからお嬢様は何度も僕にお金を渡そうとしてきたけど、僕はそれを拒否し続ける。

 差し伸べられたやさしさに、決して手を伸ばさない。


「もういいわよ! 分からず屋!」


 憤慨し、ついに諦めるセウルお嬢様。

 大金の入った袋を握りしめ、自室へと戻って行った。

 その後ろ姿に申しわけなさを感じたけど、お金を受け取る方が申し訳ない。

 どうせお金を使うなら、僕以外の別の不幸な人を、幸せにしてほしい。


「さてと、これからどうしようかなぁ」


 屋敷の扉を開き、目の前に広がる広大な平野を見て呟く。

 せめて今までより少しでも苦痛が緩和された生活が良い、そう思っていてもどうせなれないんだろうなという諦めを抱きながら、屋敷の外に足を置く。

 そのすぐ後だった。


「……ッ!」


 僕の腹部を、煌めく光線が打ち抜いた。

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