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第4話 「特技」

「早く行くわよ。パパが帰ってくる前に色々決めとかないと面倒になるし」


 僕はお嬢様の部屋に連れられる。

 屋敷の中には絵画や像など興味を惹く物がそこかしこに点在しているが、それらの美術品に目を奪われていてはすぐにセウルお嬢様において行かれてしまう。

 溢れ出る好奇心を押さえながら、僕はお嬢様の背中だけをじっと見て歩みを進める。

 そして2分ほど歩いた後、ようやくお嬢様の部屋についた。


「……思えば、男の子を部屋に入れるのは初めてね。少し緊張するわ」


「おじゃまします」


「まさかの躊躇なし!?」


 思春期など存在したのかもわからない僕は、一切の躊躇もなく女の子の部屋に足を踏み入れる。

 部屋の中は至って普通の物だった。

 100冊ぐらいの本が収納された本棚、勉強するための机、1人で使うには些か大きすぎるのではないかと思うベッドと、本当に普通の部屋だ。

 唯一女の子らしいところがあるとすれば、枕元にぬいぐるみが置いてあるぐらいだ。


「……ユイって、女の子とよく遊んだりするの?」


「ないですね」


 女の子どころか、男とすら遊んだことなどない。

 男も女も、僕で遊んだ人間は数が知れないほどに存在するけど。


「それよりも、僕はこれから何をするんですか?」


「そ、そうね、とりあえずあなたには、アニスと一緒にこの屋敷の召使として働いてもらうわ。料理とか洗濯とか、そういったことをしてもらうつもりよ」


 なるほど、普通だ。奴隷として買われたはずなのに、あまり奴隷らしい仕事ではない。


「本当にそれだけですか? 僕って奴隷ですよね?」


「疑わなくても、別に痛めつけたりなんかしないわよ」


「もしかして、本当はあのメイドさんの仕事を減らそうと僕を買ったんですか?」


 さきほどのメイドさんの言葉を思い出して、僕を買ったのがお嬢様のやさしさなのではないかと思い至ったのだが、その考えをお嬢様は鼻で笑って一蹴する。


「はっ、そんなのありえないわ。私があの奴隷競売に行ったのは、単純に召喚の魔法陣が見たかったからよ。アニスは関係ないわ」


「じゃあ、どうして僕を買ったんですか?」


 そう聞くと、鼻で笑ったさきほどとは対照的に、静かな声で答えてくれた。


「……ただ、興味深かっただけよ。召喚された人間がどういう存在なのか、知りたかっただけよ…………アニスは関係ないわ」


 最後の念押しに、僕は確信した。

 色々と理由はあったかもしれない。

 けど、その色々の中にアニスさんの仕事を減らそうという要因もあったのだろうと、そう確信できた。

 嫌ってそうに見えたけど、お嬢様はあのメイドさんのことをそれなりに大切にしているんだろう。


「この話はおしまい! まずはあなたを雇うメリットを考えることが先決よ!」


「メリット……ですか?」


「そう。うちは少し特殊でね、それなりの理由がないとこの家に置いておくことなんかできないのよ。だから、あなたを雇うメリットが必要なわけ。なんか特技とかある?」


 どれだけ殴られても耐えること……と言おうとしたが、それはやめた。

 そんな特技、奴隷でしか活かせない。あ、今は奴隷か。


「なんでもいいのよ? 一つでもあれば、それを誇張して脚色して、なんとか騙して見せるから。さ、何でも言ってちょうだい」


「そう……ですね。強いて言うなら……」


「言うなら?」


「…………」


「ん?」


「……ないですね」


 どれだけ頭を働かせても、自分の得意なことなど微塵も頭をよぎらない。


「な、無いってことはないでしょ。どんな些細なことでもいいのよ?」


「そう言われましても……やっぱりないですね」


 思えば、僕には特技を探す余裕なんて一度もなかった。

 学校では殴られ、家では家事に追われ、夜はバイトでお金を稼いで、深夜は勉強する。

 そんな毎日の繰り返しだった。

 人によってはその中の経験から得意なことを探すのかもしれないが、僕はどうしてもそれが出来ない。

 特技とは、自分が誇れるもののこと。これだけは誰よりも優れていると確信できることこそ、特技なのだ。

 誰よりも下等で、劣等で、奴隷のように生きてきた僕に誇れるものなど何もない。


 ……本当に、空っぽなのだ。


「……すいません、僕みたいなどうしようもない人間を買わせてしまって」


「い、いや……あなたがどうしようもないってより、自分に自信を持ててないだけな気も……」


「自信なんて特技が無いから持てなかったんですよ」


「うわ~、ネガティブねぇ」


 お嬢様が若干引いているように見えるが、それも仕方ないか。

 これほどまでに自己肯定をしない人間は、僕の経験上珍しい。

 学校の人間も、職場の人間も、家族も、みな自分に甘いところがあり、自分を評価する箇所を少なからず持っている。

 否定的意見も持っているだろうが、確かに肯定的意見も持っているのだ。

 それが一切ない僕は、異端なのかもしれない。


 けどそれはしょうがないことだ。だって僕は、誰からも褒めてもらったことが無いから。

 常に否定され続け、肯定されたことが無い。

 僕という存在がこの世で最も下等な存在だと、幼い頃より刷り込まれてきたのだ。


「……しょうがない。今からあなたにはアニスの仕事を手伝ってもらうわ。料理に洗濯、掃除にと、色々とやってもらうわよ」


「……それで、お嬢様のお父さんは納得するんですか?」


「させるのよ。私の魔力を使ってユイを操って、あたかもあなたが優秀な人間かのように振る舞わせるの。そうすればパパもあなたのことを認め、この家にい続けることを許すはずよ。というか私が何としてでもそうして見せるわ!」


 意気込むお嬢様を見て、それでいいのかと疑問に思う。

 それではセウルお嬢様の負担が計り知れなくなってしまうし、なにより召使の仕事をお嬢様自身がしているようなものだ。

 僕という奴隷を買った意味がまるでない。


「行くわよユイ! あなたの操作に慣れなくちゃいけないし、早くやるわよ!」


 ……まあ、何でもいいか。

 お嬢様のお父さんを説得するまでの間、僕を操作するだけのようだし、説得さえできればその後のことはなし崩し的にうまくいくかもしれない。

 その後、僕を使えない使用人と思って捨てられても、それは仕方ないというもの。

 誇れる特技を持たない僕が悪いのだ。

 そうして、僕はまず最初に厨房まで連れてこられた。


「……そういえば、食事の準備はすでに終わっているんじゃありませんでしたか?」


「いーえ、昨日の余り物を使うなんて許さないわ。だってそれって、ピーマンが入っているってことだもの!」


「……苦手なんですね。それにしても、食材の名前は僕の世界と一緒なんですね」


「苦手じゃない、ちょっと食べづらいだけよ。あと名前に関しては、どの世界でも一緒の場合が多いわ。そこら辺はちょっと謎だけど、あまり気にしないでもいいから」


 そう言って、セウルお嬢様は大きめの箱の中から食材を取り出した。

 少し距離はあったが、その箱からはほんの少し冷気を感じた。


「その箱は?」


「クールボックスよ。この箱には冷気の魔札が貼られていて、箱の中を冷やしてくれるの。こうすれば食材が長持ちして、すごく便利なのよ」


 ……冷蔵庫。


「とりあえず食材はこんなとこね。じゃあユイ、まずは普通にこの食材をカットして。それから私が操作を始めるから」


「かしこまりました」


 言われた通り、僕は食材のカットに移る。

 触った感じもほのかに香る臭いも、僕の世界の食材とほとんど同じだ。

 台所に置いてある包丁も見慣れたものだし、普通に料理するだけなら苦労しなさそうだ。

 と、僕はいつも通り、野菜の皮をむいて切っていく。


「……こんな感じですかね。操作っていうのはいつ行うんですか?」


 そう聞いたが、セウルお嬢様は一言も発さない。

 もしかしたらすでに操作を行っているのでは、と思いもしたが、この手の動きは紛れもなく僕の意思によるものだ。

 けっして操作された動きではない。


「お嬢様? どうかしましたか?」


 いつまでたっても口を開かないセウルお嬢様に僕は問いかける。

 するとはっと我に返ったような行動をして、僕の動きについて感想を言った。


「ユイ……特技が無いって言ってたけど、料理のスキルは十分あるじゃない」


「そうですかね? これぐらい普通じゃありませんか?」


「全然普通じゃないわよ。ユイぐらいの年齢の子だったら、普通は料理なんかしないし、包丁を握ったことすらない子が大勢よ。それなのに、何よその包丁さばき、テクニカル過ぎよ」


 知らなかった、僕は料理のスキルは中々に高かったのか。

 お母さんは今まで一度も僕の料理に対して美味しいなんて言ったことがなかったし、なんなら僕も一緒に夕飯を食べる時なんかはいつもムスッとした表情をしていた。

 まるで僕の作ったものに対して不満があるかのような態度だった。


 ……けど、思い返せば文句を言われたことも一度もなかったっけ。


「これならアニスの仕事の負担も減らせるし、交渉の手札の一つにできるわね」


 僕の料理の一部始終を静観していたお嬢様は、うんうんと頷きながら僕を次の仕事場まで連れて行った。

 横幅は三メートルほどある大規模な廊下、そこにモップと雑巾を持たされて僕は待機している。


「次は掃除よ。見ての通りこの屋敷は広くて、アニス1人の手じゃかなりの労力になるのよ。もしもユイに掃除スキルがあれば、パパの説得は十中八九成功よ」


 と言われたので、僕は全力で掃除に取り組んだ。

 2時間ほど経過したころ、僕の掃除跡を観察したセウルお嬢様は感嘆の声を上げる。


「おぉ……真面目に働いたアニス並みの出来ね」


 どうやら合格らしい。

 とりあえずは僕の能力は最低限の基準は満たしていたみたいで、セウルお嬢様は満足したように自室へと戻って行った。

 僕はというと、まだセウルお嬢様のお父さんから許しを得たわけではないのに、自室をもらってのんびりしている。


 何もすることはなく、いつも暇なときにしていた勉強はもう意味のない行為だし、なにより勉強道具がない。

 一応、部屋には本がいくつかあって興味をそそられたのだが、言語が全く理解できなかった。

 僕が召喚されていた場所では言語認識がどうのと言っていたけど、どうやら言葉が分かるだけで文字は読めないようだ。

 日本語はもちろん英語ともどの外国語とも違うこの世界の本は、僕には全く読めない。


「……暇だ」


 こうして何もしないで過ごす時間は、いつぶりだろうか。

 苦しくない時間は、生まれて初めてではないだろうか?

 なに一つとして頑張らないこの時間は、僕にとって困惑するものだった。

 そうして手持無沙汰な僕は部屋をウロチョロしてたのだが、その時、部屋の扉ではなく部屋の壁にぽっかりと穴が開いた。


「どうも奴隷君、お隣に住む者としてご挨拶に来ました」


 さきほどのメイド、アニスさん……だっただろうか?

 まるで当然のことかのように、壁から現れた。

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