第17話 「侵入者」
「じゃあユイ君、朝食の準備、お願いします」
それだけだった。
今日が期日であるはずなのに、いつも通りの業務を僕は通達された。
何か試験的な物があると思ったのだけど……いや、もしかしたら今日の仕事ぶりが、試験につながるのかもしれない。
僕はもう、試されているということなんだ。
「ああそうだ、今日は旦那様やセウル様はもちろん、私も用事があるのでこの家から離れます。明日の朝5時に戻りますから、朝食を作り終えたら、あとは寛いでいていいですよ」
え~……。
毎日の激務から一時とはいえ解放される、それは一般人からすれば大変喜ばしいことなのかもしれない。
しかし、こと今日に限っては、そんなことではいけないはずだ。
「あの、アニスさん」
「なんですか?」
「一応聞いておきますけど……今日が期限ですよね?」
「あら、卵はもう腐りかけでしたか?」
「卵はもう腐ってて、明日まとめて捨てる予定です。そのことじゃなくて、僕がこの屋敷に居られるかどうか、その期限です」
「ああ、そのことですか、確かに今日が期限ですよ」
「なら、誰が僕のことを見るんですか?」
「そこに関しては心配しないでください。ちゃんと試験は行いますので」
「つまり、今日までが力をつける期間で、本番は明日行うってことですか?」
「……まあそうですね。元々そういう予定だったので、本当に心配しないでいいですよ?」
「そこまで言うなら……じゃあ、明日のために準備はしておきます」
何か腑に落ちない部分はあるけど、アニスさんが心配いらないというのなら、それを信じるしかない。
「朝食の準備をしてきます」
そうして僕は朝食を作り終え、出かける三人を見送った。
*
これは、アニスとセウル、エイジン3人の会話。
屋敷から出た直後、ユイについての会議が行われていた。
しかしそれは、屋敷に残らせるかどうか、の話ではない。
「どうだ? あいつは明日、生き残れそうか?」
「さあ……やれるだけのことはやったつもりです」
「というか、明日襲撃者が来るって話、本当なの?」
「もちろんです。確かな筋からの話ですので、腕利きの暗殺者が屋敷に訪れるのは2か月前から決まっています。それについての変更もないので、確実です」
「そ、ならいいけど。うちに来る暗殺者ってことは、相当に強いのよね?」
「そりゃあ、生半可な実力者ではないでしょう。おそらく、ユイ君は足元ぐらいの実力じゃないですかね?」
「じゃあダメじゃん!」
「勝てないことは最初から分かっています。ですので、ノルマは5時まで生き残ることです。5時になれば私が間に入って撃退しますので、勝つのではなく負けないことが重要なのです」
それを聞き、セウルは腕を組んで考え込む。
「勝率は……五分五分ってとこかしら?」
「相手を甘く見過ぎですね。万に一つの勝ち目があればいい方です」
「やっぱダメじゃん!」
「まあでも、それは単純な実力だけを考えたらの話ですけどね」
「……どういうこと?」
「企業秘密です」
「むかっ」
いら立つセウルだが、アニスがユイに教えたことを、誰かに他言することは確実にない。
それは正々堂々を基本とするセウルからはかけ離れた行為。
勝つため、殺すために卑怯を詰め込んだことを明かしはしない。
無論、セウルは人の戦い方にまでどうこう言う人間ではない。
生き死にをかけた真剣勝負において、勝ちにこだわる姿勢を才能なき凡夫が持つことは、立派であると思っている。
しかしアニスは、決して卑怯をセウルには教えない。
なぜなら、教える必要が無いから。
日々研鑽を続け、邁進し続けるセウルにとって、凡人の浅はかな謀略など、邪魔以外の何物でもない。
「とにかく、ユイ君が生き残っている可能性は極小ですがあります。その時のための賭けもやっておきましょう」
アニスが切り出した会話で、ユイについて真剣に語り合っていた雰囲気は消え、談笑とも言える楽し気な会話へとなり下がるのであった。
*
「……本当に帰ってこなかった」
時刻は夜……いや朝の4時30分、もしものことを考え、僕はいつも通りの業務をいつも以上に気合を入れて取り組んでいた。
部屋の掃除はほこり一つ残すことなく真剣に取り組み、誰に食べさせるわけでもないのに食事にも力を入れた。
魔法の訓練も木刀の素振りも屋敷の罠のチェックも、そのことごとくを全身全霊で取り組んだのだ。
どこかでセウルお嬢様たちが見ているのではないかと、そう思っていたから。
けど結局、何事もないままいつも通りの日常が過ぎてしまった。
「寝よう」
アニスさんの言った通り、試験は明日行う予定だったんだ。
余計な体力を使ってしまったと思いながら、部屋に戻ってベッドに横たわろうとした。
いつも通りの就寝時間だ。
もはや慣れてしまった30分睡眠をとろうとしたが……その時に異変が起こる。
『ドゴオオオオォォォン!』
爆発音が、鳴り響く。
それはおそらく、屋敷の罠が作動した音。
罠の中でもひときわ強力な、魔力爆弾が作動した音だ。
僕がここに暮らし始めてから、初めてのことだった。
「罠って、本当に必要だったんだな」
あれほどの殺戮兵器が必要か疑問に思うことは多々あったけど、こんな時間に忍び込む輩がいるってことは、本当に必要なことだったんだな。
などと、僕は暢気に構えていた。
だって、あんな罠を掻い潜れる人間なんていないと思ったから。
作った人間や屋敷について熟知している人間、セウルお嬢様やアニスさんなら容易に掻い潜れるだろうけど、普通は無理だと判断する。
ゆえに、僕は二度目の爆発音が鳴り響くことに、普通に驚いた。
『ドゴオオオオォォォン!』
ありえるはずもなかった。
死んだ人間は罠にかからない。
つまり、あの罠を掻い潜り、屋敷に侵入できそうな人間がいるということだ。
「すごいタイミングだ」
犯人は夢にも思うまい。
この屋敷には、まだ正式に雇ってもらっているわけでもない召使いしかいないということを。
命からがら屋敷にたどり着いても、徒労でしかないということを。
そのことを考えると、同情を禁じ得ない。
「さてと、僕はどうするべきかな」
あの罠を掻い潜れる手練れだ。僕が戦っても勝てる道理はない。
とすれば……放置だな。
敵の目的はこの家の主たち、僕はそもそも標的ではない。
隠れていれば、そのうちこの屋敷にセウルお嬢様たちがいないことに気付き、勝手に帰っていくだろう。
仮に帰らなくても、5時にはアニスさんは帰ってくると言っていた。
ならその時に、死ぬだろう。
結局のところ、僕が何かする必要性はない。
……はずだった。
罠が作動しているかどうか確認するために、僕は耳を澄ます。
すると、屋敷の扉を開く音が聞こえた。
もはや隠す意味がないと判断しているのか、実に堂々と、力強く扉を閉めた。
「本当にあれを突破したんだ。すごいな」
心の底からの敬意があった。
無謀とも思える侵入を果たした犯人に対し、称賛の言葉が溢れ出る。
しかしそれは、自分は安全な場所にいるという思い込みから来るものだった。
犯人の足音が聞こえてくる。
カツン、カツンと、ゆっくりと、確かな足取りで歩みを進めていることが分かる。
そしてその足音は……あろうことか僕のいる場所へと向かってくる。
気のせいかもと思ったけど、確実に僕に近づいてくる足音。
僕は少し慌てて、けどすぐに冷静に戻り、近くにある隠し通路へと逃げ込んだ。
傍目からは認識できないはずの安全地帯、ここに隠れていれば安心だと高をくくっていた。
しかし、直後に僕の心臓は跳ね上がる。
『コンコン』
壁をノックする音が聞こえた。
そこは、僕が逃げ込んだ隠し通路がある壁だった。
開け方がある分、すぐにこの場所に突入することはない。
しかし僕は確信した。
壁の向こうにいる人間は、僕の位置を完璧に把握している。




