第20話 「歓迎会と賭け」
「驚きました。生きているだけではなくて、まさか敵を瀕死にさせてしまうなんて。いやまったく、ユイ君は優秀ですねぇ」
僕を褒めている……ように聞こえる。
しかしその目は、エイジン様の部屋をじっと見つめている。
何が言いたいのか、おおよその推測は出来る。
「なあっ! 俺の部屋が!?」
アニスさんに続き、エイジン様、セウルお嬢様がこの場にやってきた。
お嬢様はすぐ下の死体を見つめ、エイジン様は自身の部屋だったなにかを凝視している。
「ユイ貴様、説明しろ!」
「爆発しました」
「誰がやった?」
エイジン様は、僕の仕業だと確信している様子だ。
「それは……」
「ここのボロぞうきんに決まっているじゃないですか。ユイ君にそんな力があると思ってるんですか?」
いけしゃあしゃあと、アニスさんは嘘を述べた。
それもそのはず、実行犯は僕だけど、用意したのはアニスさんだ。
必然的にもアニスさんの怒られ案件、この人は自分のために平気で嘘をつく。
「こいつに、そんな力があったか?」
「あったみたいですね」
「そうだったか」
……なにか、今のやり取りに違和感を感じた。
エイジン様の言葉は、まるでこの侵入者の力量のある程度が分かっている、そんな風にも取れる。
僕の考えすぎかもしれないけど。
「くそっ、忌々しい! 掃除しとけ!」
エイジン様は死体を蹴り飛ばし、別の部屋へと足を運んだ
「ユイ君、今日はもうお疲れでしょう。掃除は私がしとくので、ゆっくりと休んできていいですよ」
「いや、掃除は僕の仕事で……」
言いかけている途中で、突然クラッとした。
眩暈のような、そんな感じだ。
「罠をうまく活用したとはいえ、命がけの戦いをした後です。ユイ君の思っている以上に、疲労は溜まっているのですよ」
そういうものか、と僕は思い、言われる通り自室へと戻っていく。
そんな僕を見て、セウルお嬢様は何か言いたげだった。
「お嬢様、どうしました?」
「あ、いや……どんなふうに倒したのかなぁって思って。けど、ユイは疲れているのよね。あとでいいわ」
その時のお嬢様の、好奇心が溢れて、おもちゃを目の前にしたような子供の目は、明らかに死体を前にして言うセリフではない。
けど僕は、そんなことはどうでもよかった。
お嬢様の反応も、エイジン様やアニスさんの言葉も、頭では理解していても、どうでもいいと思う。
それ以上に、初めて触れた人の死が衝撃的すぎた。
この場に漂う血の臭いでさえ、正直疎ましい。
「それじゃあみなさん、お言葉に甘えて僕は休みます。30分ぐらいしたら起きますから」
「いやもっと寝てなさいよ!」
そんなお嬢様のツッコミを受け、僕は自室へと戻って行った。
*
目覚めると、体の疲労感がほとんどなくなっていた。
だるさなどはなくなり、今までになく体の調子が良い。
ただ……なぜかお腹が少し痛い。
「おはようございますユイ君」
すぐそばにアニスさんが立っていた。
とても綺麗な姿勢で、普段のふざけた言動をする人とは到底思えない。
「よくお眠りになったようで」
そんなに寝たのかな、と思って傍に置いてあった腕時計を見てみると、時刻はすでに昼過ぎ、8時間近くも寝てしまっていたようだ。
「僕、こんなに寝てたんですか。すいません、仕事もしないで」
「セウルお嬢様にユイ君にちゃんと休息をとらせるように指示されていたので、目覚めるごとに腹パンして寝させてました」
「……それは寝るじゃなくて気絶です」
「休むことに変わりないですから」
「ダメージ負わせたら本末転倒じゃないですかね?」
「あちゃー」
と、ふざけた言葉でこの話はなかったことにする。
色々と突っ込んでも、めんどくさいだけだろうし。
「それじゃあユイ君、起きてさっそくで悪いのですが、食卓まで来ていただけますか?」
「はい」
十分に休んだ僕は特に断る理由もなく、また断る権利などないと思い、アニスさんの言葉に頷く。
お腹に痛みがあると言ってもそこまでではない。
普通に歩き回っても問題ない。
「ああそうだユイ君、お酒は飲めますか?」
「お酒……ですか?」
突然の質問に首をかしげるも、僕はすぐに答える。
「まあ、人並みには」
年齢を偽って働いていた時、僕はアルコールも多少ながら経験している。
もちろん泥酔しないように細心の注意を払っていた。
その時の経験から、普通程度にはお酒の耐性があることは分かっている。
「それはよかったです」
何が良かったのかは分からないけど、僕はとりあえずアニスさんの後ろについて行って食卓まで足を運ぶ。
到着すると、テーブルの上にはとても豪華そうな料理と、何本もの飲み物が用意されていた。
多分あれ、お酒だ。
「ユイ、お疲れ様。さ、今日はたっぷりいっちゃっていいわよ」
満面の笑顔を浮かべるお嬢様が、栓を開けた瓶を僕に差し出してきた。
グラスも何も渡さずに。
これをラッパ飲みしろとでもいうのか。
「いただきます」
とりあえず瓶は受け取り、僕はアニスさんの方に向き直る。
「あの……これは一体何なんですか?」
「ユイ君が正式に雇用されたことのお祝いですよ」
「ふん、本当はいやだが、俺は約束は守る。一定の力を示したお前を、この屋敷に置いておくことを認めてやろう」
不服気に、しかし堂々とした態度で言うエイジン様。
ああ、いつの間にか合格してたんだ。
「てことで、その酒を飲め。これが俺からの最初の命令だ」
「ちょっとパパ、そんな言い方しちゃだめよ。ユイ、今日はあなたの歓迎会だから、好きな物を好きなだけ飲み食いしていいのよ。けど、お酒も飲んでくれるとうれしいな」
なんだろう、なんでこんなに僕にお酒を飲ませたがるんだろう?
「それじゃあ、いただきます」
ぼくはとりあえず、渡されたお酒をゴクゴクと喉を鳴らして流し込む。
僕が飲んだことのあるお酒よりとても良い香りがして、口当たりもとても良い。
度数が高そうに感じるが飲みやすく、いっぱいに入ってる瓶の中のお酒が、見る見るうちに減って行く。
「……おいしいですね」
今まで飲んだどんな飲み物よりもおいしくて、癖になりそうだ。
「そうでしょそうでしょ、この家のお酒はどれも高級品で、一本で最低でも金貨一枚の価値はあるのよ」
「金貨一枚って……」
金貨の価値がよくわからないけど、高いということだけは分かった。
「こんな高いの、何も考えずに飲んでいたわけですか僕は」
「そんなことをいちいち気にしてはいけませんよ。ささ、もう一本どうぞ」
「ありがとうございます」
僕はもう一つ瓶を受け取って、今度はそれをグラスに流し込む。
何度も一気のみなんてしていたら死んでしまう。
「さて、私も飲もうかしら。アニス、グラスを取って頂戴」
「お子様はジュースでも飲んでいなさい」
「……ユイ、その空き瓶を私に頂戴。あ、叩き割ってくれたらうれしいわ」
「グラスぐらい僕が運ぶので、落ち着いてください」
とまあ、僕は適度にお酒を飲んで、料理をを食べて、お嬢様たちの給仕をしてと、ある意味いつもの食事以上に動いていた。
*
ユイの歓迎会を始めてから3時間が経った頃、ようやくユイの顔が真っ赤になって、目が虚ろになってきている。
ようやく酔いが回ったらしい。
「そろそろかしらね」
ユイの完全なる泥酔を確認してから、私はユイに話しかける。
「ねえユイ、ちょっと聞いていい?」
「はい? なんれすか?」
呂律が待っていないが、何を言っているかは普通に聞き取れる。
しかしユイ自身は意識が曖昧としているだろう。
ちょうどいい感じだ。
今のユイなら、きっと何でも正直に答えてくれるだろう。
「ユイのいた世界って、どんなところだったの?」
興味半分、真剣半分といったところだ。
ユイの世界に興味があることは本当だ。
しかしこれは、ギャンブルだ。
ユイの世界、ひいてはユイ個人の性癖から何まで、どんなものなのかを当てるという賭けを私たち3人でしている。
パパが勝つならどうでもいい。
けどアニスが勝ったなら……最悪の事態になる!
普段調子に乗っているアニスに一矢報いるか、オモチャにされるかどうかの真剣勝負。
負けるわけにはいかない!
*
目覚めると、まず最初に困惑した。
汚く散らかされたテーブル、散乱した酒や食事が妙な臭いを作りだす。
その傍らには疲れ切った表情を浮かべているセウルお嬢様とエイジン様、そしてどこか満足げな顔をしているアニスさんがいた。
一体何があったんだろう? そう思って聞こうとしたけど、その前にアニスさんが僕に言った。
「ユイ君、今日明日は休暇をいただけるそうですから、ゆっくりしてていいですよ」
その言葉には、この状況について何も聞くな、そう言われているような謎の気迫があった。
まあ、困惑はしても興味は無いので、それ以上聞くことはせずに、僕はテーブルの上を片付けて、自室へと戻った。




