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第61話 「かつての記憶」

「それでユイ様、どちらに向かってですの?」


「お金のあるところです。それとライムさん、僕のことをユイって呼ばないでください。誰に聞かれているかわからないんですから」


「失礼いたしました。それでユミちゃん、具体的にどちらへ?」


 ユイと呼ばないでとは言ったけど、ユミちゃんといきなり呼ばれると違和感がすごいな。

 誰かに僕のことが気づかれたら恥ずかしいから仕方ないけど。


「いろいろと回るつもりですけど、今はアラムさんのところに向かってます」


「ああ、確かにアラムさんは大金を持っていますし、いい人ですから頼めばお金ぐらいくれそうですわね」


「ただでもらうつもりはありませんよ。あくまでも営業、売買です」


「クソ爺の作った装置などアラムさんが欲しいとは思いませんが」


「そこをうまいこと言いくるめ……説得するんです」


「ユイ様……ユミちゃんって意外と、腹黒いですわよね」


「まあ、否定はしないです」


 自分の性格が悪いことなど百も承知だ。

 むしろいい性格をしていたのなら、アニスさんから教わった卑怯なこともせずに正々堂々とこの学園で生きていくという話だ。

 いまさら取り繕う気もない、開き直った方がよっぽど質がいい。

 ライムさんと話をしながら、アラムさんの所属する、美を追求する工房、とやらにたどり着いた。

 いったい何をするところなのか若干の好奇心はあるが、今はそんなことはどうでもいい。

 どうやってこの装置たちを売りさばくかだ。

 僕は工房の扉をノックして、中の人の反応を待つ。

 すると、


「入りますわよ」


 勝手に扉を開け、中にはいるライムさん。


「ちょっとライムさん、失礼ですよ」


 少しでも心証をよくしておきたかった僕からすると、ライムさんの行動は迷惑極まりないものだった。

 しかし、ライムさんへの反応は予想に反するものだった。


「おや、ライム君じゃないか。今日はロイドのところに行く日じゃなかったかな?」


 アラムさんが出迎え、ライムさんを邪険に扱うことなどしなかった。

 むしろ言葉的に、ライムさんは定期的にここに来ていそうな雰囲気すらある。


「私は付き添いですわ。用があるのはこちらの方です」


「ど、どうも」


 恐る恐る工房に足を踏み入れ、頭を下げる。


「ん? 君は……」


 アラムさんは覗き込むように僕の顔を見る。

 この時僕は、しまった、と思った。

 アラムさんはこの国の全国民を、嘘か本当かわからないが記憶していると言っていた。

 なら今の僕はこの国に存在しないはずの、不審者でしかない。

 下手をすれば何らかの処罰を受けるか、正体は明かさなければ……


「なんて美しいんだ!」


 僕の心配とは裏腹に、突如膝をつき、天を仰ぎだしたアラムさん。


「ライム君、この子はいったいどこの誰だい!? この国の人ではないよね!?」


 あ、部外者ってことは認識してるんだ。


「この方はユミちゃんですわ。ユイ様の妹で、諸事情によりこちらに来ているんですの」


 スラスラと嘘を述べたライムさんにほっと胸をなでおろす。

 頭はいいけどバカなライムさんがボロを出すのを危惧していたけど、その心配はなさそうだ。


「初めまして、ユミ・イチホシです」


「ユミちゃん……うん、いい名前だ。僕の心を射止めた君にピッタリだ」


「それで今日は、お願いがあってきたんですけど」


「もちろんいいさ!」


「即答ですね、いいんですか?」


「美しいユイ君の妹君というだけでも聞く価値はあるのに、君自身も非常に美しいときた。僕がお願いを聞いてあげる価値は十分にある」


 大丈夫かなこの人?

 いつか結婚詐欺とかで大金を失いそうだ。


「で、お願いとは何かな?」


「実は兄さんの所属する工房でお金が足りないらしく、そのためにこの装置を買い取ってくれる人を探しているんです」


 僕はもってきたロイド先生の装置のいくつかを床に並べる。

 アラムさんにとっても多少は価値のありそうなものを選んで。


「そうか、買い取ろう。いくらだい?」


「早すぎますよ。まだこれがどんなものかも分かっていないですよね?」


「美しい女性の頼みなら、無碍にすることなどできないさ。まあ男性でも受け入れるんだけどね」


 ゾッとする言葉を付け加えないでほしいものだ。

 しかしまあ、買い取ってくれるのならそれに越したことはない。


「では全部で金貨20枚になります」


 その金額に、隣にいるライムさんが目を見開いたのが確認できた。

 僕は振り向き、表情だけでよけないことを言わないようにと釘を刺す。


「20か……ロイドの作った物だしね、それぐらいはするか」


 この装置の価値は知らず、しかしロイド先生の知性と技術力を知っているアラムさんは、金額自体に不満に思ってはいない。


「ちょっと待ってね。今金貨を用意するから」


 考える時間は一瞬のもので、アラムさんは即座に金貨を用意しだした。

 ここまでうまくいきすぎると、逆に罪悪感でいっぱいになってくる。

 せめてこれがどんな装置か聞いてから納得してくれたのなら、まだ薄れるのに。


「はい、金貨30枚だよ」


「え? い、いや、10枚多いですけど……」


「10枚は僕からのサービスだ。なに、心配しなくていい。これは工房の金貨じゃなくて僕個人の金貨、何も支障はない」


 心配……というか、申し訳なさが勝ってしまう。

 元より騙すつもりで来たのだけど、ここまでしてもらって何も感じないほど腐ってもいない。


「じゃ、じゃあ、何かお返しでも……」


「なら、今夜僕と過ごしてくれないかな?」


 急に距離を詰めてきたアラムさんが僕の髪をなで、ささやくように言ってきた。

 アラムさんはイケメンだ。性格も優しいし、なにより、誰からも好かれるカリスマ性のようなものも備わっている。さらにこの国で序列1位に上り詰めるほどに強く、完璧超人と言っても差し支えない。

 けど僕は男だ。

 どんなにハイスペックな男性から言い寄られ、今の僕が女性の体をしていると言っても、男性からのアプローチにいい気がするわけがない。

 むしろ寒気がしてくる。

 ……けど、ここまでのお金をもらっておいて、それを無碍にすることなど……


「わかり……ました。私で、よければ……あなたと……」


 何とか絞り出すように声を出してアラムさんの誘いを受けようとする。

 正直涙が出そうになるほど嫌だけど、それでも、ここでアラムさんの要望を聞かないと僕自身、罪悪感に押しつぶされそうになってしまう。

 こんな僕なんかがアラムさんを蔑ろにしてはいけない。

 そう思っていると、この工房に所属する生徒の一人が、急に僕の前に出てきた。


「ちょっとあなた、アラム様からお誘いを受けたんだから、もっとハキハキしゃべったらどうなの? あんたみたいにきょどったやつ見てると、イライラしてくるんだけど」


 高圧的な物言いだ。

 しかしこの感じは、同じく高圧的で上から目線をしてくるセウルお嬢様や、それに近しいライムさんのものとは明らかに性質が異なる。

 あの2人は自分が誰よりも上であると信じてのもの、しかしこの人は、僕を下として見ているに過ぎない。


「す、すいません。ちょっと、びっくりしちゃって……っ!」


 口元を押さえ返答に困っていると、目の前の女性が急に顔を近づけてきた。

 そして僕にだけ聞こえる声で一言、


「断れよ」


 冷たく言い放たれた言葉を受け、確信した。

 ああ、久しぶりに見たな。この世界に来てから僕は、人に恵まれすぎていた。

 この人は、いじめをする人だ。

 突如、かつての世界で受けたいじめの光景がフラッシュバックした。

 傷つけられ、貶められ、人間扱いされなかった時の記憶だ。

 忘れたつもりでいた。克服したつもりでいた。

 昔は昔、今は違うとそう思っていた。

 けどかつての記憶は、僕が思っていた以上に深く根付いていたみたいだ。


「ジーナさん、あまりユミちゃんに圧をかけないでくださらないかしら? この子は人見知りする子なので」


 僕が困っていると察したライムさんが言葉をはさみ、僕を守るように手を前に出した。

 それに少しだけ安心感を覚え、僕はアラムさんのお誘いの返事をする。


「すいませんアラムさん、せっかくのお誘いですけど、お断りさせていただきます。なのでこの金貨10枚もお返しいたします」


「そうか、残念だよ。けどこの金貨は受け取っておいていいよ。これを返してもらったら、まるで僕が君をお金でどうこうしようとしたみたいだろ? このお金は純粋なサービスだよ」


 そう言って、金貨30枚を僕は受け取った。

 目標はこれで達成だ。

 本当ならもっといろんなところに行っていろんな人からぼったくりのような商売をするつもりだったからこの状況はありがたいのだけど、


「あんた、アラム様に気に入られたからって調子に乗らないでよ」


 僕以外には聞こえない声でだけど、明らかに敵意のこもった言葉を放たれた。

 いじめられた記憶を想起させるこの人の言葉を聞いていると、急激に体温が低くなってくる。


「アラムさん、ありがとうございました。きっとこれでロイド先生も喜ぶと思います」


「僕としては君に喜んでもらいたいのだけどね」


「私も嬉しいですよ。本当にありがとうございます」


 お礼を言って、僕はそそくさと工房から出る。

 それに続いてライムさんも、


「では失礼いたしますわ。アラムさん、次の私の参加は明後日ですので、お待ちくださいね」


 ライムさん、やっぱりここに頻繁に出入りしてるんだ。

 最近は妙に力をつけてきたと思ったけど、そういうことか。

 序列1位のアラムさんに何かしらの指導を受けていたということか。この人は、意外と努力家だな。


「ユミちゃん、次はどこに行きますの?」


「次は……すみません、ちょっと気分が悪くなったんで、先に帰っていいですか?」


「あらそうですの? そういえば、顔色が優れませんわね。ではこちらの金貨は私がクソ爺にお渡しいたしますので、ユミちゃんはお帰りに……いえ、本当に変な顔色ですわよ。よろしければ家までお送りいたしますか?」


「大丈夫……です。ライムさんはその金貨をロイド先生に渡して、装置を作ってもらってください」


「……無理はなさらないでくださいね」


 僕は金貨をライムさんに託し、まだ早い時間ではあるけれど屋敷まで戻ることを決めた。

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