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第62話 「体の異変」

 足が重い。息が苦しい。頭が痛い。吐き気がする。

 さっきまで何ともなかったのに、突如として見舞われた体調不良。

 金貨はすべてライムさんに託し、屋敷の前まで戻ってきたのだが。


「うご……かない」


 なぜか、足が全く動いてくれない。

 体調は悪いが、動けなくなるほどじゃない。現に学園からこの屋敷までは戻ってこれたのだ。そこまでひどい状態ではない。

 なのに、僕の足は一歩も動けないでいる。

 足が震え、呼吸が乱れる。

 この屋敷は罠であふれているが、それはすべて把握している。

 最初のころはこんなものがあるところで生きられるわけはないと思っていたが、慣れとは恐ろしいもので、すでにそれらを掻い潜り生活することは何の苦でもなかった。

 そう……もはや日常になりつつあったのだ。

 なのに頭によぎる凶悪な罠の数々。

 時間にして2時間はそこで立ち尽くしていただろう。

 やがて膝をつき、胸を押さえ、頭を抱え、強烈な不快感が頭を埋め尽くし……意識を失った。


     *


「……ベッドの上?」


 気づくとそこは、僕の部屋のベッドの上だった。

 毛布を掛けられ、額には濡れたタオルが置かれている。


「迷惑、かけちゃったな」


 お嬢様かアニスさんか、誰にしろここまで意識を失った僕を運んでくれたのは明白だ。


「仕事しなきゃ」


 まだ体のだるさは取れていないし、吐き気も若干残っている。

 でも、僕はここに雇われている使用人……いや、奴隷だ。

 アニスさん一人に仕事を押し付け、僕だけ呑気に寝ているわけにはいかない。

 体に鞭を打って起き上がり、台所まで向かう。

 時間はまだ夕飯前、いつもなら僕が夕飯の準備をしている時間だけど、その僕が寝ていたのだからまだアニスさんが準備をしている段階のはず。

 途中からになってしまうけど手伝わないと。

 そんな思いで、僕は台所の扉を開ける。


「あら、ユイ君、寝ててよかったんですよ。今日の夕飯は私が準備するので」


 僕のことを見たアニスさんが、包丁片手にそう言った。


「そんなわけにはいきません。僕も手伝います」


「いえホントに、体調が悪いときは普通に休んでください。下手なものを作られても困りますし」


「でも……」


「疲れているんですよユイ君は。女の子になって変な感じになったんじゃないですか? 気分が悪いときはすぐに言う。わかりましたか?」


「……はい」


 アニスさんに言われ、僕はうなずいた。

 扉を閉めて、自室へと向かうのだが……何かしないとという衝動が、心の奥底から湧き上がってくる。

 いやでも、アニスさんには休むように言われた。それなのに何かするのは失礼なことなのかも……でも僕はこの屋敷で働く人間だ。

 何かしなければいけない立場、ちょっとの体調不良なんかで休んでいいわけが……。

 そんな思考を繰り返していると、また気分が悪くなってきた。

 過呼吸気味になり、苦しさから胸を押さえる。


 いったいどうしてしまったんだろうか?

 今までなら多少の体調不良なんかものともしなかった。

 熱が出てもバイトに行ってたし、どれだけ苦しくても母親のために毎日料理をしていた。

 無理をするなんてことは慣れっこだったはずなのに。

 どうして、今はこんなにも苦しいんだろう?


 アニスさんの言う通り、疲れているのだとしたら、本当に休むべきなのかもしれない。

 今の僕が何をしたところで、迷惑にしかならない。

 何も考えずにベッドに寝転がり、ただ時間が過ぎるのを待つだけ。

 それこそ僕にできることであり、するべきこと。

 そう言い聞かせ、何かをしなければという衝動を抑え込んで、今日という日を寝て過ごした。


     *


 目が覚めると、すでに日はのぼり、時刻は8時を超えていた。

 体調は昨日よりも幾分マシなものになり、仕事をするのに支障はないだろう。


「おはようございますユイ君。ゆっくり寝られましたか?」


 部屋の扉を開き、アニスさんが尋ねる。

 なんで僕が目覚めたってわかったんだろうか? アニスさんはこの家で起きることすべてを把握していそうだな。


「ありがとうございました。おかげですっかり良く……」


「私に下手なウソが通じると思っているんですか?」


「……少し違和感が残ります。万全とは言えません」


「よろしい。では今日も仕事はお休みしてください」


「いや、それは」


「私はお休みしてくださいと言ったんです。昨日も言いましたが、下手なことをされても迷惑でしかないんですよ」


 そう言われてしまえば、一切の反論ができない。

 今の僕が何かをしても、ただの自己満足にすぎないだろう。


「今日は好きにしてていいですよ。ずっと寝てていいですし、学園に行って気晴らししてきてもいいですし」


「……じゃあ、学園に行きます。ロイド先生がちゃんと性転換装置を作ってるかも気になりますし」


 ベッドの上で一日中過ごすなんてのは、あまりにも怠惰だ。

 肉体的にはよくても、精神的によくない。


「そうですか。では気を付けて行ってらっしゃい。一応、屋敷の罠は停止していますので、気楽に出入りして大丈夫ですよ」


「ありがとうございます」


 そんなやり取りをして、僕は屋敷を出て学園にある魔道具研究工房へと向かった。

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