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第46話 「愛される女」

 魔道具研究工房へと帰る途中に立ち寄った公園のベンチで、見覚えのある人が寝転がっていた。気持ちよさそうな寝息を立てながら、ライさんがお昼寝をしている。

 授業終わりのすぐこんな時間に、工房にいないとはどうゆうわけか。


 普通の学生は誰に言われずとも工房にいたり、闘技場で戦う、もしくは情報収集の観戦をしたりなど、意識の高い人ばかりだ。

 たとえ学内スレイブであろうとも、実力に立場、両方を向上させようと努めるはずだ。にもかかわらずこの人は、ただ純粋に休息をとっている。

 もちろん、休むことが間違いとは言わない。

 時には体を休めることも研鑽の一つとしてあるからだ。けど、この人はずっと休んでいそうだ。


「起こしちゃ悪いよね」


 寝ている人に声をかけないほうがマナーとして正しいと、素通りしようとした。なるべく音をたてないように静かに通ろうとすると、


「ん? あれ、ユイ君じゃん。どしたのこんなとこで?」


 目の前を通ろうとしたその瞬間、ライさんは急に目を覚まして僕に語り掛けてきた。

 ……どんなセンサーを搭載してるんだろうか。


「こんにちは。ライさんこそ、こんなとこで何してるんですか?」


「見ての通りお昼寝だよ」


「工房に行かなくていいんですか?」


「だいじょぶだいじょぶ。これ、睡眠研究だから」


「睡眠研究?」


「そ。寝ることによって体内の魔力を活性化させ、さらなる成長を促す……」


「という体の工房ですか?」


「おおあたりぃ。毎日毎日強くなるための努力とか、やってられないって話だよ。こういう工房作っちゃえば、だれにも文句言われずにサボれるし、研究費として小遣いももらえるしで、いいことづくめなんだよ」


 まあ、そういう考え方もありなんだろう。全員が全員、序列上位を目指してるわけじゃない。

 僕だって序列なんてどうでもいいし、できるのなら戦いたくないと思っている。

 サボる、という行為自体は好ましく思わないが、正直この工房という名の何かに入りたいと、少しくらい思ってしまったり。


「で、ユイ君は?」


「僕はおつかいの帰りです。魔道具研究工房に入ったので」


「マジで!?頭よさそうだとは思ってたけど、想像以上だな」


「ちなみにライムさんもです」


「は!? あの勘違い失禁女が!?」


 ひどい言いようだ。間違ったことではないけども。


「はぁ、人は見かけによらないもんだな。おつかいの帰りってことは、もう暇?」


「いや、このお金を届けないといけなくて」


「お、結構な大金じゃん。なんか食べに行く?」


「行きませんよ。僕のお金じゃないんですから」


「つっても、あのロイド先生の手に金が渡ったら、どうせろくでもないもの作るだけだろ」


 わかってたけど、相当に評判が悪いようだ。

 頭がよくて作るものはすごいの一言だけど、人を簡単に実験台にするような人だからな。まともな評価を得ていないのは当然か。


「そうだとしても、これはロイド先生が稼いだお金です。僕が勝手に使っていいものじゃありません」


「真面目だなぁ。まいいや、暇つぶしに付き合うぐらいはよくない?」


「いやでも……」


「いいからいいから! それとも、工房以外になんかやることあんの?」


「それは……一応、この人たちについて調べようと思ってます」


 昨日アニスさんに渡された、学生の名前が書いてある紙をライさんに見せる。アニスさんが指名するぐらいだ。

 きっと何かしらの情報が得られるほどには有名な相手なんだろう。


「ふーん、こいつらのこと調べて、なにすんの?」


「アニスさん……セウルお嬢様の屋敷の上司に、この人たちを倒すように言われまして」


「……そのアニスっての、相当に鬼畜な性格してんだな」


 紙に書かれた名前を眺めながら、ライさんは心底あきれたように声を上げた。


「何か知ってるんですか?」


「知ってるも何も、この3人は学園の中でもかなり有名人だからな。特にこのアイラ、序列2位だぞ?」


 ……アニスさん、僕は何か、あなたを怒らせる何かをしたんでしょうか? 序列2位ということは、セウルお嬢様よりも上の序列ということだ。僕の実力はお嬢様の足元にも及ばない。

 仮に戦ったとしても、一矢報いることすらできずに戦闘不能になるのが関の山だ。

 それなのに、序列上ではお嬢様以上の存在をわずか3か月以内に倒さなくてはいけない。どんな無茶振りかと嘆きたくなる。


「ま、せいぜい頑張ることだな。他の2人はともかく、アイラ相手ならひどいことにはならんだろうし」


「……序列2位のほうが、安全ってことなんですか?」


「ああ、あいつの戦い方的にな。たぶん闘技場に行けばアイラは戦ってるだろうから、見に行くか?」


「え?序列2位が戦ってるんですか?相手は?」


「知らんよ。アイラの奴は、基本どんな奴の申し出も受け入れて、ほぼ毎日闘技場で戦ってるからな」


「じゃあ、いつでもアイラさんの戦いは見れるってことですか?」


「そゆこと。善は急げってことで。見に行くか?」


「ぜひ」


 クランさんから受け取ったお金を先生に送り届けなきゃいけないけど、少しくらい遅れても問題ないだろう。

 別にこんな大金、すぐに使うわけでもないし。

 僕はライさんの後ろについていき、闘技場の観戦席へと移動した。


「あんま人いないな。たぶん、アイラの試合はもうちょい後だろうな」


「そうなんですか?」


「ああ、基本的にアイラが試合をやるときは、この観客席全部埋まるんだよ。学生たちはアイラの試合が始まるまでは工房にいて、試合が始まれば闘技場に顔を出し、試合が終われば工房に戻るってルーティンだからな」


「いったい、どんな人なんですか?」


「一言でいうと、だれからも愛されている女、だな」


「だれからも……」


 アイラさんを形容する言葉に、僕は胸の奥がざわついたのを感じた。理由はわかりきっている。

 誰からも愛される。

 それは、僕と正反対の人間だということだ。

 だれからも愛されたことがない。

 親も、親戚も、クラスメイトも、教師も。

 僕とかかわってきたすべての人間は、誰一人として僕を愛したことなどないだろう。それどころか、侮蔑、蔑視、嘲笑、見下す目をされた記憶しかない。

 僕に対して見せた笑いは、僕を傷つけた後の笑いのみ。


「どしたユイ君?」


 突如として口をつぐみ、うつむいてしまった僕の顔をライさんが覗き込んできた。

 心配、というよりは、なにかおかしなことでも言ったか、という不思議そうな顔をしている。


「いえ……自分本位な人間の多いこの学園国家で、だれからも愛されるのはすごいなあと、思っただけです」


「ふーん。あ、でもな、俺は愛してないからな?あとたぶんセウルも敵視してんじゃないかな」


「でしょうね」


 お嬢様は上昇志向の強い人間だ。自分よりも上の人間がいれば、その上に立ちたいと思うのがセウル・シュテルという人間だ。

 上位の存在に嫉妬や羨望などはしないお嬢様、しかし愛することもないだろう。お嬢様にとっては超えるべき壁としか見做していないはずだ。


「お嬢様はアラムさんやアイラさんに戦闘を申し込んでないんですかね?」


「アイラには申し込んでるはずだよ。けどな、アイラには毎日たくさんの申し込みがあるから、受けなくてもいいんだよ」



「序列2位に申し込みって……」


「不思議に思うだろ?ま、見りゃわかるよ。アイラと戦いたいって気持ちが、少しでもわかるからよ」

 そういわれ、僕はアイラさんの試合が始まるまでじっと待ち続けた。

 その間、その他の学生が序列を争い戦っている様子を見ていたが、正直退屈だった。僕が強くなったからなのか、学生たちがただ弱いだけなのか。

 どちらにしても、格下とみなしていた。

 そんな退屈な試合を観戦して 1 時間ほどたったころ、観客席が埋まり始めた。無数の男女の学生が入り乱れ、席がどんどん埋まっていく。

 瞬く間に観客席は埋まってしまい、あれほど閑散としていた闘技場が、異様な熱気を放ち始める。

 すると、観客席の最前列付近、鉢巻をした集団が陣取って、身の丈を大幅に超える旗を振り始めた。


「うおおおおおおおおお! アイラ様あああああああああ!」


「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」


 見たことはないけど、アイドルのライブはこんな感じなんだろう、そう思わせる雰囲気があった。とてもこれから戦いが始まるとは思えない。

 そんな熱気を帯び、無数の視線が集中する闘技場に、2 人の学生が足を踏み入れてくる。

 かたや男子学生は、無気力な目を向け、この戦いに勝とうという意欲が全くないように見えた。

 もう一人の学生、おそらくはこちらの女性が学内序列2位、お嬢様を上回る成績を持つアイラ・シィルその人だろう。

 緩やかな足取りで肩にかかるくらいの水色の髪を揺らし、穏やかで弛緩しきった笑みを浮かべながら大きな青い瞳で対戦相手を見つめ、その身は艶やかで美しい衣服に包み込まれている。

 別の意味でこれから戦うとは思えない。

 これからどんな戦いが始まるのか、好奇の気持ちが少し沸いてくる。その時、ある違和感が僕の感覚を襲った。


「これは……甘い香り?」


 鼻腔をくすぐる甘いものが香ってきた。


「お、気づいたんだ。ま、序列上位の奴は大抵の場合、アイラの放つ物に気づくよな」


 鼻をかきながら、何事もないようにライさんは言った。

 なるほど、これも序列2位の持つ力の一つということか。この香り、不思議とふわふわした気持ちになってくる。

 少し集中してこの香りの正体を探ろうと思うと、


「ユイ君、あんま気にかけないほうがいいぞ。嗅ぎすぎると、あいつらみたいになるから」


 最前列で大旗を振るう学生を指さしながらの忠告に、慌てて鼻をふさぐ。

 あのようになる、つまりこれは、何か催眠効果のあるもの?

 なんにしても危険性のあるものを常時放出しているということか。


「あれはアイラの体質みたいなものだから、魔力耐性のない奴は、速攻で落ちるんだよ。まあ、意識すれば弱められるものをしないあたり、あいつは性格悪いだろうけどな」


 催眠効果のある何かを常時放出し続ける体質か。

 特別な力ではあるのだろうけど、それだけで序列2位になれるわけがないだろう。きっと思いもよらない能力を持っているはずだ。

 意識をアイラさんの一挙手一投足に集中させ、これから行われるであろう戦いの一切を見逃さないように努める。

 しかし意識を集中して 10 秒もたたないうちに、アイラさんの対戦相手である学生が、膝から崩れ落ちた。


「え?」


 思わず声を上げ、身を乗り出した。

 しかし事の顛末が理解できずに、頭の中が混乱に陥る。攻撃した様子はない。

 それどころか、敵意を見せた瞬間すら見えなかった。いったい何が……。


「あーあ、そんなにいいものかね。幸せな夢ってやつは」


「幸せな夢?」


「見てみな、あの男子の目を」


 ライさんに促されて、崩れ落ちた学生の目を凝視する。

 遠目ではわかりづらく、そのすべてを理解することは不可能だ。

 しかしわかることが一つだけ。


「喜んでる?」


 どこか恍惚とした表情を見せている。


「幻覚魔法、それがアイラの能力だよ」


「幻覚?」


「アイラの魔力を流し込まれた奴は一瞬にして幻覚を見せられる。それも、対象が幸せな世界の幻覚だ。幸せに包み込まれた対戦相手は戦意を喪失し、その時点で勝負がつく」


「な、流し込むって言っても、アイラさんは相手に一切触れていなかったですよ?」


「遠くからの魔力放出、それだけで幻覚を見せられるんだよ。しかも少しでも体内に魔力を流されたらその時点でアウト、チートだよ」


 チートと形容される幻覚魔法、確かに凶悪極まりない。

 そもそも幻覚魔法、それも見せたい映像を見せる魔法なんて、存在自体は知っているけど、使える人間なんて聞いたことがない。

 文字の勉強で読んだおとぎ話、その中に出てくるような異質な魔法だ。そんな魔法を扱い、しかも発動条件が相手に魔力を流すだけ。

 射程範囲もそれほど狭くはないだろう。

 この狭い闘技場内での戦闘において、これ以上の力はないと断言できる。


「見てどう思った?」


「気が滅入りますね」


「ははっ、そうだろうな。あんなのに勝てって言われたらな」


 僕の返事に笑いながら答えるライさん。

 口調から、僕は絶対に勝てないと確信しているのがよくわかる。


 ……ああ、本当に気が滅入る。

 この場にいる1000を超える学生、すべてを合わせれば数千、万を超えるかもしれない人間に愛されているアイラ・シィルさん。

 強く愛される人間として最大級の高みにいる女性を。

 嫌われ続けた僕が倒すなんて。

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