第108話 「代わりに」
「まさか、本当に金貨10000枚持ってくるとは思わなかったわ」
金貨が大量に入った袋を見ながら、アイリさんがつぶやく。傍らではアストさんが、無言で立ち尽くしている。
「いったいどうやってそんな大金を稼いだのかしら?」
「それを言う必要があるんですか?」
「当然。後ろめたいお金だとしたら、それを受け取るわけにはいかないもの。私はこの国ではそこそこの身分でね、悪事に手を染められないのよ」
「そうですか。安心してください、このお金は闘技場で稼いだものです」
「闘技場で? それ全部?」
「はい」
「……え、アスト、この子そんなに強いの?」
「ただの一対一の勝負であれば、俺でも勝てんだろう。手も足も出ないほどに」
言いすぎじゃないだろうか?
あの闘技場の闘士は学園国家の学生たちに比べれば弱すぎるほどだけど、アストさんだけは例外な気がする。
内包する魔力の質は高いし、鍛えてあるのが分かる体つきだ。
戦って負ける気はしないけど。
「へぇ、人は見かけによらないものね。そういえば最近、闘技場の売り上げが上がっていた気もするわね」
「ユイの考案した一対多の戦いが人気でな。今ではユイは、闘技場ではかなりの人気者だ。まあ強すぎて敵がいないから、今後は飽きられるだろうがな」
「そんなことはいいです。それよりも、僕の話を聞いてください」
話が脱線しかかっていたので、2人の会話に割り込む。
「約束は覚えてますよね?」
確認するようにアイリさんに尋ねる。
するとアイリさんが、薄く笑みを浮かべて優雅に足を組み替える。
そして、
「約束? なんのことだったかしら?」
すっとぼけているのが、すぐに分かった。
僕をバカにするように見下ろし、なにも覚えていないかのように振る舞う。
「あの奴隷を、魔石の一族の少女を、金貨10000枚で売ってくれるって」
「そんな約束した覚えがないのだけれど?」
「っ……! あなたが、金貨10000枚を持ってこいと言ったんでしょう!」
「えー、そんなこと言ったかしら?」
「言いました! 覚えてないなんて言わせません!」
「あはは、ジョークよジョーク、ちゃんと覚えているわ。でもあなたこそちゃんと覚えているの? 約束がどういうものか」
「……あなたが、僕にあの女の子を金貨10000枚で売ってくれるって……」
「違うわ。金貨10000枚を持ってきたら、話を聞いてあげるって言ったのよ」
アイリさんの言葉を聞いて、血の気が引いていく。
あのとき、アイリさんは金貨を10000枚持ってくるように僕に言った。そして、思い返せば確かに、話を聞くとしか言っていない。
ただの一言もあの子を、ナズナさんを売ってくれるとは言っていなかった。
「さあそれじゃあ話を聞いてあげる。好きに言いなさい」
「……このお金で、あの子を売ってください」
「ふふっ、だーめ」
「くっ……!」
……僕はいったい、何をしていたんだ?
ナズナさんを助けるためにしたくもないことをして、多くの人を傷つけてきた。本当にたくさんの、数えきれない人を殴って、血を流してきた。
その全てが、無駄だった。
ちょっと考えれば分かるはずのことだ。いつもの僕なら、人の言葉の裏を読み取り、その真意に気づくことが出来たはずだ。
なのに、ナズナさんを助けたいという気持ちと、人を殴った嫌悪感が冷静さを奪い、気づくべきであった事実に気づかず、無駄な行為を繰り返してきた。
これまで流してきた血の全てが、無駄……
「お願いします! どうか僕に、あの子を売ってください!」
「ダメなものはダメ。たとえどれだけのお金を積まれたところで、あれの代わりはどこにもいないもの」
「無茶を言ってるのは分かります。全ての決定権があなたにあるのも承知の上です。ですがどうか、お願いします!」
僕は額を床に擦り付けて、必死に声を絞り出した。
今までの全てを無駄になんてしたくない。僕の感じてきた苦しみが無駄なものなんかじゃないと思いたい。
そしてなによりも、ナズナさんをあの地獄から解放してあげたい。
僕はナズナさんに、幸せになってほしいから。
「どれだけお願いされても困るだけなのよ。早く帰らないなら、こっちも力ずくで追い返さなければいけないのだけど」
「……なら僕も、力ずくで助けます!」
手段なんか選んでられない。正攻法でダメなら邪道しかない。
大丈夫だ。僕の力があれば、女の子一人を助けることくらい……。
「そうなればあれは、世界中に指名手配ね。生涯追われ続ける人生って、苦しそうね」
「っ……!」
そんなことされたら、それこそ意味がない。
僕はナズナさんに知ってもらいたいんだ。たとえ魔石の一族でも、受け入れてくれる人がいることを。
幸せになれる世界だということを。
それなのに全世界に犯罪者なのだと吹聴されてしまえば、味方がいなくなる。
お嬢様に事情を話せば匿ってくれると思う。けど、一生隠れながら暮らすことを、幸せなんて言えない。
「……お願いします。どうか、どうかお願いします。なんでもします。どうかあの子を、ナズナさんを、助けてあげてください」
「ナズナ? ふーん、あれにもちゃんと名前があったのね。そんなに頭を下げられても、世界に一人しかいないあれの代わりになるものなんてないわけだし、無理よ」
「……代わりがいない、ですか」
「そうよ。他は全て滅ぼされているからね」
もう、無理だ。この人にはなにを言ったところで、お金で解決できることじゃない。
ナズナさんを助けるには、明確な代わりとなるなにかが必要なんだ。
そう、代わりが……。
「失礼しました」
「ええ、気を付けてお帰り」
僕はアイリさんの元から立ち去る。
苦労して貯めた金貨10000枚のはいった、袋を置いて。
*
「……なにしに来たの?」
アイリさんはうんざりしたように僕を見下ろしている。既に話は終わったと言わんばかりの目で。
「あなたに、代わりを提示しに来ました」
「代わり? それってあれの? 冗談言わないでよ。そんな簡単に……いや、絶対に代わりなんか見つかるはずないでしょ」
「それは、これを見てから決めてください」
僕は取りに行っていたものを取り出す。
それは、かつて僕が使ったことのある装置。あの奴隷施設でも嫌な理由で使用されている、ロイド先生の作成した装置だ。
「ユイ、なぜ貴様が性転換装置を持っている!」
その存在をよく知っているアストさんが声を荒げる。勝手に持ってきたのは僕が悪かったな。けど、これぐらいしか僕に出来ることはなかった。
「すいません。でも、見ててください」
僕は性転換装置を装着し、起動させる。
魔力を流しこむことで、僕の体に異変が生じる。以前も感じたことのある、性別が転換する際の変化。
数秒経ち、僕の体は完全に女性となる。
「……これで、どうですか?」
女性になり、僕の体はワンサイズ小さくなる。その結果、お嬢様に装着してもらった額当てはずり落ち、額が露になる。
傷がついているとはいえ光輝く、宝石が。
「なっ……貴様、その額は……!」
「あなた、魔石の、一族? いや、そんな馬鹿な。生き残りがあれ以外にいるはず……」
「僕が、ナズナさんの代わりになります。だからどうか、お願いします。ナズナさんを、解放してあげてください」
僕は額の宝石を床に擦り付け、土下座する。
これしか、方法はなかった。正しくは魔石の一族ではない、けど額に魔石を埋め込んでいる僕だけが、代わりになるしかない。
「ど、どうするアイリ?」
「どうするって…………ふふ、いいじゃない。そいつが代わりになる、こっちにとってはなんの不利益もないわ。いいわ、あれは解放してあげる。その代わり、あんたに地獄を見せるわ」
……よかった。
なにがあってもナズナさんを助けることが出来ない。なら、一緒に幸せになるという願いが叶えることは出来ないけど、僕が代わりになればいい。
「最後に一つ、お願いを聞いてください」
「……なんだ?」
「ナズナさんを、学園国家エクセルまで送ってあげてください。そして、ロイド先生か、もしくはセウル・シュテルさんに頼るよう、言ってください」
僕の名前を出せば、きっと匿ってくれる。
それに、いつか助けに来てくれるかも、そんな希望も持てる。
「わかった。あれは……ナズナは、責任をもってエクセルまで届ける」
「ありがとうございます」
ナズナさん、どうか一人でも、幸せになってください。




