第18話 「科学的トラップ」
僕は通路内を駆け回った。
敵に居場所を悟られないように、なるべく音をたてないように、しかしそれなりの速度で屋敷内を駆け回る。
けど行く先々で、侵入者は現れる。
そして10分もしないうちに、僕は死を予感した。
「ハァッ……ハァッ……ヤバイ」
侵入者は僕より圧倒的に強く、方法は分からないけど、居場所を感知できる力を持っている。
アニスさんたちが帰ってくるまであと20分、逃げ切るには絶望的な数字だった。
つまりは……ここで決断しなくてはいけない。
戦うという決断を。
逃げ続けてもジリ貧、いつか隠し通路に侵入され、僕はなすすべなく倒されるだろう。
なら、侵入者が隠し通路への入り方を知らないというアドバンテージが活かせる今、この決断をしなければいけない。
そう決断してからの行動は、自分でも驚くほどに早かった。
「はじめまして侵入者さん。僕の名前は一星唯、よろしくおねがいします」
「なっ……!?」
僕は侵入者の背後から、出来る限り丁寧にあいさつをした。
侵入者の驚きに満ちた顔を見て、可能性を感じる。
「……貴様、なんのつもりだ?」
疑惑の目を僕に向ける侵入者、思った通りの行動だ。
さっきまで無様に逃げ回っていた男が、急に姿を現したという事実、警戒しない方がおかしい。
「屋敷の召使として、お客様に挨拶をするのは当然でしょう?」
そう嘯く僕に、殺意に満ちた目を侵入者は向ける。
「エイジンでもセウルでも、アニス……でもないな? 貴様は誰だ?」
「さっきも名乗ったはずです。一星唯です」
「ユイ……か。悪いが、死んでもらうぞ!」
突然の行動だった。
侵入者の手のひらは光を放ち、高速で僕との距離を詰めようとする。
だけど、予想通りだ。
「さようなら」
「なにっ!?」
僕は開けたままにしていた隠し通路へと逃げ込み、再び侵入者の前から姿を消す。
通路への道の正しい開け方はまだ分かっていないはずだ。
「どこに隠れようと、貴様を殺すのに5分とかからん!」
侵入者の叫び声が、この通路の中にも響き渡る。
いら立ちも含まれたその怒号を、僕は不思議と、落ち着きながら聞き流していた。
「さて、火の魔札っと」
アニスさんから持たされた道具の一つ、魔札の準備をする。
一定量の火を吹き出すという物らしいが、人一人殺すには十分な火力らしい。
これでやられてくれれば万々歳なんだけど……
「そううまくはいかないか」
魔札を屋敷内へと設置するが、それに引っかかる間抜けが、この屋敷まで侵入できる道理はないだろう。
だからこれは、誘導だ。
「なんだこれは! ふざけているのか!?」
再び鳴り響く叫び。
僕が魔札を設置した場所は、廊下のど真ん中だ。
罠ですと公言しているような、そんな配置。
100人見て100人が、おちょくっていると判断する代物だ。
「……スルーか」
侵入者の足音を聞き、このすべてに分かるようなトラップをスルーしたことを理解する。
回避したのなら次は別の場所でまた同じ魔札の設置だ。
僕はせっせと動きながら、屋敷内にそれはもう大量に、札を置いて回った。
「ふぅ、さすがに疲れるな」
比較的に安全とはいえ、もう3分間、全力で移動している。
疲れも相当に溜まってきている。
……まあこれは、走っただけじゃなくて日々の生活により蓄積された物でもあるけど。
だけど、これをやらなければ僕はそもそも死んでしまう。
足が棒になろうとも、僕は走らなければいけない。
「それに、そろそろ着く頃だ」
侵入者は見え見えのトラップを回避し、着実に僕へと近づいてくる。
時折壁を殴る音が聞こえ、通路への侵入を試みていることも分かる。
僕の命も時間の問題、といったところか。
「さあでてこいイチホシユイ! 今出てきてこの屋敷の人間の情報を吐けば、一瞬で殺してやる! だがもしも抵抗するのなら、貴様にこの世の地獄を見せてやる!」
勝利を確信している侵入者は、弱者たる僕に最後の慈悲と言わんばかりに叫んだ。
抵抗すれば、僕を拷問して情報でも聞きだすつもりか。
けど残念、僕は一切の情報を持っていない。
あるとすれば、お嬢様の胸のサイズがAってことぐらいだ。
「……それがお前の答えか」
なにも答えず沈黙を貫いた僕が、屈しないと侵入者は判断した。
そして今まで以上に激しい攻撃を壁に加えた。
「はあああああああっ!」
とてつもない殴打音、そして爆裂音、物理に魔法にとあらゆる攻撃をしていることが見なくても理解できる。
あとちょっとでエイジン様の部屋に誘導することが出来たんだけど……仕方ないなぁ。
「そこまでにしてください。屋敷を壊されたら、あとで僕が怒られるんで」
侵入者の前に出て、僕は懇願の態度を取った。
「ふん、やっと出てきたか。心配しなくても、貴様が怒られることはない。貴様は死に、貴様の主人も死ぬからな」
手のひらを向けられ、勝利を確信した男の顔が僕の視界に映り込む。
圧倒的実力差、ここから僕が勝利をもぎ取るにはどうすればいいのか。
3つほど、作戦は存在する。
しかしそれを実行するには、ここでは無理だ。
「あなたに良い物を見せてあげます」
「……情報か?」
侵入者は僕の話を聞いてくれるようだ。
僕の言葉を、命乞いの類と認識している様子だ
弱者たる僕の生きる道、アニスさんに教わったことを駆使し、頭をフルに回転させる。
「僕の後ろにあるこの扉、どんな部屋だと思いますか?」
「……なんだ?」
「この屋敷の人間……エイジン様のお部屋です。あなたの目的達成の役に立つ情報があるかもしれませんね」
「主人を……売るつもりか?」
軽蔑ともとれる目が、僕に向けられた。
さきほどは情報を提供すれば楽に殺すと宣った男だが、プライドを持たないクズは嫌いらしい。
「そう判断するのはあなた次第です……だけど、どちらにせよ僕はこの部屋に入ります。ターゲットがこの屋敷の人間すべてなら、どうぞ入ってきてください」
見え見えの挑発を繰り出し、僕は部屋の中へと入って行った。
さきほどの言葉に嘘はない。この部屋はエイジン様の部屋、情報もあるかもしれない。
ただ、全ての事実を述べていないだけ。
「背中を攻撃されるかと思ったけど、そんなことは無いか」
一応警戒していたが、不意打ちの類は仕掛けてこなかった。
僕は扉から離れ、部屋の隅へと移動する。
すると数秒後、部屋の扉が開いた。
「その愚かしいトラップ、引っかかってやる。有難く思え」
予想通り、侵入者は最低限の警戒をするだけで、部屋に入ってきた。
アニスさんに習った無数の言葉の一つを思い出す。
『露骨なほどに無能を曝け出しなさい。そうすれば、誰もあなたを疑わない』
今の状況がまさにその通りだ。
分かりやすいトラップ、安い挑発、どれもが有能な人間とは程遠い行い。
侵入者は僕にまともな考えがあると思わず、正面からやってきてくれた。
「ふん、中々に広い部屋だな。さすがは世界一の傭兵、稼ぎも相当といったところか」
忌々しそうにつぶやく侵入者、その目にはもはや僕は映っていない。
そして、この部屋に存在する脅威も、理解していないのだろう。
「おい貴様、有益な情報を提供すれば生かしておいてやる。手伝え」
傲慢極まる言葉、僕はそれに従う動きを見せた。
別にこの場所でもあれを作動できるが、近い方がより確実になる。
より確実性を求め、僕は行動に出る。
「侵入者さん、あなたはどうしてお嬢様たちを殺しに来たんですか?」
「死にたくなければ黙っていろ」
取り付く島もないとはまさにこのことだろう。
そっけない態度で、部屋内をまさぐり続ける。
「あなたのさっきの態度、本当にエイジン様たちが嫌いに見えましたけど、何か接点でもあるんですか?」
そう言うと、僕の目の前を何かが通り抜けた。
「黙れと言ったはずだ」
侵入者の目にも止まらぬ攻撃が、僕を脅かす。
これ以上しゃべれば殺すと、言われずとも分かった。
……しょうがない、もう少し部屋の中心に移動させたかったけど、ここで勝負を決めよう。
僕はこの部屋の隅の、エイジン様の机の引き出しを開ける。
何かを探す素振りは見せる、しかし探す物はエイジン様の情報などではない。
それは、アニスさんが勝手に作成し設置した、対侵入者用の特別製の罠だった。
「なっ……!?」
侵入者の驚く声、異変は突如として起きた。
天井は穴をあけ、真っ白な大量の粉をまき散らした。
「なにが……ゴホッ!」
粉を吸い込んだのだろう。しかし、この粉事態には人体に害はない。
これの目的は、ただ一つ。
「さようなら」
僕はこの部屋にある隠し通路の一つへと逃げ込んだ。
火の魔札を残し。
「くっ……小僧が、調子に乗りやがって……!」
恨めしそうに、そしてまんまと罠にかかったことに対する苛立ちを感じさせながら、侵入者は部屋を出ようとする。
しかしその前に、事は起こる。
部屋内で、爆発音が響き渡った。
空気中に舞い散る可燃性の粉塵に引火して爆発を起こす現象、粉塵爆発。
アニスさんの作成した特別製の粉は、この屋敷は壊さず、しかし人間を壊すには十分たる威力を誇る……らしい。
罠の一つとして紹介されたこれを、惜しみなく利用させてもらった。
エイジン様の部屋の損害などは考えずに。




