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第63話 「幸せになりたい」

「ユイ君、私は別に作業をサボるつもりはない。だから監視の必要はないよ」


 手を動かしながらロイド先生は僕の方をちらちらと見る。


「今日は特にやることもないので、ここで時間をつぶそうかと思ってるんです。監視のつもりはないですから、好きにしてていいですよ」


「それでも別の装置を作ったら怒るだろうに……ん?」


「どうかしましたか?」


「いや、昨日購入したパーツなんだが、どうにもサイズが合わないみたいでな。ライム君におつかいを頼むべきでないことが判明したな。いや困った、これでは作業をいったん中止しなくては……」


「すぐに買ってきます。何が必要なんですか?」


「……これのワンサイズ小さいパーツだ。あと他にこのパーツも」


「すぐに買ってくるんで、休憩してていいですよ」


「ああ、そうさせてもらうよ。何なら今日はもう帰っても構わないよ? 昨日は体調不良で帰ったんだろ?」


「ご心配ありがとうございます。けど大丈夫ですので」


 僕は先生から金貨を受け取り、資材売り場へと赴く。

 昨日、アラムさんが余分にお金をくれて助かった。少し申し訳ない気がしなくもないが、アラムさんの好意からもらったお金だ。

 有意義な使い方をすれば問題ないだろう。


 僕は資材売り場で必要なものを買いそろえ、急いで工房へと戻る。

 ロイド先生は非常に気まぐれな人だ。今この時も別の作業をしているかもしれないし、なんなら開き直って性転換装置を作る作業を完全にやめる可能性だって無きにしも非ずだ。

 さっきは監視のつもりはないといったけど、やっぱり監視は必要だ。

 と、急ぎ足で工房まで向かっていると、


「ちょっと、止まりなさい」


 急に女性の声に呼び止められた。

 足を止めて振り返ると、敵意のある視線を向ける女性が、5人立っていた。


「えっと……あの」


 あからさまな敵意、僕は視線を合わせないように少し下を向く。


「ちょっとついて来なさい」


 有無を言わさずに腕を握られ、力強く引っ張られた。

 時おり転げそうになってしまうも、そんな僕にかまいもせずにどんどん歩き進んでいく。

 そして、人気のない場所へと連れてこられた。


「ここらへんでいっか。さてと……あんた、名前なんだっけ?」


「え……あ、ユミ、です」


「あーそうそう、ユミ。そんなだっけね」


「ねえジーナ、ホントにこんなさえない女をアラム様が気に入ったの?」


「ホントよホント。まったく胸糞悪いわ」


 女性たちの会話で、この人たちが何を言いたいのかがわかった。

 昨日のこと、お金欲しさにアラムさんにいろんな機械を売りつけに行ったとき、僕を一目見たアラムさんは僕を美しいと言い、あからさまなアピールをしてきた。

 僕としてはあまり気分のいいものではなかった。正直、困ってしまうほどに。

 そしてこの人にとっても、それは気分のいいものではなく、それどころか胸糞悪いと言ってしまうほどのことだった。


「てことでさ、ユミ、ムカつくからぶん殴るわ」


「え……うっ!」


 目の前の女性が、何の躊躇もなく僕のお腹を殴りつけてきた。

 思いもよらない不意打ちに力を抜いていたからか、思った以上に苦しく、胃から何かが込み上げてくる感覚が襲う。


「ハッ……お、えっ……」


「あらあら、女の子がそんなよだれ垂らしちゃってみっともないわね」


 苦しむ僕を愉快そうに眺める女性。

 ああ……こんなものに、懐かしいと感じてしまう。

 強くなるためでもない。罪を犯したからでもない。

 やられる必要もない、理不尽な暴力。

 これはいじめだ。


「さてと、どんどんいきましょうか」


 大丈夫、大丈夫だ。

 これはかつて耐えていた理不尽だ。

 殴られ、傷つけられ、苦しめられ。

 そんな数々の苦痛を僕は、かつての世界で経験し、耐えてきた。

 いまさら寄ってたかっての暴力なんて、恐れるものでもなんでもない。

 耐えればいい、それだけ……


「おらっ!」


「ひっ……!」


 振り上げた拳を見て、声を上げる。

 今……僕は何を言った?


「あははっ、みんな聞いた? ひっ、だってさ。怯えちゃって、情けないわね」


 怯えた?

 僕が?

 こんな、慣れているはずの暴力に対し、恐怖を感じた?

 そんなはずはない。いまさらこの程度のことで怯えるなんて……。


「やめて、ください……」


 無意識のうちに声が出た。

 理不尽に対する、懇願。

 前の世界でも、いじめに対してやめてくださいと言ったことはある。

 けどそれは何の期待も込めていない、虚無の言葉だった。

 どうせやめはしない、けど定型文として言っておこう。そんな感情のない懇願だ。

 けど今のは、明らかに違う。

 暴力に怯えて、心の底からやめてほしいと願った言葉だ。


「お願いします……もう、アラムさんには近づきません。あなたたちにも近づきません。だから……」


 おかしい。なんでこんなにも恐ろしいんだろう?

 慣れていたはず。耐えたことがあるはず。

 それどころか僕は、自分が不幸にならなければいけないとさえ思っていた。

 親が人殺しの犯罪者、僕自身も罪も犯した。

 だから今まで耐えられ……。


「あっはは、やばいわこれ、なんか楽しくなっちゃった!」


 絶望的な言葉だ。

 単純に楽しむためだけの行為、僕の言葉は一切響かない。

 それでも、この状況を何とかしないと。


「てかさ、あんたは私を不快にさせたわけよ。その報いは受けないとね」


 そんなものは僕には関係ない。

 僕が何かをしたのではなく、アラムさんが急に迫ってきただけなんだ。

 僕は何も悪くない。いじめられる筋合いなんてないはず……。


 それは、前の世界でも同じだったんじゃ?

 親が人殺し? 僕には何の関係もない。

 罪を犯した? いじめられ始めたのは罪を犯す前からだ。

 僕がこうしていじめられるのも、かつていじめられていたことも、全部受ける必要のないものだ。。

 なのに、自分が悪いんだと思い込み、すべてを耐えるべきだと思っていた。

 なぜそう思い込んだのか、答えは簡単だ。

 僕は罪深い人間、いじめられても仕方ない。

 そう思うしか、耐えるすべがなかった。

 それはただの、自己防衛だったんだ。


『ボキン』


 何かが折れる音がした。

 殴られ傷つき、今にも泣きだしてしまいそうだ。

 それでも、骨が折れたわけではない。

 体ではなく、心が、この苦痛に耐えられずに折れてしまった。

 自分を守っていた最後の砦を、自覚によって壊してしまった。

 もう耐えられない。この理不尽に対し、恐怖があふれてしまう。

 僕は知っている。いじめがどれほど辛いものなのか。

 今まですべての苦痛の記憶が、これから先に訪れる苦痛を想像し、恐怖し、体が硬直する。

 もう、抵抗することもできない。

 せめて自覚する前に抵抗できていたら、抵抗できたという記憶が僕を動かしてくれただろう。

 けど、僕には傷つけられた記憶しかない。

 恐怖が体を支配し、震えが止まらない。


「あっははははは!」


 女性は笑いながら僕を殴り続ける。

 それに続いて取り巻きの人たちも加勢し、多勢に無勢、袋叩きが続く。

 10分、20分、30分……そのいじめは1時間にも及び、僕はボコボコにされた。


「あースッキリした! あんた、マジでもうアラム様に近づくんじゃないわよ。もし近づいたら。こんなもんじゃ済まないから」


「はい……」


 服が破られボロボロ、体も泥だらけになって、心身ともにズタボロだ。


 ……どうして、気づいてしまったんだろう?

 今まで通り自己防衛であることを自覚していなかったら耐えられたのに。

 いじめられる未来が変わらなかったとしても、心が折れることはなかったのに。

 なのに、どうして……。


 わかりきっている。

 この世界で、僕は幸せを感じてしまった。

 セウルお嬢様は優しくしてくれる。

 アニスさんも僕に気を遣ってくれてることがわかる。

 なにより、ライさんやオズキさん、アルちゃん、初めて友達ができた。

 そうして幸せを感じてしまったからこそ、僕は僕が不幸になるべきだと、思えなくなってしまった。

 完全に、心が折れてしまったんだ。


「……幸せになりたい……」


 そうつぶやく僕をあざ笑うように、突如雨が降り出し、僕の体をずぶ濡れにし、体温を奪っていった。

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