第48話 「自分勝手な謝罪」
「しっかしユイ、マグナがいきなりケガするなんてツイてるわよね」
不戦勝のあった日の夕飯で、何も知らないセウルお嬢様が暢気に言った。その様を見たアニスさんは、ため息をつく。
「お嬢様、それ本気で言ってます?」
「は?本気でって、どういうこと?」
「ユイ君、説明してあげなさい」
アニスさんに促されたので、僕は自分でもやっていて気分の良くなかった、下卑た方法の詳細をお嬢様に説明する。
「…とまあ、こういうわけです」
夜襲をかけたこと、そのことを一切のウソ偽りなくお嬢様に説明すると、
「卑怯者」
端的な一言を突き付けられた。
いやまあ、その通りなんで何も言い返せないのですけど。
「あなた、昨日いないと思ったらそんなことしてたの? 最低も最低じゃない。まともにやったら勝てないからって、不意打ちするなんて。アニス、こんなやり方で課題達成してもいいの?」
納得がいかないと不満だらけの表情で、アニスさんに抗議するお嬢様。しかしアニスさんはそんな態度にかまうことなく、淡々と言い放つ。
「全く問題ありません。むしろ、ユイ君のやったことは大正解ですよ」
「だ、大正解って、こんな卑怯なことが?」
「そもそも、ユイ君の実力ではマグナ君には真っ向勝負では確実に負けます。この課題の意図は、普通にやったら勝てない相手に対して、どうやって勝つか、その過程こそが大事なのです。ユイ君のとった方法は夜襲でしたけど、別に勝てるのであれば、毒を盛ってもいいですし他の人に事前に大けがさせてもらっておくのもいいですし、何やっても勝てばいいんですよ。だから、たった一日でマグナ君に勝つ方法を思いつき実践したユイ君は、優秀も優秀です。お嬢様、自分の物差しで測らないことです。バカが露呈しますよ」
しっかりとセウルお嬢様への罵倒も怠らないあたり、さすがアニスさんといったところか。
その言葉にお嬢様は不満げになりながらも、理屈には納得しているようだ。
「まあ……そういう意図があったのなら別にいいわよ。私としてはユイが真っ向から戦うところも見てみたかったけど。で、次の戦いの準備はもう進めているわけ?」
「次……アル・クールさんですね。まだ何の情報も持っていないので、一切の準備はしていません。明後日かその次か、どちらかに情報収集に行こうかと思ってます」
「明後日から? 明日じゃなくて?」
行動を先送りにすることを不思議に思ったのか、お嬢様が首をかしげる。
「明日はちょっと用事があるので、そこまで時間を割けないと思うんです。できないかもしれないのなら、初めから予定に入れないのが効率的かと」
「ふーん、予定ねえ。もしも実験に付き合わされるってことなら、私も立ち会うわよ」
以前の瞬間移動装置、その実験のことがあるからか、工房への活動に関してお嬢様は逐一報告を求めてくる。
最近思ったけど、お嬢様もライムさんも、僕に対して過保護気味なんだよな。
そこまで気にしなくてもいいんだけど。
「明日は工房はお休みしていいって言われてるんです。戦いの後には休むべきだって」
「あのクソ爺にも真っ当な感性がほんの一欠けらとはいえ残っていたようね。無駄に血を流さずにすんだわ」
僕に何かあったらお嬢様はロイド先生に何をさせるつもりなんだろうか?
きっと悪くても血祭だろうから、何があったのかの詳細は省くようにしよう。
「で、明日の用ってのは?」
「……まだあの国について知らないことが多いですから、いろいろ散策しようかと」
「あっそ。私もついていきたいとこだけど、やんなきゃいけないことがあるのよね。あの失禁女は一緒なの?」
「ライムさんは工房ですよ。明日は僕一人の予定です」
「ならいいわ」
僕は今、嘘をついた。
明日の用事、それはきっとお嬢様からすれば気分の良くないものだ。
お嬢様だけでなく、多分あの学園に通うすべての人間にとって、理解しがたいことかもしれない。
けど僕はそれをしないといけないと思う。
せめてもの礼儀として、やらなければいけないことがある。
完全なる僕の自分勝手だが。
*
「失礼します」
一声かけて、僕はドアノブに手をかけ、部屋へと入る。
片手には街で買った果物を持ち、謝罪の気持ちを物で表す。
「……何しに来た?」
静かな声だ。無感情のようにも聞こえるが、怒気が含まれていることはかろうじてわかる。
明らかに僕に対して向けられた、憤怒の声だ。
「お見舞いに来ました。それと謝罪に。思ったよりもお元気そうで何よりです、マグナさん」
体中に包帯を巻き、ベッドに横たわるマグナさんは、顔は僕に向けず、窓の外に視線を送っている。
いったい何を考えているのかはわからない。
ただ、僕に対していい感情を持っていないことは確かだ。
「……一昨日の夜。あれはお前か?」
確信しているであろう。だが最後の確認のためにか、僕に問いかけてきた。
その問いかけに対し、僕には正直に話す義務がある。
「勝つために、夜襲をかけさせていただきました」
悪いことをしたとは思ってる。
けど自分のしたことに関しては責任を持ち、それを否定するようなことは決してしない。
僕はそこまで卑怯な人間ではありたくない。
「このケガ、全治2週間だそうだ」
爆弾をモロにくらい、普通の人間なら死んでもおかしくない攻撃ではあった。
しかしそれは僕の世界を基準に考えたものであり、この世界ではその常識は通用しない。
骨折程度なら一週間以内に治ってしまうような世界だ。
にもかかわらずの全治2週間という長い療養期間、僕のしたことによる結果がいかに凄惨だったかを、再認識した。
「勝つためとはいえ、申し訳ないことをしたと思っています」
頭を下げ、謝罪の言葉を口にする。
しかしマグナさんは謝罪など望んではいないだろう。
憎い相手からの謝罪など、苛立ちを感じるだけのものでしかない。
だけど僕は、自分勝手な謝罪を口にする。
「僕のことを、好きなだけ殴っていただいて構いません」
「……なに?」
「あなたの気のすむままに、僕のことをどのようにしても大丈夫です。怒りを、憎悪を、僕にぶつけていただいて問題ありません」
「ふざけるな!」
頭を下げた僕に、マグナさんは怒号を飛ばす。
「この期に及んで自身を好きにしていいだと? ならなぜおまえはあんな汚い真似をした!? 正々堂々戦うことから逃げ、潔く散ることから逃げ、逃げ続けたくせに、いまさら何をほざく!」
もっともな怒りだ。
謝るぐらいなら最初からやるなと、至極当然の理屈だ。
「失せろ! お前の顔など二度と見たくはない!」
完全な僕の自己満足だった。
卑怯なことをしたから、せめて当事者には謝っておきたい。
できることなら制裁すらも望んでいた。
自身の心の負担を少しでも軽くするために、殴ってほしかった。
そんな自分勝手で利己的な謝罪。
受け入れられなかったのなら、ここにいる意味をもうない。
「失礼しました」
激昂するマグナさんに再び頭を下げてから、僕は病室を後にした




