第34話 「哀れに利用された少女」
戦争が始まってから5分が経った。
まだどこも交戦はしていないらしく、何とも静かな立ち上がりだ。
「で、ライムの居場所は分かるの?」
「大体の位置は分かります。初期位置から考えて、多分一番近いあの塔を狙うはずです」
ライムさんは直情的な性格をしており、セウルお嬢様とどこか通ずる部分がある。
行動を読むのは割と容易い。
その証拠に……
「マジでいたよ。分かりやすい子だねぇ」
目の前には、ライムさんがたった一人で塔に向かっている。
向こうからは茂みに隠れている僕たちは視認できていないようだが、こちらからは丸見えだ。
自信満々に無防備な姿をさらしている、ライムさんの姿が。
「どういう風に倒すの? 魔法でズバンと?」
「いいえ、大きい音はあまり出したくありません。だから……落とします」
そう言って僕は、ライムさんとの距離を縮める。
ライムさんはこちらに気付く様子はない。塔に向かって一直線に、バカみたいに邁進している。
そのおかげで、襲いやすい場所に身を隠しながら、機を窺うことが出来る。
僕は音を極限まで減らして、ライムさんに後ろから襲いかかった。
「なっ……カハッ!」
気づかれるのと同時に、ライムさんの首を締めあげる。
「ガッ……ハァッ……!」
苦しそうに、僕の腕を何とか振りほどこうともがいている。
足をじたばたと動かし、頭を振りながら、必死で力を振り絞っている。
けど、確実に入っている。
「な……んでっ……!」
いきなりとはいえ、僕という存在を認識はしているんだろう。
なぜ自分が襲われているのか、その疑問の声を必死に絞り出しながら、暴れていたライムさんの手が、足が、力なくぶら下がるだけとなった。
「ふぅ……本当にごめんなさ――」
謝罪しながら腕の力を緩めると、ライムさんの下半身から、とある音が耳に届いてきた。
チョロチョロ……と。
「あっちゃぁ、この子、漏らしちゃってるよ」
近づいてきたライさんが、半ば引いたような口調でライムさんを見下ろしている。
そう、首を締めあげ落としてしまったことにより……失禁してしまったのだ。
「……本当、ごめんなさいです」
ここまでするつもりはなかった。
ちょっと気を失ってもらって、ちょっと利用するだけのつもりだったんです。
なのにこんな結果になっちゃって、申し訳ないです。
まあやっちゃったものは仕方ない。
こうなったら、きちんと有効活用してあげるのがせめてもの情けだ。
「じゃあライさん、今度はあっちの塔へ行きます。セウルお嬢様はたぶん中央付近で陣取って、そこから本格的に動くと思うので」
お嬢様が来るであろう塔に、僕とライさんは急ぎ足で向かった。
*
「さぁてと、まずはあの塔を攻め落としましょうかしら」
私は大勢のクラスメイトを引き連れている。
何人かは個人で行動させ、その他のクラスメイト達は私が率いて塔を攻めていく。
そうすればユイたちが攻めないと決めている塔の制圧も出来て、かつ私自身の手でユイの制圧する塔をつぶせる。それプラス、私が率いることによって戦力が削られる可能性を極限まで減らした。
普通は6人グループで6つの塔を狙っていくのが定跡だったけど、相手はアニスの教えを受けたユイなのだ。
普段通りやっていては、ほぼ確実に負けてしまう。
だって、絶対に卑怯というほどの作戦がある。
私がただ一つの塔だけを制圧して静観していたら、何も知らないクラスメイト達は罠にかかって圧倒的な敗北となる。
だからこそ、私は考え方を変えた。
セオリー通りで負けるのなら、セオリーから外れる。
ユイの策がどんなものだったとしても、私の力をもってすれば確実に回避できる。
チャチな罠で私を傷つけることなどできず、無駄に時間を消費するだけになる。
私が動き回るということは、クラスメイトを守りながらユイを無力化するということ。
「フッフッフ、我ながら頭が働いているわ」
私は基本スペックが高い完璧美少女、敵のやり口さえ分かってしまえばそれに臨機応変に対応できちゃうのよね。
ま、この戦争の勝利はもう私のものとして、あとはどんな罠で私を楽しませてくれるかどうかってとこね。
と、勝利を確信しながら歩いて、私たちは塔にたどり着いた。
「とうちゃーく。さて、誰を置いて行こうか……」
私が誰を残してこの塔を制圧しようか考えていると、ある物が目に入った。
……物ではなく、者だった。
「あの子……」
一人の学生が、塔の入り口で縛り上げられていた。
何事かと思い近づいてみると、それは私のクラスメイトではなかった。
となると、この子はユイのクラスメイト。
私が状況を確認していると、後ろに控える子の一人が話しかけてきた。
「あ、この人つい先日に編入してきた人だ」
言われてみれば確かに、この子は私に食って掛かってきた学生の一人だ。
それがこの場で縛り上げられているということは……。
「てことは、単独行動してた誰かがもう制圧してるってことですね!」
そう、つまりはそういうことになるのだ。
仲間を縛り上げるわけがない。だからこれは、私のクラスメイトがやったこと。
この塔はすでに制圧済みで、この大群の中から一人を選んで置いて行くこともしなくてよくなった。
「そう……ね。じゃあ、次はあの塔を目指しましょう」
即座に考えをまとめ、次の行動に出ようとする。
ここはすでに自分の陣地、ならこの場にいる意味は……
「違う!」
大きな声をあげ、私は塔の中へと入り込んだ。
私の行動にクラスメイト達は驚いているけども、私たちはまんまと罠にはめられるところだったのだ。
常識的に考えれば仲間を縛り上げるわけがない。
だけど、今私が相手にしているのは誰だ?
卑怯卑劣と罵られても平然としているような奴から教えを受けたユイが、今の敵なんだ。
だから、目の前の情報を信じていいはずがない。
あれがもし、ユイによって縛り上げられたものなのだとしたら、この塔は私たちではなくユイたちのクラスの陣地となる。
この考えが間違っているのなら、玉座には私のクラスメイトが座っているはず……
「……ふふ、看破してやったわ」
玉座には誰一人としていない。
しかも所々に氷塊が散らばっている。
きっとユイがあの子を縛り上げるために、一戦交えたのだろう。
そしてこの塔を自分の陣地として、次の塔を目指した。
「まあユイにしては考えたじゃない。けどアニスと長年暮らしていた私にとって、ちょっと頭を使っただけの策なんて、通用しないのよ」
玉座へと腰かけ、この塔を私の陣地とする。
目には見えないけどここの監視が私の陣地となったと把握しただろう。
塔を下りて、下で待機していた仲間たちに笑顔を向ける。
「お待たせ。ここはもう私たちの陣地よ」
「あ、はぁ……」
元々自分たちの陣地だと思っていたこの子たちじゃ、ただ唖然とするだけか。
本当に、私がいなきゃこの塔は最小限の労力で制圧されていた。
「あっと、そうだわ。この子も身動き封じ解かなきゃ」
ユイに縛り上げられたこの哀れな女の子も、万が一にも動けないようにしないといけない。目を覚ましたこの子に、陣地を制圧されてしまうから。
私は塔の側面に土魔法を施して、この哀れな女学生の両手足を完全に拘束した。
この強度なら、自力での脱出はほぼ不可能だろう。
「って、この子……」
完全に固定してから気づいた。
さっきから何か変なにおいがすると思ったら……
「こいつ、漏らしてんじゃん」
後ろで待機していた子が、笑い交じりにそう言った。
……不憫だわぁ。
「ユイに利用されて、女の子なのにこんな醜態を晒して、ホント同情するわ」
私はこの哀れな学生にほんの少しだけ憐憫を向けて、次の塔に向かった。
*
「…………行きましたね」
セウルお嬢様が完全にこの場から離れたのを確認してから、僕は近くの茂みから身を出した。
「さてと、あの塔は完全に僕らの陣地になったわけです」
「マジでユイ君の言う通りになったな。あのセウルが、完全に手のひらの上か」
「お嬢様は短絡的ですから、見破った段階で満足しちゃうんですよ。しかも自分の考えに絶対の自信を持つから、一度信じたらもう疑わないんです」
「……把握具合が半端じゃないね」
「一緒に暮らしていますからね」
お嬢様を罠にはめるのであれば、簡単な方法がある。
看破させてしまえばいい。
罠を見破らせること自体を罠にすれば、お嬢様なすんなりと騙されてくれる。
「じゃあ次はあの塔にしましょうか。あ、そうだライさん。同じ方法をあなたでやらせてくれれば、もう一つ塔を簡単に制圧できるんですけど?」
「……やめといた方がいいんじゃないか? 何度もやると墓穴を掘るかもよ」
「それもそうですね。1人の犠牲で1つ制圧できただけで良しとしましょう」
「んで、次はどの塔にする?」
「……その前に確認なんですけど、向こうのクラス、45人でしたよね?」
「ん? そうだったような気がするな。まあ大体40ちょいだったな」
「てことは、セウルお嬢様は40人率いていたから、4人が単独行動をしているわけですか。ならあの辺の4つの塔を目指しましょう」
「なんか雑だね?」
「どうせ取れる塔ですから、順番はどうでもいいんですよ」
そう言って、僕はこの塔の陣地の制圧を終えてから次の場所へと向かった。




