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第38話 「哀れな少女から挑まれた」

 模擬戦争の翌日、僕は普通に一人で登校してきた。

 一人だけではこの道のりもかなり長く感じたが、なんとか遅刻せずに教室に来ることが出来た。


「よっ、おはよう」


 教室に入ると、ライさんがさわやかな笑顔であいさつしてくれた。


「おはようございます、ライさん」


「敬語なんか使わなくてもいんだぜ? それに呼び捨てでも」


「いや、それは……」


 長年敬語を使ってきて、同学年に対して呼び捨てで呼んだことのない僕は、その提案に戸惑ってしまう。

 なんというか、もう染みついてしまっているのだ。


「……まあ無理にそうしなくてもいいか。ユイ君の呼びやすい方でいいよ」


 僕の戸惑いを感じ取ってくれたのか、ライさんはそう言って近くの机に腰かけた。


「それでさ、セウルは昨日どんな感じだったの? あの高飛車お嬢様、家で大暴れでもしたんじゃないか?」


「そんなことお嬢様はしませんよ。ちゃんと約束通り、静かに正座していました」


「正座!? あいつそんなことしてたの? ハッハッハ、そりゃぜひ見てみたかった!」


「お嬢様の決めたルールとはいえ、さすがに心苦しかったですね」


「しかも自分で言いだして正座してたのかよ。ダサいな」


「それ、絶対にお嬢様の目の前で言わない方がいいですよ」


「言わないって。さすがに俺も、自分の命は惜しいからな。でも、あの万能のお嬢様の負けってのは、もう学園、いや国中に知れ渡ってるかもな」


「そんなに大ごとなんですか?」


「普通の負けじゃなくて、11対0の完敗だからなぁ。いくらこっちのクラスにクランの奴がいたとはいえ、中々に衝撃的な記事だよ。多分今日はその話でもちきりじゃないかね?」


「へぇ、お嬢様、今日は休んで正解だったかも」


「え、今日セウル休みなの? 負けたショックで寝込んでるとか?」


「いえ、実は負けたペナルティは正座だけじゃなくて晩御飯抜きってのもあったんですけど、すきっ腹の状態で朝食をたくさん食べて、お腹壊しちゃったんですよ」


「アッハッハッハッハッハ! セウルも結構間抜けなんだな! いやぁ、君が来てからあいつの間抜けっぷりが聞けて、マジで楽しいよ」


 腹を抱えて笑いこけるライさんは、本当に楽しそうだ。

 この学園にいる首輪をした学内スレイブはみんな死んだ目をしているというのに、なんでこの人はこんなに元気なんだろうか?

 見た感じ、誰からも虐げられている様子もないし。


「おっと、時間だな。んじゃ、休み時間と放課後、暇だったらまた話聞かせてよ」


 そう言って、ライさんは自分の席に戻って行った。

 僕も自分の席に腰かけ、最初の授業で使う薄っぺらい教科書を用意しておく。

 この学園での時間のほとんどは戦闘訓練だから、正直勉強は歴史以外なにもしなくても問題はないレベルだ。

 聞いた話によると赤点はあるみたいだけど、そのラインは相当に低く、まともに勉強をする人は数えるくらいしかいないそうだ。

 だからだろう、この教室で教科書を用意しているのは1人もいない。

 誰も授業の準備をしないまま、キョウチ先生が教室に現れる。


「ん、全員いるな。昨日はご苦労だった。お前たちの完全勝利、担任として鼻が高いぞ。最も、数人の生徒による活躍が大半だったがな」


 それは僕とクランさん、ライさんを指しての言葉だろう。

 他の人たちは皆お嬢様の蹂躙にあって、ロクに活躍してないだろうし。

 それにライムさんは、開始してすぐに脱落したし……。

 ん? そう言えばライムさんがいない。


「先生、全員いないですよ? ライムさんがまだです」


「そのことだが、イチホシ、あとでシュテルに拘束を解除してくるよう頼んできてくれ。あいつの拘束を解ける奴はいなくてな。ミヤは昨日から塔に磔のままだ」


「……お嬢様、今日休んでるんですよ」


「なんだと!? ……しょうがない、なら明日……は休みか。明後日にでも解放するか」


「え? いやいや、そんなに放置したらさすがに……」


「飯ぐらいは運んでやるから、死にはしないだろう。それに、元はあいつが弱いのが悪い」


 それでいいんだ。

 見ると、クラスメイト全員もそれに納得している様子だ。

 弱い、ただそれだけでこの扱いをされるのか。

 というか、元をただせば僕が悪いんだけど。


「先生、気になるんで、ライムさんのご飯、僕が持って行っていいですか?」


「それはこっちとしても助かるが……いいのか? お前はまだ研究工房を決めていないだろ? 期限はまだあるとはいえ、時間が無駄になるぞ?」


「はい、大丈夫です」


 研究工房……そう言えばそんなものがあった。

 大学でいう研究室みたいなもので、入学してから数日以内に決めないといけないらしい。

 正直そっちもそろそろ見てみたいが、ライムさんの件は100パーセント僕が悪い。

 一言謝罪に行かなければならない。


「そうか、では頼む。食堂にあいつの分の食事は用意されているから、放課後に持って行ってやれ」


「分かりました」


「では、今日は伝達事項もないから、すぐに授業を始める。みんな、教科書を開け」


 その指示に僕以外の誰も従わずに、授業が開始した。


     *


 授業、自主練は終わり、僕はライムさんの元まで食事を運んでいる。

 ライさんも暇だからと、僕に付き合ってくれている。


「よかったんですか? ライさんも工房に所属してるんですよね?」


「あー、別に大丈夫。俺のところは自由が売りの工房だから」


 それは自由というより適当というのだと思うけど。


「というか、ユイ君こそ物好きだね。あんな目に合わせて面倒は見るとか」


「あんな目に合わせたからこそ、その責任を取らなきゃいけないんですよ」


 勝つためとはいえ本当にひどいことをしてしまった。

 正直な話、罪悪感で胸が張り裂けそうだ。


「お、たしかあの塔だったよな。失禁お姫様が拘束されてるのは」


「やめてあげてください。それも僕のせいなんですから」


 ライさんと話をしながら歩き、目当ての塔がもう目前まで迫った。

 草木をかき分けながら、林を抜けた。


「あ、いたいた。おーい、飯届けに来てやったぞ」


 軽いノリで話しかけるライさんだが、僕たち二人の姿を見て、ライムさんはギョッとした。


「なな、何であなた方がここにいるんですの!?」


「なんでって、飯を届けに来てやったんだじゃないか。感謝しろよ」


「い、いや、近づかないで!」


 ご飯を届けようと近づく僕たちだが、ライムさんは必死の形相でそれを静止する。


「いやいや、じゃあどうやって飯食うんだよ。両手足拘束されてるくせに」


 やれやれと言いながら、ライさんはゆっくりと近づいて行く。

 距離が縮まるたびにライムさんは叫ぶが、それに動じず歩みを進める。

 ……が、目前というところまできて、足を止めた。

 それはライムさんの気を遣ってか……いや違う。

 叫んだ理由が理解できて、その理由が弊害となって僕たちの足を止めたのだ。

 そしてライさんが一言。


「……臭い」


 たった一言で、少女の心をえぐった。


「だ、だってしょうがないじゃない! こんな状態じゃ、おトイレにも行けないですし…………もういや!」


 目を閉じて顔を真っ赤にする姿を見て、非常にいたたまれなくなる。

 本当に、ここまでするつもりなんて毛頭なかった。

 ちょっと気を失っていてもらおう、そんな軽い考えだったのに、少女に一生消えないかもしれない心の傷を負わせてしまった。

 僕は一言謝ろうと一歩を踏み出すと……


「ユイ・イチホシ……」


 恨みがましく僕を睨みつけるライムさん。

 無理からぬ話だろう。この事態を引き起こしたのは僕だと分かっているのだから。


「あなたのせいで、この私がこんな目に……!」


「おいおい、そりゃ逆恨みだろ? きっかけはユイ君だったかもしれないけど、元をただせばお前が弱いから悪いんだ」


「そ、それは……そもそも、それだって納得いきませんわ! この私がこんな男よりも弱いなんて!」


「そんな恰好で言われてもねえ」


「ライさん、今回は僕が悪いんですよ。だからごめんなさい。本当に申し訳なかったです」


 深々と頭を下げて、なんとか誠意を伝えようとする。

 しかしそんな態度が屈辱的だったのか、


「ユイ・イチホシ! 顔をあげなさい!」


 明らかに怒りのこもった声で叫ぶので、僕はゆっくりと顔をあげてライムさんを見つめる。

 どんな罵倒が飛んでくるのかと思うと、


「私と勝負なさい!」


 両手足拘束された哀れな少女から、勝負を挑まれた。


「勝負って……序列を賭けた戦闘ですか?」


「当り前ですわ!」


 突然の挑戦、正直わけがわからない。

 粉々になったと思ったプライドも、まだ一片ぐらいは残っていたのかもしれない。


「まあ……いいですけど」


「いや、マジで言ってんの? はっきり言って実力差は明らかだろ。失禁お姫様、悪いことは言わないからもう半年ぐらい力をつけてから出直せよ」


「誰が失禁お姫様ですの!? 私は……漏らしてなんか……」


「じゃあ他の学生も連れてきて確認してもらう……」


「ライさん、あんまりいじめちゃ可哀想ですよ。ライムさん、勝負は受けます。明日は休みなんで、明後日の放課後でいいですか?」


「ええ、もちろんですわ! 首を洗って待ってなさい!」


「はい分かりました。じゃあライムさん、ご飯食べさせてあげるんで口を開けてください」


「あ、ありがと……って、情けのつもりですの?」


「いえ、元々の目的がこれなんで」


「そ、そう……では食べてあげますわ。口に運びなさい」


「この格好でよく偉そうにできるな」


「うっさいですわ!」


 そんなこんなで、明後日の戦闘が決まった。

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