第99話 「傷つける行為」
「おはようございます、スカーさん」
朝早くにスカーさんのいる牢屋に赴く。昨日会ったばかりだというのに、早く会いたくて仕方なく、この場所が使えるようになってすぐに来た。
仕事は速攻で終わらせ、時間的にも少し余裕がある。
「あ……おはよう、ございます」
力なく答えるスカーさんは、痛々しく見えて悲しくなってしまう。少しでも救いになればと思い、持ってきたものをスカーさんに見せる。
「これ、ご飯を作ってきたんです。良かったら食べてください」
僕は煮た野菜とパンをスカーさんの足元にそっと置く。
たぶんろくなものを食べてないだろうと思った僕は、アストさんには内緒で、僕の作ったものを持ってきた。
なるべく胃に優しい食材を選んで、スカーさんに喜んでもらおうと。
「あ……」
スカーさんは床に置いた食事をじっと見つめる。10秒くらい経っても食べようとはせず、なにかいけないことでもしたのかなと不安になりつつも、尋ねてみる。
「あ、あの、食べないんですか?」
その僕の問いかけに、スカーさんは不思議な顔をして質問を返してくる。
「床に、撒かないん、ですか?」
「そ、そんなことするわけないじゃないですか! これはスカーさんのために持ってきたんですから」
「私の食事、なら……いつも、床に落とすのが、普通でした」
「っ……!」
なんて仕打ちを受けてきたんだろうか。一時のいじめなどではない。この人は常に床に落ちた食事を食べてきたのだ。人間として生きながら人間扱いされない、僕のされたいじめより上位なことを常にされ続けてきたんだ。
初めて見た。僕よりも不幸な人間を。
「……これは、僕がスカーさんのために作ってきたものです。少しでも喜んでもらえたらなって思って持ってきたんです。だから、普通に食べて大丈夫ですよ」
「……ありがとう、ございます」
スカーさんはゆっくりと手を伸ばして、パンを手に取った。小さく口を開けて、パンを口に入れる。
力が入らないのか租借は遅く、一口を喉に通すだけでも30秒以上かけている。けど着実に食事を食べ続けて、少ない量を一時間かけて、食べ尽くしてくれた。
「ごちそう、さまでした」
スカーさんは無表情でそう言い、空になったお皿を僕の元に差し出す。たったそれだけの事象が僕にとっては嬉しく、次も食事を持ってこようと思った。
この後も仕事があるので、僕はお皿を持ってこの部屋からでていく。
「それじゃあスカーさん、また来ます」
「……はい、お待ち、しています」
次にここに来ることを楽しみに、僕は浮かれた気持ちで仕事に戻っていく。
*
「苦手なものとか聞けばよかったな」
仕事を終えて、スカーさんの夕食を準備しながら思う。
辛い日々を送る彼女に少しでも喜んでもらいたい、ほんの少しでもいいから楽な時間を与えて上げたい、そんな気持ちで料理を進める。
もっとも、アストさんに見つからないようにしなければいけないから、あまり大きなものは作れず、コンパクトにしなければいけないし、予算的なものからそう選択肢は多くない。
今朝作った野菜煮のように、ひとつの料理とパンをひとつ持っていくくらいしかできない。
そうこう考える内に、料理は出来上がりました。魚の煮付けです。
お皿にのせてキッチンペーパーのような紙を置いて布でくるむ。形が崩れてしまうけどお皿を縦にして、懐に入れて周りからは見えないようにする。
そして奴隷の部屋の扉の前までたどりつく。
「ユイか。前金分、あと2時間は使える。時間になったら呼ぶから、それまでは好きに使え」
アストさんから鍵を受け取って、持ってきた食事がばれていないことに胸を撫で下ろす。
奴隷の、しかも魔石の一族にこんなことをするのは、きっと許されないだろうからな。
自分がこの場で良くないことをしてると自覚しながらも、スカーさんのためにと思えば、ばれたときの仕打ちに恐怖しながらも不思議と行動に移せる。
「スカーさん、お待たせしました。夕飯を持ってきましたよ」
「あ……」
部屋に入ると、スカーさんが床に顔を近づけ、散らばった生ゴミを食べようとしている。
「す、すみま、せん。すぐに食べて、綺麗にします。もうしわけ、ないですが、少し待って、もらえると……」
頭を下げて、床のごみを食べることに許可を求める姿が痛々しい。
かつての自分は、はたから見ればこんな風だったんだろうか?
だとすれば、これを放置するのが普通の人間のあり方……そんなこと、あっていいはずがない。
「スカーさん、そんなもの食べないでください。ご飯を持ってきたので、こっちを食べてください」
床に顔を近づけるスカーさんを制止し、持ってきた物をそっと置く。
「あ、ユイさん……」
入ってきたのが僕ということに気づいたのか、スカーさんは顔を上げて、今度は床のごみを手で拭き始めた。
「ありがとう、ございます。今、綺麗にするので、少し待って……」
見てるだけでいたたまれなくなるスカーさんの行動、僕は思わず彼女の手を掴んだ。
「そんなことしなくて大丈夫です。スカーさん、これを食べてください」
「でも……」
「はい、手を拭くんで、失礼します」
僕は飲む用に持ってきていた水を、自分の服の裾に染み込ませる。その服でスカーさんのごみにまみれた手を、入念に拭いて綺麗にする。
スカーさんの手は傷だらけで冷たくて、見るだけで悲しみが溢れてくるものだった。
「これで大丈夫です。さ、食べてください」
「……はい、ありがとう、ございます」
そう言い、スカーさんはまた長い時間をかけて僕の食事を食べてくれた。表情は変わらないし、笑顔も向けてはくれない。
けど黙々と食べ続けてくれて、1時間後には完食してくれた。
「ごちそう、さまでした」
食べた後には必ず、ごちそうさまと言う。きっと真面目な人なんだろう。
食べるときの所作も丁寧で、奴隷として不快にさせない行動をしよう、というよりも、これがこの人の人間性なんだと思った。
「……今日も、痛めつけないん、でしょうか?」
「僕はスカーさんを傷つけたくありません。本当に、ただあなたと話がしたいだけなんです」
スカーさんの綺麗な瞳をまっすぐに見据えて、真剣に答える。
僕は害を与える人間でないことを理解して、安心してほしい。この苦痛だらけの世界のなかで、少しでも安らぎを得てほしい。
ただそれだけなんだ。
「……はい、ありがとう、ございます」
「それじゃあ……お話でもしましょう」
ここに来た目的、ただ話すだけ。時に話題がなくなり気まずい沈黙が流れる。
けど少しでも多く話そうと、他愛もないことを話し続けた。嫌いな食べ物はないか、今日の料理は美味しかったかなど、本当に他愛もない話だ。
そんな話を1時間ほど続けていると、扉がガチャッと音がなる。
「時間だ。出ろ」
扉にはアストさんがいて、顎を動かし僕に出るよう指示する。
立ち上がり、僕は部屋を出る。
「スカーさん、おやすみなさい」
「はい、どうぞ、ごゆっくりおやすみ、ください」
扉を閉めて、僕も自室に戻ろうとする。
しかしそんな僕に、アストさんが尋ねてくる。
「ユイ、お前は何がしたい?」
「え?」
「お前はあいつを、魔石の一族を傷つけていないだろ? わざわざ金を払って、いったい何がしたいんだ?」
「それは……ただ、あの人と話がしたいなって」
「話だと? そんなことのために金を払っていたのか?」
「……はい」
怒られるのかなと、僕は内心、恐怖でいっぱいだった。体の震えも、止めようとしても止まってくれない。
肩を震わせて、アストさんにどんなことをされるのかと怯えていた。
けど直後の言葉に、僕は呆気に取られる。
「なら明日から、お前があいつの食事係だ。7時と19時、日に2度だ。あの部屋を使用できない時間は好きに使うといい」
「い、いいんですか?」
「構わん。元よりあれが壊れないために使用できない時間を設けたのだ。なにもしないのであれば、お前があの部屋に入り浸ろうとなにも問題はない。ただし、日々の業務もこなしてもらうぞ」
「あ、ありがとうございます!」
これで僕は、たとえお金がなくなってもあの人と話をすることが出来る。
その事に喜び、アストさんには純粋に感謝でいっぱいだった。
*
その夜、牢屋の中で少女がつぶやく。
目には涙を浮かべ、手をぎゅっと握る。
そして切実な言葉を吐く。
「お願いだから、私に、優しくしないでよ……!」
ユイの優しさにより、着実に少女の心に、傷がついていく。




