第100話 「一緒に」
晴れてスカーさんの食事係になった僕は、朝の分の仕事を終えてから、朝食を作る。
アストさんからは周りの奴隷の目もあるからと作るものに色々と条件はつけられたけど、その範囲内なら何を作っても問題ないと言われた。
けどさすがに大っぴらに作るなと言われたので、地下の施設の厨房ではなく、空き部屋で作らせてもらっている。火の魔札を使えば問題なく調理は行え、それほど質の高いものはそもそも作れないので十分だ。
そして作り終えた料理を今度は隠すことなどせず、剥き出しのまま持ってスカーさんのいる部屋に向かう。
アストさんから鍵を受け取り、扉を開ける。
「おはようございます」
「……おはよう、ございます」
スカーさんは昨日と変わらない様子で、力なく挨拶をしてくれた。
「今日から僕が食事を作っていいことになったんで、持ってきました。これからは遠慮なく好きなものを言ってください。作れるものは限りがありますけど、出来る限りのものは作るので」
「……とくに、要望はありません。作っていただけるだけで、有り余る、光栄です」
「そう、ですか」
まあ、こんな環境下にいれば要望もなにもないか。あるとすればこんな地獄から抜け出したい、それくらいだろう。
「昨日に、引き続き、このようなゴミクズに、ありがとう、ございます」
鎖に繋がれながらもスカーさんは頭を下げ、額を床につけている。大袈裟すぎるとも思ったけど、これが彼女にとって普通なことなのは理解できる。
僕もいじめられたとき、こんな風に過度に行動するのが普通だと思っていた。いや、そうするように叩き込まれた。
彼女を見ていると痛々しさとかつての思い出によって、胸が締め付けられる。
「気にしなくていいんですよ、好きでやってることですから」
そう言って、スカーさんに食べるように促す。
昨日よりは食べる速度が早くなっていることに気づいた。多少元気になったのか、食べることに慣れてきたのか。
なんにせよ、昨日よりいい状態になったことは間違いない。
今後は何を作って上げようか、そんなことを思ってスカーさんが食べる姿を見ていたが、食べ終わったスカーさんがいつも通りごちそうさまでしたと言ったあとに、予想しなかった言葉が出てくる。
「もう、作ってこなくて、大丈夫です」
良い方向に向かっていると思った途端に、拒絶の言葉が送られた。
「あ、えと……おいしくなかった、ですか?」
「いえ、とても、おいしかったです。暖かいご飯を、久しぶりに、食べました」
「ならどうして……」
「私は、不幸になるべきだから、です」
それは、どこかで聞いたことのある言葉。
今の自分はこうなって当然だと、これが自然なのだと言う。
……聞いたことがある、そんな曖昧なものじゃない。かつて僕が自分で言った、思っていた言葉だ。
僕は不幸になるべき、幸せになってはいけない。
そう思い、思い込むことによって、自我を保ってきた。
「なぜ、そう思うんですか?」
この子がもしも、僕と同じことを思っているのなら。もしもこれが、まるっきり自分と同じだとしたら、僕の優しさは意味のないもの、それどころか……彼女を傷つけているのかもしれない。
「……私は、魔石の一族、です」
彼女の答えが、徐々に確信に近づかせる。
もしかするとと思い、僕は言葉を続ける。
「あなたが魔石の一族だから、なんだと言うんですか?」
「私の一族は、多くの命を、奪いました。本当に多くの人を、時には善悪関係なく、己の快楽のため、罪を重ねました。その罪は、決して消えません」
「あなたは、人を殺したことがあるんですか?」
魔石の一族の悪名は知っている。圧倒的な力を持ち暴虐の限りを尽くしてきたことを。
伝え聞いた話が全て事実なのだとしたら、償うべき害悪だ。今のこの状況にだって納得できる。
けど、僕にはどうしても、この人が人を殺したとは思えない。
「私は、人を殺したことは、ありません」
……やっぱり、彼女は僕と同じだ。
すでに得た確信を、少女はさらに上書きしてくる。
「私の一族が、罪を犯したんです。私にも、償う責任は、あります。私も人殺しの一族、なんですから」
違うと、叫びたい。
あなたの考えは間違っていると伝いたい。
けどそれはできない。しちゃいけない。
それをしたら、彼女は……
「それ以外に、何かありますか?」
「それ、以外?」
「あなた自身がなにもしていないのなら、今のこの状況を理不尽だと、思いませんか?」
彼女の考えが間違いだと教えるのは危険だ。それでもなぜか、彼女に自覚させようとする自分がいる。
それは……ああ、今なら、セウルお嬢様の考えがわかる気がする。
僕は、この人に……幸せになってほしいんだ。
「私も、罪を犯しています。一族が滅ぼされてから、ここに囚われるまで……盗みをして、生計をたてていました。私は、犯罪者なんです」
なにもかも、同じだ。この子はそうせざるをえない状況だっただけだ。
確かに盗みは罪だ。償うべき行為であることに間違いはない。
けど、ここまでされるものでもない。
あなたは悪くない、周りが悪いんだ。
そう、言ってあげたかった。
「……わかりました」
そう言って、僕はこの部屋から出ていく。
僕は、この人に幸せになってほしい。
あなたがここまでされる筋合いなんてない。幸せになってもいいんだと、力強く言い聞かせたかった。
けどそれをすれば、壊れてしまう。
この人自身も気づいているはずだ。自分のしたことと今の状況が釣り合ってないことに。
目をそらしているだけなんだ。
だって本当の気持ちに気づいてしまったら、耐えきれないから。
不幸になるべき、この考えはただの、自己防衛なんだ。
*
夜の19時、僕は食事を持ってあの部屋へと向かっていた。
もう作ってこなくて良いと言われた、けど僕はあの子の食事係となったのだから、僕が持っていかなければなにも食べることはできない。いずれ飢え死にしてしまう。
どれだけ拒絶されても、食事を運ぶことだけは怠れない。
少し複雑な気持ちになりながらも部屋の扉を開けると、
「なっ……!?」
持ってきた食事を落としてしまいそうなほどに衝撃的で、凄惨な光景が目に映った。
少女の体には無数の傷跡、それはいつも通りと言えばいつも通りの光景だ。だが今回のそれは、度を越している。
死んでしまうのではないかと思うほどに血は流れ、左の腕は明らかに折れている。
初めて見た時以上にボロボロの姿で、少女は意識を失っている。
「なんで、こんな……」
ここまでする必要があるのか?
魔石の一族がどれ程の悪行を重ねていても、人を殺していても、この子は誰も殺していないのに。
人殺しの血が流れてる、それだけのことだ。
なのにどうして人は、こんなに残酷になれるんだ。
「あ、あぁ……」
無意識に手を伸ばす。傷ついた少女の頬に手を置き、優しく撫でる。
痛みは怖いものだ。想像するだけで恐怖を感じ、まともに人と話すこともできなくなる。
けど、できるのならこの子の痛みを、僕に分け与えてほしい。
少しでも苦しみを緩和できるのなら、楽になってくれるのなら。
幸せを感じてくれるのなら。
この激痛にだって、耐えて見せる。
「待っていてください」
いまだ意識のない少女に、僕は言葉を送る。
どんなことにも耐えるために。
何があっても折れないために。
この愛おしい女の子のために。
「僕と一緒に、幸せになりましょう」
何があってもこの子を助けて見せる、その決意ができた。
助けることができたら、傷つけられるための名前、スカーではなく、本当の名前を教えてくれると良いな。




