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第64話 「怖い」

 濡れて泥だらけになった体を引きずりながら、僕は工房の扉を開く。

 買ってきたパーツを渡さなければいけない。

 性転換装置を作ってもらわなければいけない。

 僕にはロイド先生に会う必要がある。

 なのに足取りは重く、この工房の扉が非常に重く感じる。

 そうしてゆっくりと扉を開けて、工房へと踏み入る。


「ん、結構時間がかかったね。パーツはそこの机にでも置いておいてくれ」


 ロイド先生は僕に見向きもせずに作業を続けている。

 今の僕にはそれがとてもありがたい。


「わかりました。ではここに置いておくので、今日は失礼します」


「帰るのか? 今日は特にやることはないのだろう?」


「邪魔をしてはいけないですし、もう帰りますよ。お疲れ様です」


 ロイド先生が振り返らないうちに、この場を後にしようとした。

 ここまで来た時とは対照的に、足早に外に出ようとするのだが、


「クソ爺、進捗はどうですの?」


 工房を出ようとした瞬間に扉があけられ、ライムさんが揚々と入ってきた。

 工房に踏み入れた瞬間は、少し楽しそうな顔をしていた。

 けど僕の姿を見た瞬間にその顔は見る見るうちに強張り、明らかな怒りが感じ取れた。


「ユイ様……何があったんですの?」


「い、いえ、別に何でもないです。僕はもう帰るので、それじゃ……」


「お待ちになってください!」


 工房を出ようとする僕の手をつかみ、すごい力で握りしめるライムさん。

 今ライムさんは、僕のことを心配してくれている。

 僕がこんな状況に陥ったわけを考え、理由はわからないまでも、憤慨してくれている。

 容易に想像できる。僕のためを思ってくれていることを。

 なのに僕は、そんな思いやりのある気持ちを持つライムさんすら……怖い。


「大丈夫です。なんでもないので、離してください」


 手を振り何とか拘束を解こうとするも、ライムさんは頑なに手を離さない。

 それどころかどんどん力が増していき、徐々に痛みを感じるほどだ。


「何だ2人とも、何をそんなに騒いでいるんだ?」


 作業に集中していたロイド先生は手を止め、僕ら2人の方に振り向く。

 鬱陶しそうに、迷惑そうに、あからさまな感情を隠そうともしない表情で。


「……ホントに何があった?」


 僕の姿を見たロイド先生は、その表情を真剣なものへと変え、僕の姿を凝視している。


「なんでもないです。だから……離してください!」


「なんでもないことないでしょう!」


「ひっ……!」


 ライムさんの大きな声に反応した僕は、怯えた声を上げてしまった。

 そしてその場に座り込み、ライムさんを見上げる。


「す……すみませんでした。ごめんなさい。ごめんなさい」


 反射的に口から謝罪の言葉が出る。

 どうしてだろう?

 性癖に引いたときはあったものの、この人のことを嫌っていたわけでもなく、特別な感情があったわけでもない。

 友達に近い関係だと思っていたのに。


 どうしてだろう?

 実験が好きで僕を使って何かとしようとするけど、その実験が怖いと思ったことはなく、この人に対して苦手意識があったわけではない。

 知識と技術のある人間として尊敬の気持ちがあったのに。


 どうしてこんなに、人が怖いんだろう。


「ごめんなさい、許してください」


「クソ爺! ユイ様でなんか変な実験したんじゃないですわよね!?」


「ご、誤解だそれは! 少なくとも性転換してからユイ君に対して何かをしたことはない!」


「じゃあこの変わりようはなんですの!? まるっきり別人じゃないですの!」


「私にもわからない! というか、ユイ君はさっきまで外に買い物に行っていた。その時に何かあったと考えるのが妥当だ!」


「こんな短時間ですぐに変わるわけがないでしょう! ここまで変わるなんて、長年の蓄積した感情が爆発したレベルの変貌ですわよ!」


「だからって可能性が0とは限らないだろう! というか、ユイ君に直接話を聞けばいい。違うか!?」


「そ、その通りですけど……ユイ様、何があったかお話して……っていませんわ! クソ爺、あんたのせいですわよ!」


「いや君のせいでもあるだろ! 今のはさすがに理不尽だ!」


「このクソ爺に構っている暇はありませんわ。ユイ様、どこですの!?」


     *


 会話を繰り広げる2人を置いて、僕は学園を出て走っていた。

 ただひたすらに走って、走って、走り続けた。

 何かが僕を追いかけている気がする。

 足を止めたらなにかに引き留められる気がする。

 そのなにかは確実に僕を傷つける。

 そんな気持ちに支配され、僕は必死に逃げ続けた。


 実際には誰もいない。足を止めても誰も僕を傷つける人はいない。

 けど逃げていないと、誰かに捕まる気がして堪らない。

 走っている間だけは、誰も僕を傷つけられない気がして、この足を止められない。

 そうして走り続け、疲れで足が動かなくなったとき、屋敷にたどり着いていた。


「ここなら、平気……なのかな」


 無意識にたどり着いた。

 帰巣本能か。この道しか知らなかったからなのか、わからない。

 けどどちらにせよ僕にはもう、ここしか居場所と言えるものは何もない。


 僕をいじめた人たちが怖い。

 ライムさんも怖い。

 ロイド先生も怖い。

 友達と言ってくれたアルちゃんもライさんもオズキさんも、今は会いたくない。

 きっと僕は、あの人たちのことも怖いと思ってしまう。


 けど、お嬢様やアニスさん、エイジン様たちならあるいは、と思う。

 お嬢様は僕を奴隷として買ったのにひどいことはしてこなかった。

 アニスさんはスパルタな特訓を課すけど、奴隷扱いは決してしなかった。

 エイジン様はそもそも僕に興味が薄そうだった。女性化したときに多少の干渉はあったけど、傷つけようという意思は見えなかった。


 あの3人に対してなら、きっと恐怖は抱かないだろうと、信じて。

 普段なら罠が張り巡らされた屋敷も、今は僕に気を遣ってくれて、罠を停止している。

 意を決して屋敷へと足を踏み入れ、3人の姿を探し始める。

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