表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/179

第99話 「傷つける行為」

「おはようございます、スカーさん」


 朝早くにスカーさんのいる牢屋に赴く。昨日会ったばかりだというのに、早く会いたくて仕方なく、この場所が使えるようになってすぐに来た。

 仕事は速攻で終わらせ、時間的にも少し余裕がある。


「あ……おはよう、ございます」


 力なく答えるスカーさんは、痛々しく見えて悲しくなってしまう。少しでも救いになればと思い、持ってきたものをスカーさんに見せる。


「これ、ご飯を作ってきたんです。良かったら食べてください」


 僕は煮た野菜とパンをスカーさんの足元にそっと置く。

 たぶんろくなものを食べてないだろうと思った僕は、アストさんには内緒で、僕の作ったものを持ってきた。

 なるべく胃に優しい食材を選んで、スカーさんに喜んでもらおうと。


「あ……」


 スカーさんは床に置いた食事をじっと見つめる。10秒くらい経っても食べようとはせず、なにかいけないことでもしたのかなと不安になりつつも、尋ねてみる。


「あ、あの、食べないんですか?」


 その僕の問いかけに、スカーさんは不思議な顔をして質問を返してくる。


「床に、撒かないん、ですか?」


「そ、そんなことするわけないじゃないですか! これはスカーさんのために持ってきたんですから」


「私の食事、なら……いつも、床に落とすのが、普通でした」


「っ……!」


 なんて仕打ちを受けてきたんだろうか。一時のいじめなどではない。この人は常に床に落ちた食事を食べてきたのだ。人間として生きながら人間扱いされない、僕のされたいじめより上位なことを常にされ続けてきたんだ。

 初めて見た。僕よりも不幸な人間を。


「……これは、僕がスカーさんのために作ってきたものです。少しでも喜んでもらえたらなって思って持ってきたんです。だから、普通に食べて大丈夫ですよ」


「……ありがとう、ございます」


 スカーさんはゆっくりと手を伸ばして、パンを手に取った。小さく口を開けて、パンを口に入れる。

 力が入らないのか租借は遅く、一口を喉に通すだけでも30秒以上かけている。けど着実に食事を食べ続けて、少ない量を一時間かけて、食べ尽くしてくれた。


「ごちそう、さまでした」


 スカーさんは無表情でそう言い、空になったお皿を僕の元に差し出す。たったそれだけの事象が僕にとっては嬉しく、次も食事を持ってこようと思った。

 この後も仕事があるので、僕はお皿を持ってこの部屋からでていく。


「それじゃあスカーさん、また来ます」


「……はい、お待ち、しています」


 次にここに来ることを楽しみに、僕は浮かれた気持ちで仕事に戻っていく。


     *


「苦手なものとか聞けばよかったな」


 仕事を終えて、スカーさんの夕食を準備しながら思う。

 辛い日々を送る彼女に少しでも喜んでもらいたい、ほんの少しでもいいから楽な時間を与えて上げたい、そんな気持ちで料理を進める。

 もっとも、アストさんに見つからないようにしなければいけないから、あまり大きなものは作れず、コンパクトにしなければいけないし、予算的なものからそう選択肢は多くない。

 今朝作った野菜煮のように、ひとつの料理とパンをひとつ持っていくくらいしかできない。

 そうこう考える内に、料理は出来上がりました。魚の煮付けです。

 お皿にのせてキッチンペーパーのような紙を置いて布でくるむ。形が崩れてしまうけどお皿を縦にして、懐に入れて周りからは見えないようにする。

 そして奴隷の部屋の扉の前までたどりつく。


「ユイか。前金分、あと2時間は使える。時間になったら呼ぶから、それまでは好きに使え」


 アストさんから鍵を受け取って、持ってきた食事がばれていないことに胸を撫で下ろす。

 奴隷の、しかも魔石の一族にこんなことをするのは、きっと許されないだろうからな。

 自分がこの場で良くないことをしてると自覚しながらも、スカーさんのためにと思えば、ばれたときの仕打ちに恐怖しながらも不思議と行動に移せる。


「スカーさん、お待たせしました。夕飯を持ってきましたよ」


「あ……」


 部屋に入ると、スカーさんが床に顔を近づけ、散らばった生ゴミを食べようとしている。


「す、すみま、せん。すぐに食べて、綺麗にします。もうしわけ、ないですが、少し待って、もらえると……」


 頭を下げて、床のごみを食べることに許可を求める姿が痛々しい。

 かつての自分は、はたから見ればこんな風だったんだろうか?

 だとすれば、これを放置するのが普通の人間のあり方……そんなこと、あっていいはずがない。


「スカーさん、そんなもの食べないでください。ご飯を持ってきたので、こっちを食べてください」


 床に顔を近づけるスカーさんを制止し、持ってきた物をそっと置く。


「あ、ユイさん……」


 入ってきたのが僕ということに気づいたのか、スカーさんは顔を上げて、今度は床のごみを手で拭き始めた。


「ありがとう、ございます。今、綺麗にするので、少し待って……」


 見てるだけでいたたまれなくなるスカーさんの行動、僕は思わず彼女の手を掴んだ。


「そんなことしなくて大丈夫です。スカーさん、これを食べてください」


「でも……」


「はい、手を拭くんで、失礼します」


 僕は飲む用に持ってきていた水を、自分の服の裾に染み込ませる。その服でスカーさんのごみにまみれた手を、入念に拭いて綺麗にする。

 スカーさんの手は傷だらけで冷たくて、見るだけで悲しみが溢れてくるものだった。


「これで大丈夫です。さ、食べてください」


「……はい、ありがとう、ございます」


 そう言い、スカーさんはまた長い時間をかけて僕の食事を食べてくれた。表情は変わらないし、笑顔も向けてはくれない。


けど黙々と食べ続けてくれて、1時間後には完食してくれた。


「ごちそう、さまでした」


 食べた後には必ず、ごちそうさまと言う。きっと真面目な人なんだろう。

 食べるときの所作も丁寧で、奴隷として不快にさせない行動をしよう、というよりも、これがこの人の人間性なんだと思った。


「……今日も、痛めつけないん、でしょうか?」


「僕はスカーさんを傷つけたくありません。本当に、ただあなたと話がしたいだけなんです」


 スカーさんの綺麗な瞳をまっすぐに見据えて、真剣に答える。

 僕は害を与える人間でないことを理解して、安心してほしい。この苦痛だらけの世界のなかで、少しでも安らぎを得てほしい。

 ただそれだけなんだ。


「……はい、ありがとう、ございます」


「それじゃあ……お話でもしましょう」


 ここに来た目的、ただ話すだけ。時に話題がなくなり気まずい沈黙が流れる。

 けど少しでも多く話そうと、他愛もないことを話し続けた。嫌いな食べ物はないか、今日の料理は美味しかったかなど、本当に他愛もない話だ。

 そんな話を1時間ほど続けていると、扉がガチャッと音がなる。


「時間だ。出ろ」


 扉にはアストさんがいて、顎を動かし僕に出るよう指示する。

 立ち上がり、僕は部屋を出る。


「スカーさん、おやすみなさい」


「はい、どうぞ、ごゆっくりおやすみ、ください」


 扉を閉めて、僕も自室に戻ろうとする。

 しかしそんな僕に、アストさんが尋ねてくる。


「ユイ、お前は何がしたい?」


「え?」


「お前はあいつを、魔石の一族を傷つけていないだろ? わざわざ金を払って、いったい何がしたいんだ?」


「それは……ただ、あの人と話がしたいなって」


「話だと? そんなことのために金を払っていたのか?」


「……はい」


 怒られるのかなと、僕は内心、恐怖でいっぱいだった。体の震えも、止めようとしても止まってくれない。

 肩を震わせて、アストさんにどんなことをされるのかと怯えていた。

 けど直後の言葉に、僕は呆気に取られる。


「なら明日から、お前があいつの食事係だ。7時と19時、日に2度だ。あの部屋を使用できない時間は好きに使うといい」


「い、いいんですか?」


「構わん。元よりあれが壊れないために使用できない時間を設けたのだ。なにもしないのであれば、お前があの部屋に入り浸ろうとなにも問題はない。ただし、日々の業務もこなしてもらうぞ」


「あ、ありがとうございます!」


 これで僕は、たとえお金がなくなってもあの人と話をすることが出来る。

 その事に喜び、アストさんには純粋に感謝でいっぱいだった。


     *


 その夜、牢屋の中で少女がつぶやく。

 目には涙を浮かべ、手をぎゅっと握る。

 そして切実な言葉を吐く。


「お願いだから、私に、優しくしないでよ……!」


 ユイの優しさにより、着実に少女の心に、傷がついていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ