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第26話 「強者との戦い」

「どうしたイチホシ君? まさかもう降参するなんてことはないよな?」


 骨を折った激痛で涙目になりながらも、ガルドさんは戦いを懇願するかのような顔つきで質問した。

 ありえない、理解できない。この人は馬鹿なんじゃないか?

 そんな考えが頭の中を何度も交錯したが、数秒も経たずに思い直す。


 どうでもいいと。


 目の前の男がどれだけバカな奇行を行おうとも、逆にどれだけ優秀な様を見せつけられようとも、これが戦いであり、勝利と言う目的が変わるわけではない。

 なら僕は、その目的を達成するためだけに行動するだけだ。


「降参はしません」


 痛むお腹を押さえながら、僕は立ち上がる。

 痛いし苦しいけど、立ち上がれる。

 力は入るし、意識もはっきりしている。

 なにより所詮は人の拳による攻撃……お腹を金属バットで殴られるよりは、痛くなかった。


「ふっ……そう来なくっちゃな!」


 ガルドさんは嬉しそうな表情で、左の拳を握り駆けだした。

 だが、さきほどよりも大分遅い。

 動きは完全に目でとらえることが出来、その動きに対応することも可能な速度だ。

 それに常識で考えるなら、この人は右手で攻撃はしない。

 左手、そして両足のみが攻撃の手段、なら僕に有利すぎる状況だ。

 そのことを証明するように、僕は繰り出される攻撃を余裕で避ける。


「む?」


 攻撃を難なく避ける僕を見て、ガルドさんの表情が少し変わった。

 それは痛みに歪む顔でも、戦闘を楽しむ顔でもない。

 疑問、それが表情から伝わってきた。


「遅いですね」


 思ったことを正直に言い、僕は反撃する。

 右拳を突き出し、さきほどやられたのと同じように鳩尾を狙う。

 しかし僕の攻撃は簡単に避けられ、ガルドさんの攻撃が再び僕を襲う。

 止むことのない連撃、殴る蹴るの繰り返しが長い時間続く。

 ……いや、実際にはそれほどの時間は経っていないのだろう。

 真剣勝負という場の空気感が、僕の持つ時間の感覚を濃密にしているに過ぎない。


「くっ……!」


 見えるし反応できる、しかし幾度もの攻撃は徐々に精神をすり減らしていく

 こんな感覚は初めて……いや、二度目か。あの侵入者に感じた以来の、望みもしない感覚だ。時間が経過すればするほど、今戦っていることに辟易とする。

 そんな時間が3分ほど経過すると、突然ガルドさんの攻撃は止む。


「……おかしい」


 さきほど見せた疑問の表情が色濃くなっている。

 そして僕から距離を取り、へし折った自身の指を凝視している。


「折りすぎた……いや、それはない。彼の反応速度から見ても、俺の測った実力に間違いはないはずだ。俺の実力と彼の実力を考慮すれば、3本では足りず、5本では多すぎる。多少の誤差があるのは理解できるが、それにしてもこれほどの差がつくのはおかしい……」


 ぶつぶつと考察を続け、追撃してくる様子が感じられない。

 この人はつくづく、理解できない行動をする。


「戦う気が無いのなら、降参してくれませんか?」


 それで本当にするなど思ってもいないのだが、このままでは相手に主導権を握られたままな感じがするので、僕の方から話しかけてみる。

 するとガルドさんは、心底申し訳なさそうな顔をしたあと……嬉しそうな顔になった。


「いや悪かった、俺の都合で中断しちまって。そうだよな、戦いを中断するなんて、しちゃいけないことだよな」


 などと宣い、ガルドさんから溢れるプレッシャーが、跳ね上がったかのように感じた。

 空気がピリつく。冷汗が額を伝う。

 目の前の敵は傷つき、動きの精彩を欠き、僕に攻撃を当てられないほどの痛みを伴っているはずなのに、なぜだろうか。


 勝てる気がしない。


「そんじゃあ行くぜ!」


 意気揚々と駆けだすガルドさんに、僕は思わず後ずさりする。

 一瞬の気後れ、きっと僕は、たとえこの勝負で勝ったとしても、ガルドさんより弱いと思い続けるだろう。


「はっはー!」


 まるで子供の様に無邪気な行動、ゆえに一切の慈悲は無い。

 気後れ、そしてすでに僕とガルドさんの格付けを済ませてしまっている。圧倒的強者からの攻撃に反応が遅れ、ガルドさんの攻撃をまともに喰らってしまう。


「くっ……!?」


 左拳は僕の額を打ち抜き、頭蓋骨が粉砕するイメージが脳裏に刻み込まれた。

 お嬢様特製の額当てがなければ、イメージが現実となっていたことは間違いない。

 よろめく僕に、容赦のない追撃が襲いかかる。


「ほらほらどうした! そっちから攻撃してみろよ!」


 ボディブローにローキック、顔面を打ち抜く左ストレート、全ての攻撃が死のイメージに直結する。

 実際は右手に攻撃が響くのを考え加減はされているのだろう。だがそれでも、どの攻撃も凄まじい威力を誇っている。

 僕が魔力に目覚めていない普通の状態だったのなら、すでに死んでいるだろう。

 骨は砕け、内臓はつぶれ、意識だけでなく命すら刈り取っているはずだ。

 ああ……傍から見てるだけじゃ分からなかったけど、序列20000位って、強いんだな。


 さきほどの自惚れに満ちた他者への評価に負い目を感じながら、いよいよ僕は意識を失い始めた。

 そろそろ参ったの一言でも言おうとさえ思っていた。


「どうしたイチホシ君! 君の実力はそんな物…………は?」


 絶え間ない攻撃を繰り返していたガルドさんだが、突如としてその動きが止まる。

 握られれていた拳は力なく開かれ、腕をダランと下げている。

 僕を苦しめた両足は地面に引っ付いているかのように止まり、ひざを笑わせている。


「な、なん……だ……力、が……」


 もはや言葉すらもまともに発せなくなったのか、その声は聞き取ることも難しい。

 その様を見て僕は……間にあっちゃったか、と思った。


「ごめんなさい。あなたの負けです」


 何が起きたか分からないガルドさんと、何が起きたかを完全に理解している僕。

 いや、違うか。

 起きたのではなく、起こしたのだ。

 他ならぬこの僕が。


「ガルドさん、一つだけ言っておきます」


 僕はその場にしゃがみ込み、ガルドさんの瞳をまっすぐと見据えて、こう言った。


「これから戦う人と握手なんて、しない方がいいですよ」


 そして、一本の針を見せる。

 僕の……いや、アニスさん特製の毒針だ。

 死にはしないだろうけど、数時間は動けなくなる代物らしい。


「……なぜ、効き目が……遅い」


 その言葉には、僕を非難する感情は込められていなかった。

 単純な疑問として投げかけられた、ただの質問だ。

 特に差支えもないので、僕は正直に答える。


「勝負が中止になったら、意味ないでしょう?」


 これはあくまでも、勝負前の布石として行う行為だ。

 だからこの毒針は、勝負が始まってから効果が出なくては意味がない。

 即効性の毒針はまた別に用意している。


「そう……か」


 すべてを納得した顔を見せるのに、素直にすごいと思った。

 卑怯卑劣と罵られても仕方ないと思ってたんだけどな。


「じゃあ、とど、め……を、させ」


「え?」


 一瞬、理解が出来なかった。

 もう勝負はついている。参ったと一言言えば、何事もなく終わる。

 なのにこの男は、とどめをさせと言った。


「どうしてですか?」


「こ、うさ……ん、したく……ない」


 その目に、確かな意思が感じられた。

 ああ、この人は絶対に、気絶するまで参ったとは言わない。


 ……やるしかないか。


 僕は意を決して、拳を握りしめる。

 やりたくなどない。けどやらなくてはいけない。

 この人が気絶するまで何度も、何度も、何度も、僕は殴り続けなければいけない。

 しょうがないことだ。

 だってそうしなきゃ、僕は負けてしまう。


 僕は、勝たな……きゃ……


 その時、脳裏にある疑問が浮かび上がる。

 そしてその疑問を解決し、振り上げた右腕をそっと下す。


「参りました」


 降参の言葉を、口にした。

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