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第101話 「戦う意思」

「アストさん、お話があります」


「ん? ずいぶん早いな、今日はあれの傷が深いから、使用は控えさせるつもりだ。居たいだけ居てもいいんだぞ?」


「いえ、あそこには、極力立ち寄りません。最低限、まともな食事を運ぶだけにします」


「……なに? どういうことだ?」


「僕みたいな人は、今のあの子には害しかないと気づいたんです」


 優しくすることは、あの子の心に希望を与えてしまう。決して絶望から救い出されないと理解している人間にとって、中途半端な希望がどれ程残酷なことか。

 だから、完全な希望を与えるまでは……絶望の中に居続けてもらう。


「アストさん、僕にあの子を売ってください」


「は!?」


 これしか、僕にできることは思い浮かばなかった。あの子を救いだすためには、奴隷である彼女を金銭を用いて買い取ること。

 人間に値をつけ売買するような真似は心底気持ち悪い。けど僕の感情なんてどうでもいい。あの子が幸せになってくれさえすれば。


「予想外なことを言うのだな、お前は。だが今の段階では話しにならんな」


「どうしてですか?」


「簡単なことだ。今のお前は奴隷と言う立場、金銭を支払い自由に買い物できる権限を与えてはいるが、あくまでも飼い主が許可しているだけで、その権利はいつでも剥奪することができる。つまり、お前の所有物はお前の物ではない」


 確かに僕は奴隷と言う立場だ。僕が稼いだお金で僕が買った物でも、その所有権は僕の飼い主にある。そんなことはわかっている。


「今よりもっと、お金を稼げる仕事を紹介してください。すぐに奴隷でなくなりますから」


「大した自信だな、対人恐怖症の臆病者が」


「僕の恐怖なんて、些細なことです」


 怖いという感情は残っている。できるのなら平穏無事に生活したかったところだ。

 けど、安全な平穏すら捨ててでも助けたいと思ってしまった。

 初めて、本当の意味で自分よりも大切な人ができたかもしれない。


「ふん、まあ仕事を紹介するのはいい。一番手っ取り早く稼ぐのなら、闘士だな」


「闘士……闘い、ですか」


「そうだ。負ければ報酬0なうえに、奴隷はペナルティとして借金として金貨5枚が科されるが、勝てば最低でも金貨1枚、人気闘士になり観客を集められると上に認められれば、1回の勝利で金貨30枚以上を手にいれることができる」


 なるほど、うまく行けば今の給料なんかよりも数十倍のお金を稼ぐことができるのか。

 ……人を殴れば、お金が手に入る。


「いつからできますか?」


「今後のスケジュールでは、来週が空いてるな……だが、奴隷枠としてのエキシビションなら話は別だ」


「エキシビション?」


「本来闘士の実力は近しいもの同士で戦わせるのが基本だ。だが、中には例外がある。その一つが奴隷を使ったエキシビションだ」


 ……なんとなく想像はつく。実力がが近しくない、さらには奴隷と言う身分の人間を使う。つまりはただの見世物だ。弱者がいたぶられるのを見て喜ぶという、吐き気がする行為。


「試合形式は普通の勝負と同じで、魔力を用いた身体強化、および武器の使用は認められている。ただし魔法はなし、あくまでも拳や武器による物理攻撃のみ有効だ。だが、普通の勝負と異なるルールがあり、それが決着の仕方だ。奴隷の降参は認めておらず、審判が勝敗を決するまで戦わせ続ける。たとえ泣きわめき敗けを認めても、勝負が終わることはない」


 どこまでも、奴隷を人間扱いしないルールだ。人を痛め付けることだけに特化した、いかにも人間が好きそうな催し。


「まあこれは闘いというよりも、ショーの側面が強い。だから、たとえ負けても報酬は支払われる。奴隷の得た報酬はいくらか上に徴収されるが、それを含めても金貨5枚が支払われる」


 5枚……なら、僕が奴隷から解放されるためには金貨があと15枚あれば足りるから、3回我慢すればいいのか。

 我慢できる代物であれば、だけど。

 

「アストさん、その勝負、殺すのはありですか?」


「なしだ。もしもありなら、普通の奴隷は怯えて参加しなくなるからな。故意であっても過失であっても、人を死に至らしめたらその時点でそいつは人殺しの犯罪者として断罪される。だがまあ、死にはしないだけだ。生半可な仕打ちでは終わらないから、1度参加した奴隷は2度と参加しなくなる。正確には、参加できなくなるほどの傷を負うのだがな。それで、やるか?」


「やります」


「ふっ、即決か。なら明日、午後3時に闘技場まで来い」


「はい。あ、もうひとつ質問いいですか?」


「なんだ?」


「僕が勝ったら、報酬はいくらですか?」


「……自信ありか。勝てば金貨10枚が支払われる……が、対戦相手は闘い慣れている。お前も基本的な能力は高いだろうが、あまり甘く見ないことだ。油断すれば骨の10本は折られるぞ」


「大丈夫です。ありがとうございます」


 こうして僕は、お金のために人と戦うことを自分の意思で決めた。

 誰に言われたからでもない、生きるために必要な課題でもない。本来ならしなくてもいい行為を、自分の意思で。


     *


 いよいよ、勝負の時間まで10分を切っている。

 僕は控え室で意識を集中し、身体中に魔力を行き渡らせる。

 今の僕なら、鉄の塊さえも砕けそうなほどだ。あの学園国家から離れてかなりの時が経つが、不思議と魔力は洗練されている。

 自分のペースで、気ままに魔力を使用していたおかげか。

 なんにせよ、すこぶる調子がいい。


「ユイ、そろそろ時間だぞ」


 控え室にアストさんが入ってくる。いつも一目で奴隷とわかる少し汚さの残る服装ではなく、普通の一般人らしい小綺麗な格好だ。


「準備はできてるみたいだな」


「はい、いつでも大丈夫です」


「そうか……ああそうだ、ひとつ言い忘れたことがあったが、お前はこの勝負に賭けるか?」


「賭ける?」


「そうだ。この闘技場は本質は見世物だが、それ以外の娯楽として、賭けも行われている。本来闘士自身が賭けに参加するのは八百長の危険があるから禁止されてるが、今回の勝負は別だ。お前は自分の勝利にしか賭けることはできないし、お前の対戦相手はそもそも賭けることはできず、報酬も金貨ではなく銀貨10枚、この勝負に参加する旨味は少ない。にも拘らずの参加……賢いお前ならわかるだろう?」


「……目的が違うんですね」


 僕はお金のためにこの勝負に参加する。けど対戦相手は、人を殴りたいだけだ。

 お金以外の明確な目的を持ってこの勝負に参加している。

 だから闘士自身の賭けが成立する。


「賭けるといっても、そんなにお金は持ってないんですが」


 貯めていたお金はあの部屋を使用するのにほとんど使ってしまった。残っているお金は金貨1枚だけだ。


「金貨1枚か。承ろう。ちなみにだが、お前が勝てばこの金貨は500枚になって返ってくる。勝てば奴隷解放どころか一気に大金持ちだ。頑張れよ」


 そっか、500か……500!?

 想像以上の金額だ。この奴隷枠を使ったエキシビションていうのは、本当に奴隷を痛め付けるためだけのイベントなんだな。

 誰も僕が勝つことなんか想像してない。

 僕の叫び声を目的として集まっている。

 ……今更ながら、体が震えてくる。かつて受けた痛みを思い出してしまい、これから僕にそれが襲ってくるかもしれない。そんな想像で体がすくむ。

 けど……僕の受けた痛みなんか些細なものに思えるほどに苛烈な暴力を、今受けている人がいる。

 あの人のためなら、この震えを止めることはできなくても、震えた足で立ち上がることくらいはできる。

 意を決して、立ち上がる。


「アストさん、あの子を買う話、考えておいてください」


「無論だ。そもそもお前が勝てば奴隷から解放され、俺より立場が上になる。遠慮なく命令しろ。あれを買えるかどうかは、上の判断次第だがな」


「話を通してくれるだけで満足です」


 明確な目標を、一人の少女を救いだすための闘いに僕は赴く。

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