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第3話 「屋敷の罠とメイドさん」

「ここが私の家よ。そして、これからのあなたの家ね」


 ソウリュウから降りたセウルお嬢様は、朗らかな笑顔で自らの家を紹介する。

 館の前に存在する門を開け、敷地内へと足を運ぶ。僕もセウルお嬢様を追いかけて館に入ったのだが、無防備に入ったのが失敗だった。

 足を踏み入れた瞬間、目の前を急激な速さで何かが通り抜けた。

 通り過ぎた方向にゆっくりと顔を向けると、壁を弓矢が貫いていた。


「あ、そこには罠が設置してあるから、気を付けてね」


「初めに言ってください。もう少しで死ぬところでしたよ」


「大丈夫よ、最初の罠は威嚇用で殺したりはしないわ。まあ次からは即死級のトラップを設置してるから、慎重に進みなさい」


 そう言われて、僕はセウルお嬢様の動きを出来る限り正確にコピーする。

 足運び、上体の位置、果ては息遣いまでも注意を払い、通る場所に罠は存在しない確信を得て屋敷まで進む。

 が、僕の努力は無駄な物だったようで、屋敷の屋根から、レーザーのような物が僕の頭めがけて放射された。


 あ、死んだな。


 生を諦め、迫り来る死を受け入れさえした一瞬、セウルお嬢様の手が僕の目の前に翳される。

 レーザーはお嬢様の手に直撃したようだが、何事もないかのように僕に振り返って注意した。


「ちょっと、注意して歩いてって言ったでしょ。ちゃんと脈拍や心拍、足の踏み込み具合や魔力の量に注意してて歩きなさい」


「そんな無茶な」


 足の踏み込み具合だけならともかく、脈拍や心拍をそんな簡単に操れるはずがないし、まして魔力なんて、そんなものは今の今まで存在すら知らなかったのだ。

 結局のところ、どうあがいても僕が罠にかかることは必然の出来事である。


「しょうがないわね。じゃあ私が抱えて行くから、ユイは動かないでジッとしてなさい」


 見かねたセウルお嬢様が僕を抱えた。

 その体勢はまさかのお姫様抱っこ、何とも言えない気持ちになる。

 しかしこのままでは屋敷に入ることすら不可能、贅沢を言っている場合ではない。


「よっと……ちょっと感覚がずれるわね。少しだけトラップに引っかかっちゃったわ」


 無数の矢が、弓が、剣が、輝く光の球がセウルお嬢様に襲いかかったのだが、そのすべてを蹴散らし、少しだけとは絶対に言えない量の武器が地面に転がり落ちる。

 世界が違うと人間のできはこうも違うのか。はっきり言って、セウルお嬢様に勝てる人間は僕の世界には存在しないだろう。

 下手をすれば戦車にも勝ってしまいそうだ。


「さ、到着よ。ユイ、1人でトラップを掻い潜れるようになってよね。じゃないとおつかいにも行けないし」


「分かりました……けど、そもそもこんな罠が必要なんですか? 明らかに常軌を逸してますけど」


「必要よ。私たちって結構な人間から恨みを買ってるし、これぐらいしておかないと安心して眠れないのよ。まあ無防備でも私たちなら問題なく対処できるけど」


 驚きの事実だ。ここまでの罠が必要なほどの恨み、一体何をこの屋敷の人間はしたのだろうか。

 人一人殺したぐらいではこれほどの物は必要あるまい。


「ま、話は後でね。はやく屋敷に入るわよ」


 かなり大きめのドアの鍵穴に手をかざすセウルお嬢様。何もないはずなのに、カギを開ける音が鳴り響く。

 今更驚きはしないが、魔法というものがかなり便利な代物であることには素直に称賛する。

 もしかしたら現代日本の技術よりも有用かもしれない。


「ただいま、今帰ったわよ」


 屋敷の中に入ると、入り口に一人の女性が待機していた。

 眼鏡をかけた赤髪の理知的な女性、そんな凛とした顔には多少不釣り合いな、フリフリの可愛らしいメイド服に身を包んだ女性だ。


「おかえりなさいませお嬢様」


 礼儀正しく頭を下げる姿に、相当に慣れ親しんだ行動だとすぐにわかる。

 前の世界で様々な人を見てきたが、これほどまでに仕草が綺麗な人は見た事はない。

 きっと内面も、生真面目で厳しい人なんだろうな。

 と思ったのだが、


「あらお嬢様、人手が足りないと愚痴を言っていたのを覚えていらしたのですか? まさかこんな奴隷をお土産に買っていただけるなんて」


 ……ん?


「あなたのじゃないわよ」


「それじゃあお土産は?」


「ないわよ! あんたメイドのくせに図々しいのよ。欲しい物があるなら自分で買いに行きなさい。お金は十分に持ってるでしょ?」


「買いに行くの面倒なんですよ。もういっそ引っ越しませんか? 都に住んでる貴族を殺して便利な土地に住むことを提案します」


 この会話だけで、僕はこのメイドさんが十分に分かった気がした。

 挨拶の仕草、それだけでやるべきことはやれる人間だと分かる。だが本質は中々にいい加減だ。

 明らかに仕える人に対する言動ではない。


「はぁ~、アニスと話してると頭が痛くなってくるわ。もう部屋に行くから、あなたは食事の準備でもしてなさい」


「安心してくださいお嬢様。すでに食事は温めるだけで良い状態で、私はすでに休憩に入ってました」


「……一応聞くけど、どれくらい休憩していたの?」


「ざっと5時間ぐらいでしょうか」


「私が家を出てからずっとじゃない!」


「食事は昨日の余り物ですので、味には何の問題もありません」


「よくもまあ堂々と手抜きを言えたものねえ!?」


「何を言いますかお嬢様、手抜きと節約を一緒にしないでください」


「あ、それは僕も同じ意見です。昨日の残りを使うのは、手抜きとは違いますよね」


「ユイは黙ってなさい! アニスが調子に乗るでしょ!」


 セウルお嬢様の怒りが段々と高くなって行っているが、その元凶たるメイドさんは飄々とした様子で僕の傍まで近づき、口を耳に近づけてヒソヒソ話を始める。


「見ましたあの怖い表情? 私のご主人様はこの人の御父上なのですけど、あなたはこれが主人なのですよ? これから大変でしょうけど、頑張ってくださいね」


 励ましの言葉……に聞こえるが、ボソッと「私の仕事も減るし」と言ったのが聞こえてしまった。

 第一印象とは全く違う言動に、さすがに驚いてしまう。


「アニス! いい加減にしないと怒るわよ?」


「わかりました。私はまったく悪くございませんが謝っておきます。さーせんした」


 ふざけるにも程があるであろう態度に言動で、セウルお嬢様の堪忍袋の緒がついにキレた。

 手のひらが太陽のごとく輝きを放っている。


「あらあら、これぐらいでキレてしまいましたか。まだまだ子供ですねえ」


「怒るには十分すぎる理由だと思いますけどね」


「アニス! 覚悟なさい!」


「却下です。私はこの場から去りますので、どうか怒りを鎮めてください」


 そう言いながら、メイドさんは壁に背中を付けた。

 退路のない場所にわざわざ移動したことから諦めたのかとも思ったが、言葉からここから移動しようとしていると思われる。

 一体何をする気なんだろうと思っていると、メイドさんがもたれかかった壁が横にスライドし、人ひとりが入れるぐらいの穴が開いた。


「では私はこれで。奴隷の君、後程会いましょう」


「待ちなさい! てかなによその壁は!?」


「暇な時間を使って作った隠し扉です。アニスの器用さを褒めてください」


「ざっけんな!」


 怒号とともに手のひらの輝く球を壁に放とうとするセウルお嬢様を、僕は静観する。

 止めようにも僕の力じゃどうしようもないし、ただ問題が通り過ぎるのを待つだけだ。

 その結果死ぬことになったら、しょうがないとしか言いようがない。

 と諦観していたのだが、セウルお嬢様の攻撃は壁に直撃した瞬間、姿を消した。


「どういう原理なんですか?」


「……この家の一部の素材は、魔力を吸収する特性があるのよ。あームカつく! アニス! 今夜は安心して眠れるとは思わないでよね!」


 どこにいるかもわからない、聞こえているのかもわからないが、セウルお嬢様はそう宣言した。一種の殺害予告に聞こえんでもない。


「まあ落ち着いてください。あの人も悪気があったわけじゃないでしょう」


「100パー悪気しかないわよ! ユイはアニスのことを何も知らないからそんなことが言えるのよ。私が今までアイツにやられたことはね……!」


 今まで相当にひどい目にあったのだろう。おふざけなどという言葉以上の悪ふざけをされたのだろう。

 そのことが容易に想像できるほどに憎々しげな表情だ。


「……ダメだわ、冷静にならないと。ユイ、私の部屋に行くわよ。そこで今後のあなたの扱いを考えないとね」


 扱い……僕に関しては今後の人生を左右される重要な案件だ。

 それは果たして希望か絶望か……どっちでもいいか。何故か傷は治っているが、死ぬほどの痛みをついさっき味わったところだ。あれ以上の苦しみなど、そうは味わうまい。

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