第12話 「一流の魔術師とは」
朝食の後片付けを終え、僕は屋敷の掃除に従事していた。
結構大きな屋敷だけど埃とかは少なくて、アニスさんが普段、どれだけ真面目に仕事をしているのかが伺える。
やっぱり仕事はちゃんとしてるんだなあ。
「あ、ユイ君、そんなに真面目にやらなくてもいいですよ? 多少の埃があったとしても、あの2人は気付かないでしょうし」
……マジメと思った途端のこの言動には、さすがに困惑する。
「けど、それでもしもエイジン様の機嫌を損ねたら問題ですし」
「目に見えるところは綺麗にしてあります。もしそれ以外の場所を指摘されたら、私が担当したといえば万事解決です」
「いいんですか?」
「平気ですよ。私の不真面目でユイ君の評価が下がるわけでもないですし」
ありがたい話だけど、申し訳なくもある。
僕の仕事の不真面目さでアニスさんの評価に直結してしまうなら、やはり真面目にやるしかない。
「さ、そろそろ訓練を始めましょう。出来る限り時間が必要なことは分かりましたし」
「あ、はい。分かりました」
そうか、僕はそんなに才能がないのか。
確かにさっきの訓練だと一撃も避けられなかったから、アニスさんを呆れさせてしまったのかもしれないな。
もっとしっかりしなきゃと、僕は気合を入れて訓練に臨んだ。
……結果、二時間の内で5発だけ攻撃を避けることは出来た。
自分でも分かってるけど、攻撃が来た瞬間に体が硬直してしまう。
つまりはビビってしまうのだが、今回はそれを何とか矯正できたと思う。
まだ十全に動けるわけではないけど、時間をかければ避けるぐらいなら簡単に行けそうな気がした。
それから昼食を取り、少しの休憩をしてから午後の訓練に移った。
……そして、痣の数がさらに増えたことは言うまでもない。
4時までもれなく攻撃を受け切った僕は、屋敷に戻ってきたセウルお嬢様と魔法の訓練の時間だ。
正直魔法に関しては、予備知識もほとんどないので何をするか全然予想が出来ない。
もしかしたら、魔法を喰らい続けるとかそんな方式なのかなぁ、と、不安は尽きない。
「さあユイ、この私があなたに魔法を教えてあげるわ」
そうして、僕はセウルお嬢様に屋敷の一室に連れてかれた。
部屋に入ると、僕は自分の目を疑った。
「あ、あの……ここは?」
その場所を一言で言うと、カジノだった。
ルーレットやサイコロ、トランプが散らばったテーブルなどは、明らかにカジノだった。
「魔法の訓練場よ」
「……そうなんですか」
魔法について何も知らなかったとはいえ、これは予想外にもほどがある。
だって魔法って、戦闘に使うものだと思っていたから。
こんな娯楽施設で行うなんて想像もできなかった。
「さて、それじゃあ魔法について教えるわね」
セウルお嬢様は楽しそうに、意気揚々とした様子で説明を始める。
「魔法には、およそ3種類の活用法があるの。まず一つは、魔力を体内で練り上げ、身体能力を向上することがあるわ。より多く、より質の高い魔力であればあるほど、身体能力は向上するわ」
「へえ」
僕はセウルお嬢様の説明を、一言一句逃さずにメモする。
「2つ目が、魔力そのものを放出して攻撃する方法よ。ただこの場合、魔力を圧縮して高密度の状態にする必要があるから燃費が悪くて、戦闘にはあまり向かないわ。そして3つ目が、魔力を具現化して攻撃する方法よ」
セウルお嬢様は説明と同時に手をかざし、手のひらから火が現れた。
「こういう風に、魔力を変化させるの。属性は基本的には火、水、風、土の4つよ。人は一つの属性を生まれつき持ち、その属性に合わせて魔法を使うのが基本よ」
「なるほど。僕の属性はなんなんですかね?」
「……気付いてないの?」
信じられない物を見るかのように、セウルお嬢様は僕を見つめた。
「あなたの属性は氷よ」
「……氷? 4属性にないですけど」
「属性は基本的には4つだけど、たまに、何万人かに一人の割合で、その基本から外れた特異属性を持つ人間が現れるわ。あなた、自分の体温がバカみたいに低いの、気付いてない?」
「そういえば」
今朝から少し肌寒かったし、手のひらとかおでことか少し冷たいような。
「ま、他の人よりも優秀ってことだから、いいことではあるのよ。属性についてはひとまず置いとくわ。重要なのは、魔力の扱い方だし」
そう言うと、セウルお嬢様は一つのテーブルの傍に立ち、その上に置いてあるサイコロを拾い上げた。
「今から見せることをできるようになるのが、最初の課題よ」
そう言って、セウルお嬢様はサイコロを投げ捨てた。
そのサイコロはコロコロとテーブルの上を転がっている。
その途中、お嬢様は数字を口にした。
「6よ」
すると、サイコロの出目は6となった。
……偶然、じゃないんだよね?
「今みたいに、自分の魔力をサイコロに纏わせて、その出目を操作するのよ」
なるほど、そういう訓練なのか。
アニスさんの戦闘訓練と違って、暴力的ではなさそうだ。
「しかし、何でカジノなんですか?」
「魔力の扱いは賭博師が一番長けているのよ。サイコロやルーレットの操作、トランプに魔力を纏わせての感知、それを気付かれずにやれるようになれば、最強のイカサマ、ゆえに誰もが注視する。これを極めることは、超一流の魔術師でさえ困難と言われてるの」
「へぇ~」
「だから、イカサマの練習をすること、それすなわち魔力の扱いの訓練となるのよ」
なんか、ファンタジーなんかくそくらえ、って感じの練習方法に思える。
イカサマが一番の練習方法なんて、俗だなぁ。
「さ、早くやってユイ。私ぐらい自然にできなくてもいいから、まずはサイコロに魔力を纏わせることに集中するのよ」
そう言われても、どうすればいいのかが全く分からない。
そもそも魔力を体外に放出するやり方すらわからない。
「お嬢様、魔力って、どうやったら出せるんですか?」
「え? そんなの、ぐっと力を込めて、バッと出せばすぐよ。その後はシュッと魔力を調整して、ぐわっとサイコロを操作するの」
感覚的だなぁ。
これだから天才は、凡人の気持ちが分からなくて困る。
けど、やってみないことには変わりない。
「ぐっと力を込める……か」
良く分からないが、とりあえず体に力を入れてみる。
手に、足に、お腹に、思いっきり力んで魔力という物の存在を確認しようと思うが……。
「ちょっと、魔力が全然放出されてないわよ! ふざけてないでちゃんとやりなさい!」
叱責された。
僕は真剣に取り組んでいるのだが、セウルお嬢様からすればふざけているようにしか見えないらしい。
「もっとこう……体の内側にある熱い物を感じなさい!」
その感覚的な説明では、なにも進展できないと分かる。
もっと理論的に、分かりやすく説明してもらいたいけど。
「お嬢様、魔力の放出に、なにかコツとかってないですかね?」
「コツ? そんなのあるわけ無いでしょ。どこの世界に、腕を動かすことにコツを求める人間がいるって話よ」
そうか、そうだったのか。
この世界では魔力を放出することは、常識の範囲内なのか。
……いや、それも当然か。この世界の便利アイテム、魔札は魔力の注入によってその効力を発揮する。
もしもそれが出来ないのであれば、それは生活が著しく苦難になることを意味する。
魔力放出は必須にして常識、もはやコツすら考えられないもの。
しかしそうなると、何も知らない僕からすると厄介極まりない。
体の内側にある熱い物を感じろ?
そんなものは微塵も感じない。
「予想外ね。まさか魔力を出すことすらできないなんて」
お嬢様の、呆れともとれるため息は僕の心を締め付けた。
期待に応えられない、それがこれほどまでに苦しいとは。
「すいません、お嬢様。やっぱり僕は、どうしようもない人間ですね」
「いや、今まで魔力とは無縁の生活だったみたいだし、それもしょうがないわ。仕方ない、まずは魔力の放出、それに集中しましょう。ユイ、ちょっと服をめくるわよ」
「あ……はい」
服をめくられることに一瞬躊躇したけど、必要なこととそれを止めることはしない。
少し見られたくない物があるけどしょうがない。
「……なにこれ」
お嬢様は、僕の体を不快そうに見つめた。
確かに、見て気分のいいものではないだろう。
「色々あったんです」
僕の体には、結構な量の傷がある。
その傷はすでに塞がれ、あくまでも傷跡として残っているだけだが、それでも痛々しさは十分に存在する。
切り傷ややけど痕、その数は軽く十を超え、およそ平和な世界からやってきた人間とは思えないだろう。
「できれば、あまり見ないでもらえると嬉しいんですけど」
「……そうね、私もこんな傷だらけの体、見てたくは無いし」
お嬢様は少しだけ目をそらしながら、僕のお腹の中心に手をかざした。
すると、お腹の中によくわからない、妙な感覚が僕を襲う。
「っ……」
「ちょっと苦しいだろうけど、我慢してね」
お嬢様の言う通り、これは少し苦しい。
お腹から波及し、腕や足、体全体に熱が行き渡っていく。
額から汗が吹き出し、少々の息苦しさを感じる。
「これが魔力よ。今あなたの体の中にも、微力だけどこれが存在している。まずはこれを感じること、これは最低限やることよ」
お嬢様は僕から手を離し、額の汗をぬぐった。
簡単そうに見える行いだったけど、結構疲れるらしい。
「ユイ、感じなさい。体の隅々まで意識をめぐらし、体内の魔力を感じるの。体外の魔力感知は訓練が必要だけど、体内の感知は誰にでも出来ることよ。あなたがどんな人間だとしても、それは必ずできることなの。自信を持って」
お嬢様の励ましの言葉を聞き、僕は集中する。
目を閉じ、体の力を抜いて、魔力という物の感覚を身につけようとする。
頭から指先まで、さきほどまで感じていた熱に近い物を、なんとか感じようとする。
するのだが……残念ながら何も感じない。
熱い物など一切感じず、むしろ……
「なんか……涼しい感じがします。才能、ないんですかね?」
熱い物とは対極の、冷たい物を感じる。
てことは、魔力が無いってことなのかぁ。
と思ったが、僕の発言にセウルお嬢様は、むしろ納得したかのように表情が明るくなる。
「そっか、属性が氷だから、魔力も冷たいんだ」
……どうやら、まったく魔力が無いわけではないらしい。




