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第39話 「深くお詫び申し上げます」

 さて、これから僕はライムさんと戦うわけだけど、ちょっと迷っている。

 勝つべきか、負けるべきか。

 ライムさんには謝っても謝り切れないことをしでかしてしまったから、出来ることなら負けてあげたい。

 それで気が晴れるかは分からないけど、それがせめてもの報いだと思う。

 けど、それをすればお嬢様は再び烈火のごとく怒り狂うだろうし、ライムさん自身もそれを望んでいない可能性が高い。

 かといって今回に限って言えば、僕は勝ちたくないしむしろ負けたい。

 そうしないと僕の心が張り裂けそうだから。


 うーん、どうしようか?

 と考えていると、その様子が気の抜けた物に見えたのか、目の前ですでに臨戦態勢を整えたライムさんが僕を指さし、大きな声をあげる。


「イチホシ・ユイ、あなたをボコボコにして、序列を奪って見せますわ! 聞いてますの!?」


「あ、はい。聞いてます」


「何ですのその気の抜けた態度は!? 真剣にやりなさい!」


 真剣に……か。しょうがない、なら勝つように動こう。

 数少ないギャラリーの中にはお嬢様がいて、下手な負け方をすれば今度こそ殺されそうだし。


「では双方、準備はいいか? どちらかが気絶、もしくはこちらで行動不能と判断した場合、さらには降参した場合決着が着く……が、場合によっては降参は受理しない。強制的に戦闘は続行となる。分かったな?」


 明らかにその言葉は僕に向けられている。


「それでは戦闘を開始する。始め!」


 合図とともに、ライムさんが動いた。

 両手を天に翳し、魔力を集中させる。


「一撃で仕留めてさしあげますわ!」


 ……隙だらけなんですけど。

 両手をあげちゃ防御がおろそかになるし、攻撃に魔力を集中したら耐久力も下がる。しかも大規模魔法は集中力も使うから、こちらの攻撃への対応も遅れることは間違いない。

 なんというか、ライムさんは力はあるんだろうけど、その使い方が全然なっていない。

 ただ全力を込めて叩けば倒せる相手としか戦っていなかったんだろうし、実際そんな戦いでも当てさえすれば勝てるほどの魔力量なんだろうけど……多分この学園じゃちょっと優秀、程度の力だ。


 自分自身を過大評価するわけでもないけど、さすがにどう動いても、負ける気がしない。

 僕は手のひらをライムさんに向けて、魔力を集中する。

 集中と言っても、大きな攻撃をするつもりはない。大きさはサッカーボールほどの、そこそこ強い程度の魔法だ。まあ大きさなんて威力にはあまり関係なく、大事なのは質なわけだけど。

 それを攻撃準備しているライムさんに向かって放つ。


「カッ……!」


 無防備な体に、僕の氷塊がめり込んだ。

 ライムさんは腰を曲げ、そのダメージで膝をつきそうになる。

 しかしすんでのところで耐え、魔法の準備を続ける。

 これは予想外だ。今の一発で集中が切れると思ったのに、まだ魔力をため続けられるなんて。

 でもダメージは与えてるので、僕は同じ攻撃を二度三度と続ける。


「グフ……ガッ……アアッ……!」


 すべての攻撃は直撃し、ついには膝を地面についている。

 それでも魔力だけは溜め続けて、逆転の気を窺っている。

 ……なるほど。すべてを捨て、一発にかけてきたのだ。

 実力差があるからこそ、一撃に全身全霊をかける。

 無策に見えて、実は考えていたのか。ちょっと侮り過ぎていたようだ。

 ならつまりライムさんにとってこの勝負は、攻撃を繰り出すまで耐える、という物だ。

 僕にとっては、心苦しい戦いだ。

 策を用意しているとはいえ無防備な人間をこれでもかと痛めつける、そんなのは反吐が出る行為だ。

 自分で自分がさらに嫌いになる、忌むべきものだ。

 こうするしかないとはいえ、もうこの勝負をやめてしまいたい。


「どうしたんですの? さあ、もっと攻撃してきなさい!」


 もはや覚悟を決めているからなのか、さらなる攻撃を促してくる。

 僕は痛む心にさらに鞭を打ち、再び攻撃を繰り出す。

 ……にしても、耐久力が異常に思える。

 弱い攻撃の連続とはいえ、これほどの攻撃を無防備な状況で受けて耐えられることが疑問に思える。

 思った以上に僕の攻撃が弱いのか……けど結構ダメージは与えているように見える。

 苦しそうな声をあげて、膝もついて、明らかに満身創痍のはずなのに。

 プライドがそうさせるのか。自分でも折ることが出来ないほどに心が強いのか。


 でも……敬意を表する。

 同じ立場なら僕はすでに諦めている。

 降参して、それが受け入れられなかったら、勝つ気すらもなくしてただ呆然とするだけだ。

 それをしないライムさんを、僕は尊敬する。


「さあ、準備は整いましたわ!」


 たとえ切り札の魔法が、無為に終わるものだとしても。


「喰らいなさい! 私の全霊を込めた! メテオフレイム!」


 放たれたその魔法は、見た目だけは大した迫力だ。

 太陽を彷彿とさせる巨大な火の塊が眼前に迫ってくる。

 まともにその身に受ければ、塵一つ残すことなく僕が消滅するかもしれない。

 けど……所詮張りぼてだ。

 ただ大きくしただけの、見てくれだけの張りぼて、それがこの魔法の正体だ。

 これがライムさんの実力。

 しかも直線的な分かりやすい攻撃。

 そんなものを大人しく喰らうほど、僕はお人好しじゃない。


「すいません。あなたじゃ勝てません」


 右手に魔力を込めて、氷を作りだす。

 大きさはさっきと同じ、けど魔力を練り上げ作った、見てくれだけが同じだけの魔法だ。

 ライムさんとは違う、張りぼてではない攻撃。

 魔力を凝縮させ、魔法殺しの魔法として作った氷塊。

 それを目の前の巨大な炎に向かって、無造作に投げる。

 炎と氷が直撃する瞬間、ライムさんがほくそ笑んでるのが見えた。

 勝ちを確信したのだろう。

 だけど……それを僕が絶望に変えてしまう。


「……弾けろ」


 そうつぶやいた瞬間に、僕の作った氷は炎の中に飲まれて行き、そして…………

 炎が掻き消えた。


「…………は?」


「ただ大きくすれば強いってものじゃないんですよ。魔力の流れをコントロールして魔法を撃てば、巨大な魔法も消せるんです」


 もっとも、相手の魔法技術が拙い場合に限るけども。


「降参してください」


 静かに促す。

 ライムさんにはもう打つ手はないはずだ・

 最大の攻撃が防がれ、体はボロボロに傷ついている。

 これ以上、この人を傷つけたくない……!


「冗談じゃ……ありませんわ」


 かすかな、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声。

 けど確実に、戦う意思を見せる言葉を発している。

 この人の目は死んでいない。

 絶対にまた、立ち向かってくる。


「さあ……もっと攻撃してきなさい!」


 降参する意思は見えない。

 ならば、追い打ちをかけるしかない。

 したくもない攻撃を続けなければいけない。

 この敬意を表すべき人がこれ以上傷つかないように、ちゃんと気を失うように。

 本気で、攻撃する。


「行きます」


 右手に力を込める。

 体内に存在する魔力を練り上げ、右手に集中する。

 今日見せる魔法の中でも、最大の威力を持つ。

 硬度は鉄以上、それを打ち出し頭を撃ち抜く。

 そうすればこの人も、気絶してくれるだろう。


「これで最後……っ!」


 攻撃する瞬間、見てしまった。

 ライムさんの顔を。

 ……恍惚とした表情を。


「…………」


 思わず手を止めてしまう。

 ついさっき、尊敬していた。

 この人は誇り高い人なのだと思っていた。

 けど違う。

 この人はただの……


「さあ、私をもっと痛めつけなさい!」


 マゾだ!


「どうしたんですの!? 早くその攻撃で、私をもっと昂らせなさい!」


 ドン引きだ。

 こういう性質の人がいるってことは知っていたけど、いざ目の前にするとただただ引く。

 僕の尊敬を返してほしい。


「あの、先生」


「どうした?」


「あの人と戦いたくありません」


「……うんまあ、気持ちは分かる」


「何を言っているんですの? さあ早く、戦いの続きを!」


「ちょっ、近づかないでください!」


 生まれて初めて人を拒絶したかもしれない。

 特殊性質の人間っていうのは、こんななのか。


「さあ早く、あなたのその右拳で、私を一体どうするんですの!? 殴るんですの? 殴るんですのね! もちろん私は抵抗しますわ。けどその抵抗もむなしく、あなたに殴られてしまうんですわ!」


「本当に何なんですかあなたは!?」


「ああ、痛いのがこんなに気持ちいいなんて、屈辱的なことがこんなにも快感だなんて、初めて知りましたわ! ユイ・イチホシ、あなたにはお礼を言いますわ! あなたから受けた屈辱が、痛みが! 私にこの快感を教えてくれたことを!」


 ……すいません僕が目覚めさせたみたいです。


「さあ! 私にさらなる快感を!」


「ごめんなさい!」


 盛大な謝罪とともに、渾身の力を込めて魔法を放った。


「ああんっ!」


 ほんの一度の過ち、それで一人の少女の性癖を歪ませてしまった事。

 深く、深くお詫び申し上げます。

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