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第52話 「代償の実験」

「あー、おいしかった。今日はありがとうね、ユイちゃん」


「いえ、僕も楽しかったので、お礼なんて」


 僕とアルちゃんは昼食を食べ終え、今は特に何も決めずに街を歩いている。

 学校での授業はないに等しいし、急いで学校に戻る必要もない。


「そういえば、アルちゃんはどの校舎に通ってるんですか?」


 この国には学生の学び舎がそこかしこに点在している。

 年齢や成績によってどの校舎に割り振られるかはある程度決められており、どこに所属するかもこの国の学生にとって重要なファクターの一つである。

 ちなみに僕の通う校舎は、平均よりは高いランクに位置している。

 神の十指こと、セウルお嬢様とクランさんの2人がいることからもそれは容易に想像がつくだろう。

 逆に言えば、十指のいない校舎は必然的に低ランクと言えてしまう。


「私はあっちの南側の校舎だよ。残念だけど、ユイちゃんとは真逆なんだよね」


 南側……確かそこには、十指であり僕の標的のアイラさんもいるところのはずだ。

 そのことについて僕は、何気なく口に出してしまった。


「アイラさんのいるところか」


 その言葉を出した瞬間、横で歩くアルちゃんは歩む足を止めた。

 急に歩みを止めたアルちゃんの方を振り向いてみると、ほんの少しだが、バツの悪そうな顔を見せた。


「アルちゃん?」


「ユイちゃん、アイラちゃんのことを知ってるの?」


「そりゃあ序列2位ですからね」


 もっとも、アニスさんから課題に設定され、ライさんから序列を聞くまでは一切知らなかったけど。

 それに僕は、序列1位のことも知らなかったんだよな。


「そっか、そうだよね。序列2位だし、誰でも知ってるか」


 そうやって納得するような言葉を発してから、アルちゃんは先ほどと同じような笑顔を僕に向ける。


「ごめんね、急に立ち止まっちゃって」


 ……アイラさんについては、アルちゃんにとっては禁句なんだな。

 正直気になるし、情報収集の一環として話を聞いてみたくはあるけど、友達の嫌なことはしたくないし、僕はこの件に関しては何も聞かないことにした。


「そういえばユイちゃんさ、この後の予定とかって決めてある?」


「そうですね、この後は工房で先生のお手伝いをする予定です」


「工房かぁ。どこに所属してるの?」


「魔道具研究工房です」


「え!? もしかしなくても、あのロイド先生の?」


「はい、ロイド先生の魔道具研究工房です」


 この反応、ロイド先生はこの国でも割と有名な人らしいな。

 多分悪名だろうけど。


「へぇ、ユイちゃんって頭よかったんだね。確かに見た感じ頭よさそうだし、難しいことも全部答えてくれそうだよね」


「そんな、僕なんて全然ですよ」


 実際、前の世界での勉強が役に立っただけにすぎず、単純な頭の良さがそれほど高いとは思っていない。

 むしろ、この世界で生まれた人間であり、それでいてあの問題を解いたライムさんの方こそ、根本的な頭の良さは上だと思う。


「今はどんなことをしてるの?」


「いろんな道具の実験台ばかりですね。この間は魔力補給装置って言うのを試してみたんです」


 過剰に魔力を補給して死にかけ、ロイド先生がライムさんに殺されかけたけど。


「わぁ。実用的な感じの装置だね。面白そうだな」


「確かにいろんな物があって、結構楽しくはありますね」


「私も行ってみていい? ちょっと見学したいなぁ、なんて」


「大丈夫だと思いますよ。ロイド先生は工房への所属には厳しいですけど、見学には割と寛容なので」


 僕が初めて工房に入った時も、ある程度自由にしていいと言っていたし。


「じゃあ今から行ってもいいかな?」


「いいと思いますよ? でも、アルちゃんは工房に行かなくて大丈夫なんですか?」


「だいじょぶだいじょぶ、私は籍だけ置いてあるだけで、もう半年近く行ってないから」


 それは果たして大丈夫なんだろうか?

 工房への所属は割と義務化されていて、その工房長の言うことには結構従わないといけない場合があるのに。

 ライさんみたいなサボるための工房を作ってそれに所属している感じでもなさそうだし。

 けどまあ、本人が大丈夫っていうなら大丈夫か。

 僕はアルちゃんを連れて、魔道具研究工房へと足を運んだ。


     *


「おっじゃましま~す!」


 アルちゃんは意気揚々とドアを開け、元気よく声を出した。

 その後ろから僕は控えめな声で「しつれいします」とだけ言って、工房の中へと入る。

 中ではロイド先生が何やら機械を組み立てていて、非常に真剣な様子だ。

 アルちゃんの大声が聞こえていないみたいだ。


「わぁ、なんかよくわかんないのがいっぱい。これってなに?」


 そういってアルちゃんが拾い上げたのは、魔力に反応して熱を発生させる球型の装置だ。

 おもに冬の暖房器具として作り上げたらしいが、発生する熱量が多すぎて要改良の欠陥品だ。


「アルちゃん、それは……」


 何かも知らずにアルちゃんは、僕が制止する前にその装置に魔力を流し込んでしまった。

 すると当然のことながら、


「あっつい!」


 熱に耐えきれず、アルちゃんは装置を投げ捨ててしまった。

 そして紆余曲折を経てその装置は、熱を発した状態のままロイド先生の頭に直撃するのでありました。


「ぶわっちゃぁっ!」


 盛大な大声を張り上げ、床にのたうち回るロイド先生。

 実験狂いながらも普段は冷静なロイド先生からは想像できない状況に、僕は思わず面白いと思ってしまう。


「ご、ごめんなさい」


 自身のせいでロイド先生を傷つけてしまったとアルちゃんは急いで駆け寄り、球が直撃したロイド先生の頭はそっと撫でてあげている。


「本当にごめんなさいロイド先生。私のせいで」


「あつつ……いったいなにが……って君は誰だ!? もしや今のは君の仕業かね!?」


 アルちゃんはロイド先生の怒った顔を間近で見てか、少し涙目になっている。

 これは怒られたからか、申し訳ないことをしたことゆえの涙か。

 どちらにせよ、止めることのできなかった僕の責任でアルちゃんとロイド先生を傷つけてしまった。


「ロイド先生ごめんなさい。彼は僕が連れてきて、何の説明もしなかったのが悪いんです」


「ん、ユイ君か。すると何かね? これは全部君のせいであると?」


 疑問符を浮かべた言動、しかしロイド先生は、一瞬だが笑ったように見えた。

 あ、これはよからぬことを考えている顔だ。


「ちがうよロイド先生、全部私が悪いの。勝手に工房の中のものを使って、先生にぶつけちゃって」


「そうかね、これは君が悪いということか。なるほどな。それで、君は誰で何しにここに来たんだね?」


「あ、私はアル・クール、この工房の見学に来たんですけど」


「見学か、そうかそうか。それで私の崇高な頭にこの装置を投げつけに来たというのだね」


 何と意地の悪い言い方だろうか。

 けど僕は、この後の展開が容易に想像できる。

 ロイド先生は傷つけられて怒るような人間ではない。

 そもそも、この人が感情をあらわにすることなんてめったに見ない。

 そんなロイド先生の狙いは、


「この代償はどうするつもりかね?」


「その……少ないですけど、お金を支払うってことじゃダメですか?」


「金など別に欲しくはない。それにこれは君というよりも、ユイ君の責任じゃないかな? なあユイ君、どうかな?」


 ……なんにせよ、この場を収めるにはこれしかないか。


「はい、先生の実験にでもなんでも付き合うので、彼のことを許してくれますか?」


「そうこなくては!」


 ロイド先生はただ実験をする口実が欲しかっただけだ。

 言えば何でもする僕とはいえ、お嬢様やライムさんの監視がある故、あまり過激なことはできない。

 だが、迷惑をかけた詫びという名目があれば、ある程度はしてもいいだろうと、そう考えたに違いない。

 だけどどれだけ名目があっても、僕に対してそこまでひどいことをすることはお嬢様たちの手前躊躇するはず。

 むしろロイド先生の狙いは、


「違うよユイちゃん、悪いのは私だよ! 先生、実験には私が付き合うから、ユイちゃんは許してあげて! なんでもするから!」


 こうなるよね。

 詫びの名目があるとはいえ僕にあまり無茶すぎることはできない。

 けど完全な部外者であるアルちゃんにはなにしてもいと、ロイド先生はそう考えている。


「ん? 今なんでもと言ったね?」


 そう言い、急いで実験の準備を進めるロイド先生。

 念のためにと、僕はロイド先生に耳打ちする。


「あまり無茶すぎることをアルちゃんにさせたら、あなたの行為をお嬢様とライムさん、アラムさんにも伝えます」


 僕が実験に付き合うのは別にいい。

 けど部外者のアルちゃんに無茶をさせるつもりは毛頭ない。

 たとえ今後倒さなければいけない人だとしても。


「わ、わかったとも」


 そういってロイド先生は、用意しようとしたものとは違う実験装置を準備し始めた。

 いったい何をさせるつもりだったのか。

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