第13話 「優しい主人」
魔力の存在を感知してすぐ、次のステップに移行した。
「次は魔力放出の感覚を掴んでもらうわ。ユイ、体内に感じた冷たい箇所に、意識を集中して」
「はい」
僕は魔力を一番感じた場所、心臓に意識を集中する。
「集中したら、そこに感じる物を分散させて、体全体に行き渡らせるイメージを持つのよ。ゆっくりと、リラックスして……」
僕は深呼吸を繰り返し、言われた通りこのことを試みる。
体内の魔力を、徐々に体全体に広げていくイメージ。
ゆっくりと、ゆっくりとだが体全体に冷気が行き渡っているのを感じる。
体温が下がっていき、しかし体に力がみなぎるような、そんな感覚が。
「うん、しっかり魔力を操作出来ているようね。なら今度はそれを、手のひらに集中して」
「……はい」
身体全体の魔力を、手にひらに集中する。
きっと今の僕の手は、真冬に晒している手よりも冷たいことだろう。
「それを体の外に出すのよ。出し過ぎると体に悪いから、少しずつね」
「魔力を出す……少しずつ……」
集中された魔力を体外に出す。
手のひらに集中させたように、移動先をさらに外へと意識を向ける。
少しずつ移動させるように、注意を払って……
「出ないわね」
僕の手を見ながら、お嬢様は不満げにつぶやいた。
それもそのはず、どれだけ意識を集中させようとしても、魔力を体外に放出することが出来ない。
魔力は手に宿り続けたまま、その状態を維持し続ける。
「ユイ、イメージするのよ。体内が密閉された空間なんじゃなく、穴が開いているようにイメージするの。そこから魔力が流れ出る様子を想像して」
穴……それは、大怪我しているようなイメージだ。
手のひらに穴が開くなど、想像を絶する痛みを伴う。
そんな異常事態、普通ならば想像しようがない。
けど僕は……その痛みを知っている。
大穴が開いたというほどではない、しかし刃物が手を貫通した時の痛みを。
僕は知っている。
「っ……!」
お嬢様に言われた通り手のひらに穴を、痛みとともにイメージする。
いや、それはイメージとは呼べないかもしれない。
ただ記憶を蘇らせるという行為だ。
思い出した手のひらの穴から、集中させた魔力を放出する。
……少し、体の力が抜けていくのが分かる。
「その調子よユイ、いい感じに魔力が放出されているわ」
お嬢様の称賛が、うまく行っていることを自覚させる。
このままの状態を維持し続け、どんどんと魔力を放出させる。
「そうそう、感覚を掴んできたみたいね。なら今度はその魔力を、このサイコロの周りに集中しなさい」
お嬢様の指示のまま、僕は手のひらから放出された魔力をコントロールしようとする。
……けど、それは中々うまくいかない。
「っ……!」
必死に魔力の動きを制御しようとすると、突然、頭痛がした。
痛みと呼ぶには一瞬の出来事だったが、頭に小さな針が刺さったような感覚だ。
思わず頭を抱えると、お嬢様は心配そうな顔を見せた。
「だ、大丈夫ユイ?」
「はい。ちょっとクラっとしただけで、なにも問題ありません。このまま続けます」
「そ、そう。無理なら無理って言ってね。休憩にするから」
甘い、それが正直な感想だった。
手加減していたとはいえ遠慮なく僕のことを攻撃し続けるアニスさんと違い、ほんの少しの異変ですら大事に思うお嬢様の思考は、人としては美徳だが、指導者としては欠点だ。
しかし、魔力のコントロールという物は相当に神経をすり減らす。
放出程度なら問題なく行えるのに、体外の魔力は体から離れたということもあり、思うように動いてくれない。
それどころか、どこに魔力があるのかも見失ってしまう始末だ。
これは、相当に根気の必要な訓練になりそうだ。
アニスさんの戦闘訓練と違って、あまりにも感覚的すぎる。
「お嬢様、今日はずっとこれをやっている感じですかね?」
「え? そ、そうね。魔力のコントロールは基礎中の基礎だし、これが出来ないとほとんど何もできないから」
「なら、僕ひとりでやっていても問題ないですよね? お嬢様は僕のことを気にせず、自分のやりたいことをやっていていいですよ」
心からの善意、のつもりだった。
こんな僕に付き合っていたら退屈だったりイラつきだったり、お嬢様を不快にさせると思った。
けど、むしろ僕の発言こそ、お嬢様を不快にさせるものだったようだ。
「なによ、この時間は私があなたに訓練を付ける時間よ。それなのに1人で遊んでろっていうの?」
「いえ、時間を有効活用した方がいいと、そう言っただけで……」
「ああそう、私がユイに指導することは有効でも何でもない、邪魔なことだっていうわけね」
「そんなことは言ってません。ただ自分で出来ることは自分でやると言っているだけです」
「あなたのできることを増やすために私がいるんじゃない」
「けど、今の内容ならお嬢様はいてもいなくても関係ありません」
事実、お嬢様の言うことは感覚的なことばかりで、要領を得ない。
1人で模索し続ける方がマシな気がする。
「私がいなきゃ、魔力を放出することだってできなかったでしょ?」
「その点に関しては感謝しています。だけど魔力のコントロールは、僕自身がどうにかしなきゃいけない問題です。それとも、さっきのように僕の体に直接なにかして、コントロールの方法を教えてくれるんですか?」
「で、できないけど……」
「なら、お嬢様の時間を奪うわけにもいきませんし、僕が1人で訓練していた方が効率的です」
これがとどめだったのか、お嬢様は怒りの表情を露わにし、しかし僕に罵倒の言葉を浴びせるでもなく、部屋を出ようとした。
それを見て僕は、再び魔力のコントロールを試みる。
「イツっ……!」
さきほどよりも強烈な頭痛が、僕を襲った。
「大丈夫ユイ!?」
部屋を出ようとしたお嬢様は僕に駆け寄り、再び心配してくれた。
ああ……この人、愚直なぐらいやさしい人だなぁ。




