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第32話 「伝言とすれ違い」

 朝目を覚ますと、いつになく気分がいいのがすぐにわかった。

 これからユイのいるクラスと模擬戦争を行う。考えたらわくわくするわ。

 単純な殴り合いなら私がユイに負けるなんて万が一にもあり得ないけれど、クラス単位で行う模擬戦争なら話は別だ。

 私が取れる陣地は一つ、どういう割り振りで6グループを作るかで勝負は決まる。

 私が一つ、向こうのクラスのクランの奴が一つ、残りの9つをどちらが取るかが勝負の鍵だ。

 クラスとしての地力と、グループをどう割り振るかのリーダーの戦略が勝敗を分ける。

 今回の勝負、私は今まで以上に頭を使った自負がある。


 これ以上ないバランスでグループ分けをして、全てのグループが万全のコンディションで臨めるように調整だってしてある。

 万に一つの油断もない布陣を考え出している私は、気分よく今日を迎えているというわけだ。

 そして部屋を出ると、すぐ目の前にアニスが立っていた。


「おはようアニス、今日は起こしに来なくてもよかったのに」


「そのようですね、お嬢様」


 いつもの淡々とした様子のアニス、普段ならお茶らけた言動で私が苛立ち、アニスがほくそ笑むなんて気分の悪いパターンが決まっているけど、今日の私はいつもと違う。

 何を言われても動じない自信があった。


「で、今日は何か一言あるわけ?」


「私からは特に」


「あらそう」


 珍しいことにアニスはふざけた言葉を一切述べず、真面目な表情を貫いていた。


「ですが……」


「やっぱあるんじゃない」


「ユイ君から二つ伝言があります」


「ユイから? なになに?」


 ユイの言葉と聞いて、がぜん興味がわいた。

 自分の考えなんて一切持っていなさそうな、無欲無関心無害そうなあの子からの言葉がどんなものか、非常に興味深い。


「まず一つが、今日は仕事は私に任せ、模擬戦争の作戦会議をクラスのみんなとするということです」


「……へぇ」


 その言葉を私は、宣戦布告と捉えた。

 わざわざアニス経由でこのことを知らせるということは、私に本気で勝ちに来ていると言ってるような物だ、と解釈する。

 本気で勝負に取り組み、あまつさえ宣戦布告するようなことをユイがして、私は素直にうれしい。

 これであの子も少しは、欲という物が芽生えているのではないかと思って。


「で、もう一つは?」


「僕が勝っても怒らないでください、だそうです」


「っ……!」


 それはさすがに調子に乗りすぎだ。

 ユイの所属するクラスは全体的な能力は高い部類だ。だがこっちには私がいる。

 序列3位、知力と武力を兼ね備え、学内で全能と呼称されるほどのこの私がだ。

 勝ちに来る姿勢を見せるのは良い。

 勝ちに行きますと述べるのも構わない。

 だけど、私が負けるようなその物言いには、さすがに腹が立つ。


「ユイに勝てと言ったけど、私の力をまともに見せたことはなかったわね」


 私自身の役割は一つの陣地を奪ってそれで終了、の予定だったけど、変更だ。

 完膚なきまでに勝つ。

 絶対に勝つ。

 一部の隙も見せずに圧倒的な大差で勝ち切る。

 そう心に決めて、私は学園へと向かっていった。


 だから、私はアニスのこの後の呟きを聞くことは出来なかった。

 いら立ち、急いでいた私には。


「ま、二つ目は言ってなかったんですけどね」


     *


 時刻は14時、約束の刻限になった。

 この場は学園国家の所有する私有地、国から数十キロ離れたところにある森林だ。

 そこに、遠くからでもわかるほどに巨大にそびえ立つ塔が、11個並んでいる。

 壮観の一言に尽きる。


「いいかお前ら! 絶対に勝つんだ! 自分たちの序列を上げるため、そして俺がセウル・シュテルに勝つために、全身全霊を持って戦争に立ち向かえ!」


「「「おお!」」」


 湧きあがるクラスメイト、それを静観する。

 他者の序列のためと言いながらも、臆面もなく自分の欲望を曝け出す宣誓は、聞いていて清々しい。

 本気の本気で勝ちに行っていることは明白だ。

 ……ただの力のみで、だけど。


「ユーイ君、元気ぃ?」


 馴れ馴れしく僕の肩に手を置いてくるのはライさんだ。

 沸き立つクラスメイトとは裏腹に、緊張感が一切感じられない。


「まあ元気です。ライさんもお元気そうで」


「まあね。退屈な座学も、無駄な実戦訓練もなくて、ただのんびりとやってればそれで一日が終わるし、楽な日だからね」


 模擬とはいえ戦争が楽な話か。

 首輪をしているスレイブとは思えない発言だ。


「でさあ、どの塔を攻めるつもり? 最悪でも俺と君とで一つは取らないと、クランの奴にばれたら大目玉だよ。ま、半殺しだね。ハハッ」


「笑いごとなんですか?」


「笑いごとさ。俺にとってはどうでもいい。で、どこを攻めるつもり? 色々と聞いておきたいんだよ」


「特に決めてませんね」


「……え?」


「相手の出方次第です」


「驚いたな、出たとこ勝負ってこと? そんな無策で突っ込むような奴には見えなかったけど」


「無策かどうかは、確認してください」


「おお、これはまた驚き。聞く人が聞いたらえらく挑戦的な発言。君って、そう言うことを言うんだね」


 別にそんなつもりはなかったけど。


「んじゃあ、基本的には傍観してるから……楽しませてくれよ」


「楽しいかどうかは保証できませんね」


 そんな会話を交わしていると、今回の戦争の対戦クラスのリーダー……つまりはセウルお嬢様が僕に近づいてきた。

 なにやら不機嫌な様子だ。


「お嬢様、今日はお手柔らかに……」


「覚悟しておきなさい」


 僕の言葉を遮り、お嬢様は満面の笑顔でそう言った。

 ……なんでこんなに不機嫌なんだろう?

 アニスさんへの伝言は、別にそこまでお嬢様の癇に障るものではなかったはずだ。

 それとも、朝の仕事を放棄したことがそんなにダメだったのか?

 一応アニスさんの許可は取っておいたんだけどな。

 と、思考を巡らせていると、隣にいるライさんがお嬢様のことを興味深げに見つめている。


「……なによ」


 それを不快そうに睨み返すお嬢様。

 ライさんは睨みを意に返さず、飄々とお嬢様に語り掛ける。


「やあやあ麗しのセウルお嬢様、今日はまた随分と殺気だっているご様子で。ご自分の奴隷がいるのだから、もう少し爽やかにされてはどうでしょう?」


 明らかに挑発している。

 序列最下位が3位相手に挑発など、自殺行為も甚だしい。


「気安く私の名前を呼ぶんじゃないわよ。あなたみたいな無能、さっさとこの学園をやめなさい。それが嫌なら、私の視界から消え失せて。殺すわよ?」


「おお怖い。まあ実際、あなたに本気で来られたら、俺は絶対に勝てないんですけどね」


 などと言いながら、ライさんはこの場から離れて行った。

 お嬢様の視界には入っている物の、これから戦う関係にあるのだ。

 これくらいなら許容範囲だろう。


「で、ユイ、一応聞いておくけど、この私に勝つつもりなのよね?」


「? はい、もちろんです」


「……! そう、勝つつもりなのね……」


 今さら何を言っているんだろう?

 次は勝つように言ったのはお嬢様だ。

 なら今回この模擬戦争を仕掛けたのだって、僕が勝ちに行くかどうかを見定めるための物のはずだ。

 なら、僕はお嬢様の問いに、勝つと答える以外の選択肢はない。

 なのだけど、お嬢様は顔を引きつらせ、明らかな作り笑顔をしている。


「まあ、精一杯やりなさい。アニスから聞いていると思うけど、負けた方にはペナルティがあるからね」


「ペナルティですか……あまり関係ないですけどね」


 そう言った直後、お嬢様は作り笑顔すら無くし、鬼の形相となった。


「完膚なきまでに叩きのめしてあげるわ!」


 そう言い残し、クラスメイトの元まで歩んでいくお嬢様。

 何か気に障ったのだろうか?

 ペナルティがあろうとなかろうと、僕は気にせず戦うと言ったのが、お嬢様的にはつまらない物だったのかな?

 そんな考えをしながら、模擬戦争の開始時間は刻一刻と迫ってきていた。

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