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第56話 「狼狽えるアニス」

 僕は依然として女性の身で、メイド服の状態で屋敷まで戻ってきた。

 ライムさんが一緒に来たいと言ってきたが、それは丁重にお断りさせてもらった。

 あの屋敷は罠だらけでとてもじゃないが誰かを招ける家ではない。

 それと僕と一緒に女性となってしまったアルちゃんだが、まるで何も問題がないかのように驚くほど自然体で自分の家へと戻っていった。

 もともと女性のような見た目で、性転換したのに見た目がほとんど変わっていないからというのもあるだろうが、それでもいきなり性別が変われば戸惑っても無理ないだろうに。

 僕はすごい戸惑っているのに。

 あと、ただただ怖い。

 この姿を見たときのアニスさんとエイジン様がどんな感想を漏らすのかが。

 特にアニスさんは、僕のことをおもちゃのように扱いそうで怖い。

 そんな心持で屋敷へと足を踏み入れると。


「おかえりなさいませお嬢様。おや? そちらの女性はまさかとは思いますが、お友達でしょうか? いやありえませんね、お嬢様に友達なんて」


 のっけからお嬢様をけなすような発言をするアニスさん。

 どうやら僕が誰かは気づいていないようだ。当然だけど。


「アニス、いつか絶対に痛い目見せてやるからね」


「やれるものならどうぞやって見せてください。それで、そちらの方は?」


 軽く挑発をしてから僕の方に顔を向けるアニスさん。

 心なしか、警戒しているように見えなくもない。無理もないか。突然見ず知らずの人がやってきたら、アニスさんのような警戒心の強い人が何も思わないわけがない。

 下手をすれば、本当のことを言っても信用しないかもしれない。


「あれ~、アニスわかんないの? この子が誰か、わかんないの~?」


 バカにされた腹いせか、からかうようにアニスさんに笑みを向けるお嬢様。

 そんなお嬢様を軽く一瞥して、アニスさんは僕に頭を下げる。


「申し訳ありません、うちのお嬢様が品性の欠片もないだらしない顔を晒してしまいまして。代わりに私が頭を下げますので、どうかお許しを」


 やられたらやり返すとでもいうのか、アニスさんはお嬢様の言葉に対し、即座に煽り返す。

 お嬢様は歯ぎしりしながらアニスさんに怒りの顔を向け、そして何を言っても言い負かされると判断したのか、そっぽを向いてしまった。


「さて、子供じみたお嬢様は放っておきまして、あなたのお名前でもお聞かせいただきましょうか」


 いよいよ僕のことを包み隠さずに言わなければいけない。

 どんな反応をするか、多少の不安を抱きながら言葉を発する。


「……ユイです」


「はい?」


 聞こえなかったわけではないだろう。

 今の聞き返しは、頭の処理が追い付かないからだ。


「もう一度お聞きしましょう。お名前は?」


「一星唯です。諸事情がありまして、女の子になってしまいましたが」


「いやいやいや、何を言っているのですか? ユイ君? あなたが?」


 珍しい、アニスさんが狼狽えている。

 いつもどんな時も冷静で飄々としているアニスさんが、僕の言葉が理解できずにこめかみを押さえている。

 その様子をニヤニヤしながら眺めるお嬢様を尻目に、僕はさらに説明する。


「ロイド先生の作成した装置の実験をしたんですが、それによって僕の性別が変わってしまったんです。おかげで顔も体も変わってしまいまして。けど仕事はこれまで通りちゃんとするので、ご心配なく」


「ユイ君が……女の子に……そんなこと……」


 下を向きながらぶつぶつと何かを口にするアニスさん。

 まあ、信じられないよね。

 いきなり性別が変わったなんて言っても、この世界には性転換なんて前例がないにもほどがある。

 僕の世界では性転換手術がありはするから多少は理解できるだろうけども。


「それでアニスさん、これから夕飯の準備をしようと思うんですけど、他に何か終わってない仕事はありますか?」


「え、あ、そうですね、夕飯の準備……はい、ではお願いします。あと仕事は、えっと……」


 まだ混乱状態らしい。

 その気持ちもわからないでもないが、ここまで動揺するとは。

 アニスさんはどんなことにも対処できる優れた人だとは思っていたけど、想定外のことにはどうも弱いらしい。

 狼狽える姿は、こんなことを思うのは失礼かもしれないが、可愛いと思ってしまった。

 普段は澄ました表情の人が見せる戸惑いの表情って、ギャップがあるからか元々の顔の良さも相まって可愛さが増している。


「というかユイ君、なんでメイド服なんですか?」


「一番マシだったので」


 そんな会話を交わして、僕は仕事へと赴くのであった。

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