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第1話 「セウルお嬢様」

 目の前に映る光景、耳に響く声は、僕から死の実感を完全に奪い去っている。


「おお! 人間が召喚されるとは!」


 湧きあがる歓声の声は、僕を困惑させる。困惑しているが、その歓声の中心が僕だということは分かる。一体何が起きたのかと体を起き上がらせようとするが、僕を拘束する鎖がそれを阻む。

 手に、足に、首に、地面から生えた鎖が僕の動きを完全に止めている。


「見たところ若い青年のようですね。しかも顔もそこそこと来た。これは労働奴隷、性奴隷、なんでも使用用途が高そうだぞ!」


 ……使用用途か。

 なぜこんな事になっているかは分からない。けど、何が起こっているかは分かった。

 僕は奴隷として、競売にかけられている。


「それでは金貨5枚からスタート!」


「金貨10枚!」


「20枚!」


「25枚!」


 どんどんとつり上がっていく金額。普通の人間ならば、奴隷という立場にわけもわからず身を落としたことに困惑し、恐怖しているだろう。

 だけど僕は、不思議と恐怖は無かった。一度死を味わったからか、諦観が心の9割を占めている。

 そんな僕が今感じていることは……。


(僕にそんな価値、ないのに)


 つけられている値段に納得がいかない、というものだった。

 奴隷の相場なんか知らない。金貨一枚がどれくらいかも知らない。

 けど、熱狂ぶりからどれほどの値がつけられているのか、大体は予想できる。


「42枚!」


「43枚!」


 ついに一枚ずつの金貨が追加されているころ、僕はすべてを受け入れていた。

 誰が僕を買うんだろうか? どんな酷いことをされるんだろうか?

 ……今までのいじめより、マシな物なんだろうか?

 そんなことを考えながら、飼い主が決まるまでの間をジッと待つ。


「45枚!」


 この段階で、もう声をあげる者はいなくなった。

 見ると、顔がしわだらけのおばあさんが、愉快そうに僕のことを見つめている。

 あの人が僕を買ったのか……。


 そう思っていたら、突然ドアが開く音が響いた。

 会場の全員が音のした方に視線を向け、ドアを開いた人物、僕と同い年くらいの一人の少女を凝視する。

 一体何が起こったんだろうなぁと、自分には関係のないことと思いながら僕が置かれている舞台のすぐそばまで少女は歩いて近づく。


 その少女は、僕が今まで見てきた女性の中で、一番美しかったと思う。

 煌めく金色の長い髪、青く透き通った瞳、端正な顔立ち、身に纏う煌びやかな衣服。

 そのどれもが、僕には輝いて見えた。

 やがて距離が1メートルにも満たなくなったころ、少女はようやく口を開いた。


「金貨100枚」


 ただ一言、そう宣言した。

 ほとんどの人間は呆気にとられ、さきほど愉快そうにしていたおばあさんは憎らしい物を見るように少女を睨みつける。

 そんな睨みも無視し、少女は競り落とした僕という奴隷に笑いかける。


「あなた、名前は?」


 それは、慈愛に包まれた微笑みに見えた。こんな笑顔、僕は見た事が無い。

 バイト先で見る社交辞令の顔とは違う。当然、僕をいじめてたクラスメイトのあざ笑う顔とも違う。

 なんの損得も絡まない正真正銘の、無償の笑顔に見えた。

 その事実に、僕は呆気にとられていた。


「……聞こえないの?」


 一言も発さない僕を見て、彼女は不思議そうに見つめるも、笑顔は崩さない。

 僕は慌てて質問を思い出し、名前を告げる。


「ユイ、です……。一星、唯……が、僕の名前です」


「ユイ……イチホシがファミリーネームかしら?」


「はいそうです」


「ふーん、ファミリーネームが上についてるんだ。魔石の一族みたいね。ま、異世界人なわけだし関係ないけど。私の名前はセウルよ」


「あ、あの……」


 さきほどまでこの場を取り仕切っていた男が、恐る恐る僕を買った少女、セウルに話しかける。

 まるで怪物にでも接するかのように、腕を振るわせながら。


「なにかしら?」


「いえ……そろそろ次の競売に行きたいなぁ……なんて」


「次? 召喚奴隷が最後じゃないの?」


「はい。召喚はそもそも人間が出るか分かりませんので、運が良ければ競売……という感じだったんです。メインは他の奴隷でして……」


「どんなの?」


「元傭兵の男性です。かつて戦場で猛威を振るった猛者でして……」


「じゃいらない、帰るわ。ユイの代金はこれで足りるかしら?」


 そう言って、セウルと名乗った少女は懐からいくつかの金塊を取り出した。

 それが途方もないほど高価なものだということは、男の言動で容易に推測できた。


「も、もちろんでございます! そもそもシュテル家のご令嬢からお金をいただくなどとんでもない! しかもこんな大金……」


「別にいいわよ。一番細かいのはそれしかないから」


「で、ですが……」


「いいって言ってるでしょ。それとも、シュテル家の言葉に逆らおうっていうの? なら、パパとママとメイドを連れてここをぶっ壊しに……」


「滅相もございません! ありがたく頂戴いたします!」


「それでいいのよ。あ、この首輪は取っといてくれる?」


「あ、いえ……それはしない方がよろしいかと」


「なんで? 私から逃げれないってことは知ってるでしょ?」


「そうではなくてですね、この首輪には拘束だけでなく、言語認識の魔術もかけられているのです。異世界の人間ですので、この首輪を取ってしまわれたらおそらくこの奴隷の言葉も分かりませんし、セウル様のお言葉もこの奴隷には通じないかと」


「そういやそうだったわね。ていうかそうよ、私は召喚の魔法陣を見に来たんじゃない。ねえあなた、この魔法陣、もう一回使って」


「え!? いや、それは……」


 何事もなくお願いしているが、その願いが容易に叶えられない物とこの男性を見れば推測することはたやすい。男はしどろもどろになりながらも、何とか口を動かす。


「も、申し訳ございません。この魔法陣、一度使うと魔力の再充填に……その、1年ほどかかるんです」


「充填くらい私がしてあげるわよ。さらっと魔力を与えればいいだけでしょ?」


「いやそれは……! 実はこの魔法陣、狭間の魔力を少しずつ吸収する仕組みでして、無理に魔力を込めると破損する恐れが……」


「平気よ。こう見えて私、器用なんだから」


「待ってください! もしも壊れたら私の責任問題に……! いや、やめてぇええええ!」


 制止も聞かず、僕の真下に描かれている奇妙な紋様に手をかざすセウル。

 そこには手しかなく、機械の類は一切存在しない。なのにセウルの手は光輝き、その輝きに呼応して紋様も光を放つ。

 何が起こるのだろうと、僕は少しの期待と不安を胸に眺めているが……その輝きはすぐに失われてしまった。


「あ、あの……?」


 尋ねる男性に対し、セウルは下をペロッと出して、無邪気な顔でこう言った。


「失敗しちゃった。てへっ」


「なっ……!」


 セウルの愛くるしい表情とは裏腹に、この紋様の持ち主である男性は驚きのあまり、口をパクパクと動かしている。


「ろ、6千枚の金貨が…………」


 うなされ声で、この紋様が相当な値段で取引されるものと僕は知る。僕を奴隷として身勝手に競売にかけた事実を認識はしつつも、多大な損害を被ったこの人に僕は同情してしまった。

 対して悪びれもせずに、あーあ、と不満げな声をセウルは漏らし、直後にブツブツと独り言を始める。


「細心の注意を払ったのに壊れるって何よ。というか、異世界召喚だけじゃなくて言語認識に絶対服従、それに相当なレベルの回復魔法と、さらに細かい魔術が数多く組み込まれて……この魔法陣一つに集約させるって、ほぼ化け物じゃない。こんなもの、私が相当に研鑽を重ねてようやく完成させられるかどうかってぐらいの代物だっていうのに……」


 その顔には、悔しさが見て取れた。自分よりもはるか高位の存在を認めたくなくとも、事実として目の前に存在するということに、少女は悔しがっている。

 それから数分間ブツブツと独り言を繰り返し、思い出したかのように僕に振り向く。


「ユイ、これから私があなたのご主人様よ。私の事は、セウルお嬢様って呼びなさいね」


 笑顔で、しかして高圧的な態度。だが不思議と嫌な気分はせず、目の前の少女に対して僕は、鎖で拘束されながらも頭だけは下げて、少女の名を呼ぶ。


「分かりました、セウルお嬢様」     


 この日、僕はセウルお嬢様の奴隷となった。

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