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第9話 「スケジュール」

「とりあえず今日1日は安静にしておきなさい。今後のあなたの扱いについては追って説明するから」


 そう言ってセウルお嬢様はこの部屋から出て行った。


「……僕、死にかけたんだなぁ」


 ふかふかのベッドの上で、額に埋め込まれたダイヤをそっと触れながら、僕は呟く。

 今日1日で心臓をナイフで刺されて死にかけ、その数時間後に腹部をレーザー光線のような物で打ち抜かれる。

 壮絶すぎてもはや訳が分からない。

 しかもこんなことが1日のうちに消化されたなど、波乱万丈にもほどがある。

 正直言って、僕の人生の大半を占めるほどの密度が今日にはある。


 ……そんな不幸と同時に、こうも思ってしまう。

 まともな扱いを受けたのはいつぶりだろう……と。

 セウルお嬢様のうっかりのせいで死にかけたからといって、このようにちゃんとベッドで寝かせてくれるなど、僕の人生ではありえなかった。

 今まで数々の暴力にさらされ、それでも介抱されることはおろか、心配する言葉一つとしてもらうことなどなかった。


 今日は僕にとって二度も死にかけた最悪の日。

 だけど同時に、一番人間扱いされた日だった。


「それも、今だけだろうけど」


 こうして寝かしてもらえているのは、僕の傷がセウルお嬢様の不手際によるものだから。

 セウルお嬢様は今後の僕の扱いを追って伝えると言っていたけれど、まともに喧嘩もしたことのない戦闘能力0の僕なんか、この家においてもらえるわけがない。

 結局は1人寂しく死んでいくのだろう。


 そう思いながら、一時的な安息の時間を過ごしていく。

 それから6時間ほどが経過したころだろうか、ベッドで寝ている僕の元に、セウルお嬢様とその父親と、アニスさんがやってきた。


「待たせたな、お前の扱いが決まったところだ」


「……分かりました、今すぐ出て行きます」


 と言い、僕はベッドから起き上がろうとした。

 それをセウルお嬢様が慌てて制止する。


「ちょ、待ちなさい! もうちょっとぐらい自分に都合のいいように考えなさい!」


「……はぁ」


 反応を見て、僕は一応この家にいていいのだと理解する。


「そこをジッとしてなさい。ちゃんと話を最後まで聞くのよ。分かった?」


 まるで子供に言い聞かせるような態度で言うので、僕はそれに頷く。


「はいパパ、決めたことをユイに言ってあげて」


「うむ。少年、貴様は一応、ここで召使として雇うこととなった」


「あ、そうですか。よろしくお願いします」


「軽い! 貴様の人生を左右させる発表だというのに軽い!」


「いいから早く続きを言って」


「……雇うと言っても、まだ仮の段階だ。これからお前を見定め、正式に雇用するかどうかを決定する。期限は37日間! それまでに相応の実力と家事スキルを俺に見せつけろ!」


「ということです。分かりましたかユイ君?」


「まあ、分かるには分かりますが……半端な日数ですね」


 普通、30日とか4、5週間とか、そうやって区切りのいい数字で期限を設定するものだけど、37日なんて中途半端な数字、どこから来たんだろう?


「37日後になれば、自ずとわかります。楽しみにしていてください」


 含みのある言い方をするアニスさんに、僕は追及することをやめる。

 これはどれだけ言っても教えてくれるものではないと、即座に理解した。


「ではこれより、ユイ君の今後のスケジュールを発表します。はいパチパチ~」


 拍手して紙を取り出すアニスさんだが……書いてある文字が読めない。


「なんて書いてあるのか分かりません」


「おや、その首輪には言語認識が備わっているのではなかったのですか? お嬢様、話が違いますけど」


「認識できるのは意思のある口頭言語だけで、文字は読めない仕様よ」


「そうですか。じゃあスケジュールに文字の勉強も加えましょう」


 サラサラと、びっしり記載されている紙にさらに文字を書き連ねていく。

 読めはしないけど、相当に厳しいスケジュールなのだろう


「まず、起床は5時です。そして起きてから6時までの間に私が戦闘訓練を担当、6時から7時は朝食の準備、朝食をとったのち8時までにあと片づけ、8時から10時までは屋敷の掃除、その後は12時まで戦闘訓練、それから1時間は休憩とします。そして1時から4時までまた戦闘訓練、4時からは夕食までセウルお嬢様が魔法の訓練を担当します。夕食後にこの屋敷の罠についてと、文字のお勉強、急速に覚えていただきたいので5時間は必要ですね。その後に朝食の仕込みをしてユイ君の一日は終了いたします。終わった後の入浴の時間とかを考えると、就寝時間は2時くらいでしょうか」


「昼食と夕食は準備をしなくてもいいんですか?」


「はい、昼は私とユイ君しかいませんし、夕食に関しましては私はユイ君に仕事を与えようとしたんですけども、旦那様とセウルお嬢様が、お前は何をするんだと手痛いツッコミをするものですから、昼食と夕食は私の担当になりました。チッ」


 盛大すぎる舌打ちに、セウルお嬢様とお嬢様のお父さんは訝しんだ。

 お嬢様のお父さんって、なんか長いな。


「あの、僕はお嬢様のお父さんをなんと呼べばいいんですか? 普通に旦那様ですか?」


「うむ、そうだな……いや、普通に名に様付けすればいい。俺の名はエイジン、エイジン様とでも呼べ」


「はい、エイジン様」


「たまにおじさんとでも呼んであげなさい」


「うーん、俺も育成に専念すべきか? アニスだけに任せたら、とんでもない召使になりそうだ」


 うんうん唸りながら、エイジン様は頭を悩ませている。

 確かにアニスさんだけに教育を任されたら、僕は間違った知識を植え付けられそうだ。

 基本的な常識はともかく、セウルお嬢様とエイジン様の扱いを間違えそうで、正直怖い。


「安心してパパ、出来るだけ私もユイの勉強には付き合うから。いいことアニス、勝手に変な知識を与えないように」


「まあ、なんて信用のないことでしょう。こんなにも理知的で公明正大、優秀すぎるほどに優秀な私を疑うだなんて」


「そういうところを疑ってるのよ!」


 ということで、僕の訓練、及び勉強の時間には出来る限り2人のどちらかが付き添う形となった。

 一日の睡眠時間が三時間、休憩は一時間だけ、それ以外は仕事か訓練の過密スケジュールを宣告されたわけだけど、そこまで苦だとは思えない。

 前の世界でもバイトと勉強の兼ね合いで睡眠時間は2時間ほどだったし、日中は授業といじめで休む暇なんかない。

 夕方は夕食の準備をしてバイトに出かけ、終われば深夜に勉強と……。


 考えれば考えるほど、前の世界よりかは楽だと思ってしまう。

 戦闘訓練次第だけど。


「まあこれは明日からのスケジュールですので、今日は安静にしていてください」


「てことは、明日は5時起きってことですか?」


「はい、そうなります。あ、ユイ君、時間測定器はいる?」


「あ、はい。一応、腕時計はありますけど……いや、この世界の時間は違うのかな」


「腕時計?」


「はい、たしか内ポケットに入れてたはず……」


 僕の所持品は確か、腕時計にメモ帳とボールペン、携帯電話に財布の5点だ。。

 この世界に来たときに失われていなければあるはず……。


「あ、これです。この世界と時間の感覚が一緒なら助かるんですけど」


「どれどれ……」


 僕の時計をまじまじと見つめるアニスさん。

 その様子に僕は、少し違和感を覚えた。

 それは、未知の物を見る目には見えなかった。

 なんなのかを知ろうというよりは、確認しているような、そんな目に見えた。


「よく分からないですね。ちなみに今の時刻は夜の6時です」


 腕時計ををよく分からないと、そう結論付けた。

 気のせい……だったのかな?


「6時ですか。ということは……設定は変えないでもいいみたいです」


「それは良かったです」


 などと、アニスさんは僕の腕時計について何の疑問も持たず、不思議で便利な物ですね、と言ってそこまで関心は無いように見える。

 しかしお嬢様は、腕時計を見て驚きを見せた。


「そんな……これほど正確な時計が、こんな小型で……ユイ、あなたお金持ち?」


「いいえ、中の下ってところですね」


「つまりこの道具は、一般大衆が当たり前のように持っている、ということ?」


「まあ……そうですね」


 本当はいまどきの若者は腕時計など、あまり持つ人はいない。

 大抵は携帯電話を時計代わりにするのだから、こうした腕時計を持つのはバイトなど、仕事中に携帯を見れない人が確認するための物だ。

 でも、一般大衆が簡単に手に入れることが出来る、ということなら正しい。


「ありえないわ。ユイを基準とするなら、相当に力のない世界のはず……」


 セウルお嬢様の僕の世界の評価は過小評価著しい。

 武力が物を言う世界で生きてきたのなら無理からぬ話だけど。

 と驚いているお嬢様に、アニスさんが口をはさむ。


「力がないからこそ、じゃありませんか?」


「どうゆうこと?」


「力がないからこそ知恵を振り絞った。ゆえに高度な文明を築き上げることが出来た。人間個人の力が弱ければ、それ以外の力を手に入れればいい話ですから」


「……そう考えれば確かに、ありえなくはないわね」


「まあそんな話はどうでもいいじゃありませんか。ユイ君の世界にどんなものがあったとしても、この世界には関係のないことなんですから」


「それもそうね。でもユイ、迂闊にこういった物を出さないようにね。私たちは興味ないけど、小金狙いの悪党は欲しがるんだから」


「分かりました。それじゃこれは、この家でだけ使いますね」


 もしもこの家にいられなくなったら、使うかもしれないけど。

 そんなことを考えながら、今日という日は過ぎて行った。

 明日から始まる苛烈な日常を控えながら。

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