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第43話 「瞬間移動」

「納得いかない」


 不貞腐れた顔でお嬢様がつぶやいた。

 僕はともかく、ライムさんまで問題を解いたことが相当気に食わないようだ。


「納得するかどうかはともかくとして、ライムさん、よく解けましたね?」


「こんなの、数字を当てはめて計算して行けば答えを導き出すのは簡単ですわ。他の問題は知識が必要そうなもので、皆目見当もつかなかったですけれど、2問3問くらいなら、バカでなければ解けますわ。バカでなければですけど」


 最後、強調するようにバカでなければと述べて、お嬢様のことを見下している。

 そのことを理解しているお嬢様は、恨めしそうにライムさんを睨みつける。

 バカにしていた人にバカにされるのは、相当の屈辱だろう。


「さ、部外者は出て行ってくださらないかしら? ここはもう私とユイ様の工房ですので」


「私の工房だよ。君、ライム君と言ったかね? 私の元で研究に従事するということ、分かってる?」


 高笑いするライムさんに、ロイド先生が困った人を見るように苦言を呈する。

 そうだよなぁ、ライムさんって、頭はいいけど、バカなんだよなぁ。


「分かっていますわよ。それで、どのような魔道具を作っていらっしゃるのかしら?」


「今作っているのは、瞬間移動装置、これがそれさ」


 ロイド先生が指さした方に、人ひとり入れそうなほど大きな容器がある。

 色んなコードが付いていて、前の世界でもこのような機械は見たことが無い。


「瞬間移動? また随分とユニークな物を作っているんですね、先生」


 面白い物を見るようにアラムさんが言う。

 しかし、好奇の目を向けるアラムさんに、ロイド先生は心底いやそうな目を向ける。


「アラム君、この工房に所属していない部外者には見せたくないんだが?」


「いいじゃないですか、これくらい。それに、僕に媚を売っておいた方が、研究費が増えるかもしれませんよ?」


「君はそんな不正はしないだろう、まったく。他言はしないでくれたまえよ」


「もちろん」


「さっきも言ったが、これは瞬間移動装置。文字通り、対象を瞬時に指定の位置に移動させる機械だ」


 さすが異世界、常軌を逸してるな。

 でもそうか、魔力なんて超常的な力を使ってるんだから。使い方をきちんとすれば僕の世界に存在した機械以上の物を作り出せても不思議はないか。


「で、どうやって使うんですのこれ?」


「色々設定があるんだ。ユイ君、その中に入ってくれないか?」


「あ、はい」


 促され、僕は瞬間移動装置と言われるものの中に入る。

 パッと見、とくには何も感じない。


「ちょっと、ユイを実験台にする気?!?」


「マウスの実験は成功している。理論上は成功するはずだ。実験ではないよ」


「いやそれこそを実験と言うから!」


「大丈夫、死にはしない」


「本当に? もしユイになんかあったら、ぶっ殺すわよ?」


「平気だって言っているだろ」


「お嬢様、僕なら大丈夫ですよ」


「ユイはやれって言ったらどんなことでもしちゃう子でしょ! あなたの大丈夫は信用できないの!」


「よし、準備は出来た。実験成功なら、このプレート上にユイ君が移動するはずだ」


「こいつ今実験ってはっきり言ったわよ!? もう隠す気ないわよ!」


「スイッチオン」


「押すなー!」


 お嬢様は制止するが、もう機械が作動してしまっている。

 僕が入っている機械は光を放ち、魔力が急速に高まっているのが肌で感じられる。

 その高まった魔力は僕の体を包み込み、不思議な感覚が……………熱い!


 熱い熱い熱い熱い熱い熱い!


 体の内側が燃えるような熱を帯び、内臓が焦げそうなほどの熱が襲う。


「あ、あぁ……!」


 堪えることが出来ず、うめき声をあげてその場でうずくまる。

 これはヤバイ。

 あと10秒もすれば命も危ないのではと思うほどの苦しみが、体中を駆け回る。


「ゆ、ユイ様! ちょっと先生、大丈夫ですのこれ!?」


「……今さら中止すれば、彼に流れ込んでいる魔力が逆流して即死だろう。このまま進める」


「やっぱ危険な実験だったんじゃない! あとでぶっ殺すからね!」


「ロイド先生、あとで僕からも一言あるからね」


 ……お嬢様の、ライムさんの、アラムさんの声が聞こえる。

 内容までは分からないけど、3人の様子から、僕を心配し、ロイド先生に怒りを向けているのが分かる。

 あぁ……こんな僕を、心配してくれるのか。

 前の世界、じゃ……ありえ、なかった……


 そこまで考えた時点で、僕の意識が完全に失われた。


     *


「……イ! ……ユイ! ユイ!」


 僕を呼ぶ声が聞こえる。

 必死になって叫ぶ声が聞こえ、僕はゆっくりと目を開ける。


「ユイ!」


 おぼろげな意識で、頭の中がぐちゃぐちゃになっている。

 僕は今何を考え、何を思っているのか。それすらも分からない。

 混濁した意識で、頭に思い浮かぶ事柄を言葉に変える。


「大きな、機械……と、女の子、が……」


 自分でも何を言っているのかわからない。

 だけど、頭に残ったその光景が、自然と口に出た。


「だ、大丈夫なのね!? ユイ、意識はしっかりしてるのよね!?」


「お、嬢様……」


「なるほど、最後に見たシュテルと、瞬間移動装置やこの工房にある機械類が頭の中に残っているのか。瞬間移動時、最後に見た光景が強く印象に残る、と」


「冷静に分析している場合じゃないわよ! 本当にぶっ殺すわよ!」


「……ぶっ殺される前に、もう死ぬ寸前なんだがね」


 冷静に分析しているようなロイド先生だが、その顔はボコボコに腫れ上がっている。

 きっと、危険な実験に僕を使ったことで、お嬢様たちから制裁を受けたのだろう。

 というか、現在進行形でライムさんとアラムさんに足蹴にされている。


「大……丈夫、です」


 あまり力が入らないが、お嬢様を心配させないように、なんとか体を起き上がらせる。

 さっきまでの熱が嘘のように、体の熱が失われている。

 真冬のように寒くて、震えるほどに。


「ユイ、無茶はしないで。今暖かい飲み物を持ってくるから、横になっていていいのよ」


 そう言って、お嬢様は工房を出て飲み物を取りに行った。

 その際、わざとロイド先生を踏みつけたのを見逃さなかった。

 ロイド先生が、ライムさんに踏みつけられながら僕に謝罪してくる。


「いや悪かったね。絶対成功するとは思っていたんだが……」


「黙りなさいこのクズ! ユイ様が死んだらどうするつもりだったんですの!?」


「いえ、別に気にしなくても。断らなかった僕も悪いんですから」


「おお、こんな私を許してくれるのかね? ありがとう。では次は魔力爆弾の実験を……」


「ユイ様、この爺ちっとも懲りてませんわ! 一度本気で殺した方がいいですわ! 実験でしたら、私がやりますのに……」


 怒っているようで、ドMぶりはさりげなく発揮するんだ。


「まあ今後の実験も自己判断で行っても別にいいけども、そういうのは、最低限の計算の上でやるものだ。分かった、ロイド先生?」


「わかったとも。貴重な実験台でもあるし……」


「お死になさい、このクズ!」


「のおっ!」


 さらなる圧力をかけられ、ロイド先生が悶絶する。


「あの、そこらへんでやめといた方が……」


「いいえ、ユイ様、こいつには色々と制裁が必要ですわ。悪いことをしたら報いを受ける、当然のことでしてよ?」


 謝罪などでは許さないと……ライムさんは厳しい人なんだな。

 厳しく育てられた反動で、Mに目覚めたんだろうか?


「だがまあ何はともあれ、実験は成功といえば成功だったから、よかったよかった」


「ちっともよくありませんわ! 瞬間移動自体は成功しても、肝心の移動対象が気を失うほどの結果が成功なわけがないでしょう!」


 あ、移動自体は成功してたんだ。

 この短い距離、しかも気絶してたから実感はわかないけど、改めて考えるとすごい技術だ。


「確かに、ユイ君の体を傷つけたことは問題ありだが、瞬間移動の成功自体には目を見張るものがある。一体どういう原理なのかな?」


「詳しく説明すると長くなるが、簡単に言うと超高密度の魔力を用いて狭間に亀裂を入れ、対象を狭間に移動させる。そして次に、この移動先のプレートにも同じように大気中の魔力を蓄積して亀裂を作り、瞬間移動の出口としたわけだ」


「……狭間?」


 聞き慣れない単語に僕は首をかしげる。

 すると、驚いたように3人が僕の顔を見てきた。


「ユイ様、狭間を知らないんですの?」


「奴隷になる前は、相当な田舎から来たんだろうね」


「そんな環境でよくもまあ、あの問題を解けたものだ。いやはや、君の基礎知能の高さには驚嘆するよ」


 狭間、どうやらこの世界では一般常識の単語らしい。

 ……そういえば、本でもその単語を見たような気がしなくもない。


「いいか、狭間とは文字通り、世界と世界の間に存在する空間のことだ。その空間内は計り知れないほどの膨大な魔力で溢れており、およそ人間が住める環境ではない」


「……そんなところに放り込まれたんですか?」


「瞬間移動自体は安全なものだ。装置の発動により狭間に亀裂を入れた後、出口まで魔力により目的地までの道はコーティングされる。これによって君が狭間内で魔力に変換されるという事象はほぼ起きない。これは絶対だ。君の体内に魔力が流れ込んだのは誤算だったが」


「誤算で済む話じゃねえんじゃないですの? クソ爺」


 ヤバイ、さっきからそうだったけど、ライムさんがマジギレしている。

 僕のことでこんなに怒ってくれるのは嬉しいことだけども、このままの勢いじゃロイド先生を殺しかねない。


「ライムさん、それぐらいにしておいてあげてください。こうして無事だったわけなんですから」


「今もなお苦しそうな顔をしているのに、なんでこの爺を許せるんですの?」


「さっきも言いましたけど、断らなかった僕にも責任はあるからです」


 そういうと、ライムさんがため息をついてロイド先生に乗っけている足をどかす。


「ユイ様がそこまで言うのでしたら、この極悪クソ爺への仕打ちは、これぐらいで勘弁してあげますわ。けど、もしもまたユイ様に危害を加えるようなことがあれば、一切の容赦はしませんわ。わかりましたねクソ爺?」


「はい、クソ爺はちゃんと理解しましたとも。もう二度と危険が伴う実験を彼で行いはしません…………たぶん」


「死ねっ!」


「ふぎゃっ!」


 ライムさんの強烈な一撃が、ロイド先生の頭を打ちぬいた。

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