第41話 「無限の可能性」
「ようこそ。ここが私の所属する、魔文字研究工房よ!」
建物の最上階に位置する部屋、そこに工房はあった。
お嬢様は意気揚々と手を広げて、僕たちを笑顔で歓迎した。
部屋の中は色んな本が散乱していて、いかにもといった雰囲気だ。
「あ、シュテルさん、お疲れ様です」
工房にいた眼鏡をかけた男性が、椅子から立ち上がってお嬢様に頭を下げた。
さすがに序列3位だけあって、この工房内でもそれなりの立ち位置なんだろう。
「お疲れ。今日は1人、所属希望の子を連れてきたわ」
1人って。
ナチュラルにライムさんのことを無視しているな。
「1人……ですか? アラムさんはともかくとして、そっちは2人いますけど?」
「ああ、この女はなんか知らないけど勝手についてきただけだから、無視していいわよ」
「何を言っているのかしら? ユイ様が入るのなら、私もここに所属いたしますけども?」
そう言い切るライムさんに、お嬢様は怪訝な顔を向ける。
そして一言、僕だけに聞こえる声でつぶやく。
「適当な工房に入るって言って、この女を撒きなさい」
……そんなに嫌なのか。
「命令ならそうしますけど、気は進みませんね」
「……じゃあいい」
お嬢様は不機嫌そうに、仕方なくと言った感じでこの工房についての説明を始める。
「ここで研究するのは魔文字、つまりはこれについてよ」
お嬢様は机の上に置いてある一枚の紙を持ち上げて、僕らに見せつけた。
紙には文字のような物が描かれている……けど、この国の文字ではなさそうだ。
見たこともない、全く読めない字だ。
「何ですの? 魔札……とは違うようですけど」
「魔札じゃなくて、魔文字よ。これに魔力を込めると……ほらこの通り」
紙から火が噴き出した。
ただ……文字の大きさの割に、とても小さな火だ。
「どうユイ!」
「え、ど、どうって……」
「しょぼいですわね」
僕が言えそうになかった言葉を、臆面もなくライムさんが言った。
「しょ、しょぼいですって?」
お嬢様がワナワナと手を震わせながら、引き攣った笑顔をしている。
「魔札の中でも最低ランクの効果じゃないですの? こんなののどこがすごいのかしら?」
この人の何がすごいって、どんな存在に対してもまったく態度を変えないところだ。
序列3位のお嬢様、それにさっきは序列1位のアラムさんに食って掛かってたし。
「わかってないわね。いい、これは魔札と違って、魔力を込めて作った物じゃないのよ?」
「……それってすごいんですか?」
「当たり前じゃない! 属性に関係なく魔力を流し込むだけで火を出す。それはつまり、この文字そのものに魔法の効果が込められているってことなのよ!」
お嬢様は力説するが、いまいちそのすごさが分からない。
「文字そのものに力があるってことは分かりました。けど、それなら魔札で十分なんじゃ?」
「いいえちがうわ。たとえば、今家で使っているクールボックスがあるでしょ? あれは今じゃ作られていない物だけど、その理由が分かる?」
「……過去に僕と同じ氷の属性の人がいたけど、もういない」
「その通り。まああれを作った奴は氷の属性じゃなくて、風属性を巧みに扱って作ったんだけどね」
「はあ……」
「問題は、その魔札を作る技術が万人には備わっていないということよ。作れる人間には限りがある。そいつが死ねば失われた技術となる。けど、魔文字ならその心配はない。その文字さえ解明できれば永久に失われない技術であり、大量生産だって可能なのよ! すごくない!?」
「まあ、すごいですね」
確かにお嬢様の言う通り、魔札とは違う利便性があることは認める。
使いようによっては魔札を超えるものであることも。
けど問題は、今どれだけ使えるものであるかということだ。
「ちなみにですけど、他にはどんな魔文字があるんですか?」
「…………あと3つ」
「はい?」
「これがそれよ」
そう言って、3枚の紙を手渡された。
「たったこれだけですの? どんな効果があるのかしら?」
紙を手に取り、ライムさんが魔力を3枚同時に流し込んだ。
「……なんですのこれ?」
ライムさんが訝しむのも無理はない。
1枚の紙からは少量の水が流れ。
1枚の紙からは少量の砂が溢れ。
1枚の紙からはそよ風が流れた。
「さすがに他にもありますよね?」
「無いわよそれが今までの研究成果よ!」
逆ギレですか。
「というか、まだ研究段階なだけで、ゆくゆくはもっと強力な魔法が使える魔文字を解明できるはずなのよ!」
「その根拠は?」
「これよ!」
机にバンと大きな音を出して本を叩きつけるお嬢様。
結構ボロボロで何度も読み込まれているのが分かる。
「この本に記載されている情報から察するに、魔文字は遥か昔、当たり前に使われていた技術なのよ!」
「なるほど」
「この本以外にも、魔文字について示唆する文献は数多く存在するのよ。それを元に研究を進めて行けば必ず人類に役立つ技術になるはず……!」
「でも使えないから形骸化したんじゃないか?」
「…………!」
静観を貫いていたアラムさんの的確すぎる一言で、お嬢様が固まってしまった。
意気揚々と語っていただけに……何とも痛ましい。
「魔札がある以上、この魔文字は下位互換としか言いようがありませんわね」
手に持っていた3枚の紙を捨て去り、ライムさんがそう言い放った。
お嬢様は……涙目でプルプルしている。
「違うもん。魔文字は役に立つもん。研究を進めれば使えるはずだもん」
駄々っ子みたいになっちゃたよ。
「そうですねお嬢様、今はまだ研究途中ですもんね。これからさき、きっと役に立ちますよね?」
お嬢様の肩に手を置き、慰めの言葉を口にしたのだけど……。
「哀れみなんかいらないわよ!」
僕の手を振り払って、お嬢様は僕たち3人を睨みつけた。
「理論上じゃ、魔文字はどんな属性の魔法でも再現できる、可能性に満ち溢れた技術なのよ! どんなことだってできるんだもん!」
「ああ言ってますけど、本当ですか?」
アラムさんにそう聞いてみると、
「僕も文献は読んだことはあるけど、間違ったことは言ってないね。魔文字は極めさえすれば究極の魔法とも言うべき優れた技術であることは確かだ」
「え? じゃあ普通にすごいじゃないですか」
「けどね、魔文字はすごくシビアなんだ。ほんの1ミリでもずれたらその効力を失ってしまう。手本があれば話は別だけど、手掛かりがどんな効力があったかどうかだけで、文献に文字が一切記載されていないから、魔文字を解明するなんて僕から言わせてみれば不可能だ。別のことに力を使った方が効率的だよ」
「ほぼ無駄ですね」
「無限の可能性があるんだもん。私なら可能性を可能にできるもん」
お嬢様はその場に座り込んでしまって、工房に所属している学生に窘められている。
「だからさ、ユイ君、僕の所属する美しさ追及研究工房に……!」
「何が美しさを研究する工房よ! そんな物に固執するならこっちの研究の方が有益よ!」
「何を言うのさセウル、僕の研究は体内の魔力の質を高めることをこそ本懐としている。それが美にもっとも効果的なことだからね。僕の工房に来てくれれば、1カ月で君は序列100位以内に入れるはずだよ? ライム君も、1000位は固いだろうね」
「へぇ、意外と真面目な活動っぽいですね」
「私の序列が上がるというのなら、話を聞く価値はありますわね」
「ふん、ユイはともかく、あんたなんか精々10000位よ」
「使い物にならない研究をしている学生なんて、1カ月で追い抜いて見せますわ!」
「なんですってこの身の程知らずの失禁娘!」
「誰が失禁娘ですの!? ああ、図星を言い当てられて怒ってしまったんですのね?」
「じゃあユイ君、僕と一緒に工房まで行こうか」
「どさくさに紛れて何してんのよ! ユイはこの工房に入るの!」
「ユイ様が入るのなら私も入りますけど、欲を言うならここ以外の工房にしていただきたいですわね」
「雑魚のくせに生意気ばかり言って……! 実力と態度が全然見合ってないのよ!」
「無駄なことしかしないあなたよりもマシですわ!」
「ほらほら2人とも、いい加減に喧嘩はやめないか。みっともないよ」
「うるさい! 部外者は黙ってろ!」
「あなたには関係のないことですわ!」
「いや、君たちの行為で周りの子たちは迷惑してるよ? いい加減に大人の対応をさ」
などと言い合いが続いている。
お嬢様とライムさんはお互いを睨みつけながら罵詈雑言を浴びせあい、それを窘めるアラムさん。
正直な話、無駄な時間を過ごしている感が半端ではない。
僕は一度この部屋から出て、事態が収束するのをジッと待つことにする。
「どこかにちょうどいい工房、無いかなぁ」
もう工房選びが面倒になってきて、お嬢様と同じ工房でもいいかなと思っていた時。
魔文字研究工房の隣に、もう一つ工房があることに気付いた。
名前は、魔道具研究工房、僕は暇つぶしにとこの工房に入ってみることにした。




