ガラクタの国
ガラクタの国
1
今からするのは役立たずたちがゴミと一緒に別の次元に廃棄されていた頃の話だ。
君がいる時代から見たら、未来に当たるのかもしれない。でも君が生きている間には到底見ることができないほどの未来の話だから安心してほしい。
さっき二留が決まったばかりの大学生である彼は親にどんな言い訳をしようかと絶望した顔をして歩きタバコをふかしていた。
気分転換という言い訳でやぶれかぶれにいつもとは違う帰り道を選んだのが命取りになる。
ため息をつきながら脇道に入ったのが始まりだ。
初めて見る、長い長いトンネルに入っていったのは失敗だった。
途中から灯りがなくなったことを不思議に思わなかったのが輪をかけていた。
トンネルを抜けるともう遅い。
そこはガラクタの国だった。
青年が見回すと辺り一面にガラクタの山ができている。
捨てられたラジオ、捨てられた冷蔵庫、捨てられたテレビに捨てられた車。君がおおよそ見たことのあるものは全部その山に転がっていた。捨てられた男だって転がっていたかもしれないね。
事の重大さを理解した青年が振り返るとそこにあったはずのトンネルはコンクリートで埋め固められていた。青年は舌を打ち、タバコを踏み消してごまかしたが、これはつまり彼がそこに捨てられたと言うことを意味する。
ガラクタの山の谷間を通り抜けてしばらく進むと、そこは小高い丘の上だとわかった。青年は遠くの夕暮れの中に灯りがあるのを見つけ、その方向へ歩いて行くことにした。
『宝の山にようこそ』
街に訪れる新入りが開口一番に言われる気の利いた言葉は必ずこれだった。
もちろん、この青年も例外ではない。
『銀メダリストの廃棄場所』『持ち腐れた宝の行き着く先』なんて歯が浮くような言い換えも昔はあったらしい。要は自分が負けたと認めないことがこの街の住人になる人間の特徴だ。
そんな人ばかりの街だと思ってくれていい。
街は見事にガラクタで出来ていた。
世の中もこのくらいリサイクルが行き届けばゴミ箱なんていらなくなるといってもいいくらいだ。
君が捨てた机や椅子、棚やタンスはそのまま使われた。木材やトタン板は加工されて家になった。道もよく見るとゴミで埋め固められている。
それだけじゃ飽き足らず捨てられた男や女でさえお互いに拾いあって家族になっていた。
食べ物だって、定期的に空から降ってくる。住人たちはそれらを公平に分け合って、場合によっては物々交換でうまく生きていた。
この国では日は沈まない。
かといって出てくるわけでもない。いつも心地よい夕暮れがずーっと街を見守っているのだ。
2.
ここまで聞くと、体の悪い桃源郷に聞こえるかもしれない。
ところが、この国にいる人間は長生きはできない。もって5年、短くて1年といったところだった。
実はこの国に入る時、全ての人間がいつのまにか時限爆弾を身体の中に設置されるのだ。
その時限爆弾はいつ爆発するのかは分からないし、君が想像しているような爆発とは少し違う仕方をするんだ。
時が来ると確かにそいつは爆発する。しかし、それはその人の頭の中を、木っ端微塵にしてしまうんだ。
つまり、時が来たその人は突然物言わぬ人形になってしまう。
そしてなぜか、穏やかな微笑みを浮かべたまま、ゆっくりと衰弱していって死んでしまう。
街の人間はそうなった人のことを『捨て鉢の元』と呼んだ。なぜなら捨て鉢になるのは周りの人であって、本人は絶対に捨て鉢にならないからだ。
ここの人たちはあくまで負けたってことを認めたくないんだから仕方がない。
そんなことがあるからか、この街の人間は基本的には穏やかに過ごす。
友人や恋人を作り、互いに優しさを持ち寄って、決められた最後に抗うかのように生きている。
3.
青年はそれなりに社交的だったし、今まで世間に感じていた負い目を気にすることがなくなったからすぐ街の人たちと打ち解けた。
ところがあることをきっかけにみんなの鼻つまみ者にされてしまう。
人当たりが良くて、優しい人間が鼻つまみ者にされる原因なんて一つしかない。
それは別の鼻つまみ者の肩入れをすることだ。
この国に来てから、一年が過ぎた頃の話だ。
それはみんなに無視されていた少女をなんの事情も知らずに構ってしまったことに起因する。
ある日、
青年が食料の配給を受け取りに行くと、遠くから眺めるだけでなにも受け取ろうとしない女の子を見かけた。
この国の夕陽が溶けこんだかのような色の髪をした17,8才くらいの少女だ。
女の子はツンとして気にしない風の態度を取ったいたが、青年は持ち前のお人好しを発揮してしまう。
どうやら余計なことをやらかしてしまう性分というのはどこまで行っても治らないらしい。
食料を分けてあげようとしたのだ。
すると少女は受け取るどころか「バカにするな!」と一言だけ青年に浴びせて歩き去ってしまった。
おったまげだ!まるで「プリプリ」なんて擬音が書いてあってもおかしくないような後ろ姿だった!
気位の高い、この国の住人といえども、あそこまで気位が高い人は見たことがない。
青年はその時は変わった女の子がいるものだなぁと軽く思った程度だった。
ところが、青年は次の配給の時にもその少女を見かけてしまう。
青年は今度は食料こそは分けようとしなかったものの話しかけてみることにした。
「食い物はどうしてんだよ?」と青年が訊ねると「少なくとも負け犬たちからは受け取らないよ。負けが移るからね。」
なんて返ってきたから「ああ、分かる」とだけ答えておいた。
実際、青年はこの子が嫌われてる理由が分かった気がした。
それから青年は少女に会うたびに話しかけることにする。
特に理由はないんだけど、強いて言うなら寂しいから。
というのは、
別にこの国の住人と仲良くなれないというわけじゃないんだけど、
彼らと一緒にいるとなんだか負けを受け入れられない負け犬って感じがして、
彼女が言っていることは分からなくもないからだ。
まあ、つまり、少し同情してしまったのだ。
そんなことを知ったら少女は青年を言葉で叩きのめすだろう。ただでさえいつも叩きのめされているのに。
そうこうしているうちに青年も徐々に街の住人に警告を受けるようになる。
分かりやすいやつじゃなくて、
少し遠回しな、脅迫みたいなものだけど。
4.
気がついたら、
しばらくすると青年は一人になっていた。
誰からも相手にされず、配給にすらありつくことができない。
少女と全く同じになってしまった。
青年はなぜかそれをあまり気にしていなかった。
むしろ、この国の住人と、そこに属する自分が、向こうの世界とやっていることが同じであることに負い目を感じていたところだったから清々とした。
なんなら安心した。
あの子に近づけた気がして。
青年が食料の配給が配られる様子を遠巻きに眺めていた時のことだ。
今度は、初めて女の子の方から声をかけてくる。
「あんたはもらいに行かないの?」と
だから青年は気を利かせて「負け犬が移るから」と答えておいた。
するとしばらく間をおいて「ああ、分かる」とだけ返すとくるっと回ってさっさと歩き去っていった。
その時少し笑っていたのは青年には秘密。
その日から、
青年と少女は何かと一緒に行動するようになった。
晴れた日には、
食料調達のピクニックに行った。
何せこの国ではどこに食い物が落ちているかわからない。
極上のステーキだって出てくることもある。
初めてピクニックに行った日、
青年は窓から体を乗り出してタバコをふかしていた。すると下の方からパンを投げつけられる。パンは青年の鼻先をかすめて部屋のベッドの上に落ちる。
驚いて飛んで来た先を見てみると少女が窓の下からこちらを見上げて「死にたくなけりゃ来なよ」と声を張り上げている。
青年は少々逡巡したが、仕方がなく出かける事にした。
下に降りると「ホント仕方がないやつだよね!」と背中を叩かれた。
青年はまんざらでもない。
その時、青年は初めて知ったのだが、
どうやらこの国には動物や鳥もいるらしい。巣は勿論針金や木材をかけ集めたものだったけれども。
雨の日には、
ピクニックには行けないから水ためにできた大きな池に泳ぎに行った。
泳ぎに行った。
というか、青年は少女に突き落とされた。
水溜めを見に行ったら「ちょっと覗き込んでみなよ」と言われたから覗き込んだのだ。
気づいたら少女は全力で青年を押していた。
当然そのままドボンだ。
だから青年は少女が笑いながら手を差し伸べてくれた時に少女も水の中に引きずり込んでやった。
やってやったぜ。
と内心思ってたら殴られた。
散々、びしょ濡れになった後、図書館に行くことにした。なぜそんな突然に?というと、少女が「濡れたまま本を読んでみたことってないじゃん?」と言ったからだ。
当たり前だけど体も拭かずに入ったせいで怒られた上に追い払われた。
仕方がないから、雨の中で『雨に唄えば』を再現してやると今度は「うるさい」と家の窓から物を投げつけられたから、二人でお辞儀をしてチップ代わりに物を受け取っておいた。
物々交換の世界だから仕方がないね。
5.
そのうち何をするにも一緒に行動するようになると
どちらから提案するでもなく、家を建てることを思いつく。
だから、二人はもし元の世界にいたら住んでみたかった理想の家を建てることにした。
なあに、材料はいくらでも転がっている。
なぜならここはガラクタの国だから。
6.
拾ってきたクラシックカーを入れるためのガレージを作っていたある日、少女は言った。
「本当はさ、この国にたどり着いてからは一人で生きて行くつもりだったんだ。他人と一緒にいるなんて似合わないと思ってた。」
「どうしてまた?」と青年が問うと、少女はペンキブラシを持っていた手をブラブラと垂れ下げる。彼女の体のそこかしこにペンキが付く。
「んー、人と人との関係に責任が持てないならそれは人間関係なんて呼ばないし、呼びたくないと思ったんだ。
だから、人と接するのをできるだけ避けてた。責任を取りたくなかったんだろうね。」
青年は話を聞きながら拾ってきたレコードプレーヤーにボブマーリーのレコードをセットした。
少女はトタンにペンキを塗る作業に戻りながら喋り続けた。
「でもさ、分かってたんだ『他人と何かを共有出来ないなら幸福なんてありえない』ってね。だから、毎晩、『明日爆弾が爆発すればいい』と思って床について『いいことあるかも、もう一日だけ生き延びてみよう』と思って目を覚ましていたんだ。早く死にたかったけど、自分の手では死にたくなかったんだよね。負けた気がするじゃん。」
バッファローソルジャーが流れる中、
「この国の人たちにピッタリだね」と曲に関してコメントを残すと彼女は一息をついてブラシをペンキの中に突っ込んだ。
何か言って欲しそうな顔で。
だから一応聞いておいた。
「で、そのいいことってあったのかよ?」
「それは秘密だよ。」
「奇遇だな。俺もだ。」
彼女はその答えを聞くとしばらく固まった挙句、
ペンキブラシで青年の背中をべちゃりと塗ってやった。だから青年は何も言わずに別の色のペンキをかけてやった。
おかげで彼らのガレージはサイケデリックな色合いの素敵なガレージになった。
幸いクラッシックカーは無傷だ。
7.
ところが多くの物語においてもそうであるように、
幸せな時間というのはあまりにも儚いということは理解してほしいんだ。
二人が理想の家を建て終わったある日、
死神が彼らの家を訪れる。
8.
青年が丸一日かけて探した祝いのシャンパンと一羽丸ごとのターキーを両手に抱えて家に帰ってくると、
少女は椅子に座って頭を抱えていた。
青年は少女の前に立つと両手を広げて祝いの品を少女に見せて言った
「竣工記念だ」と。
だが青年は何かがおかしいことに気づく。少女は泣いているのだ。
そしてすぐに悟った。
「どっちだ?」
この国では時限爆弾が爆発する前の日に死神が家の戸口に立ち次に誰が逝くのかを告げる。
見たことのある人によると、
鳥の仮面を被った黒装束の男が地面から生えるように現れて戸口を叩くらしい。
そして泣き疲れたかのような声で『次の番』を告げて去る。
去り際に、この世の悲しみをありったけ溶けこましたかのような叫び声をあげると水が地面に落ちるかのように消える。最後に残るのは、被っていた黒い帽子だけだって話だ。
だから青年はシンプルに「どっちだ?」と聞いた。
少女は「あんた」とこれまたシンプルに返した。青年は少し安心した。
明日、か。この国で言うと太陽が町の周りをぐるりと回ってちょうどその窓から顔を出して部屋が真っ赤になる頃だな。と青年は考えた。
そしてこの間たまたま見つけたタバコをタンスから取り出すとおもむろに火をつけた。ショートホープなんてふざけた名前のタバコさ。
すると少女が口を開く。
「そんなもん吸ってないでさ、何か気の利いた言葉を聞かせてよ」
「嫌いじゃなかったよ。とか?」
「どこまで強情なんだよ。ひねくれ者。」
「じゃあ、好きだったよ……この生活。」
「もう一声」
そこまでいくとさすがの少女も笑ってしまった。青年はとっておきの名案を思いつく。(もっとも、とっておきじゃない名案なんてないんだが)
「なあ、せっかくだから、自己紹介をするってのはどうだ?これからも仲良くやってくんだろ?」
「捨て鉢にさせられるこっちとしては笑える冗談じゃないね。でも、悪くはない。」
青年と少女は
そうして初めてお互いの名前を知る。
お互いの生い立ちについても。
そしていつの間にか、向こうの世界にいたらやりたい事について話し始める。
「俺、本当はさ、ケーキ屋さんやってみたかったんだ。こう見えて甘いもん好きでさ。」
「そしたら私は友達と毎日行くからサービスしてくださいな。」
「毎日来られたら店が潰れるよ。てか友達なんてできんのかよ。」
「じゃあ分かりました。バイトします。バイトなら毎日帰りに一切れもらったって良いですよね。」
「バイトを雇う余裕があったら考える。」
「そこは繁盛していること前提で。そこでお金を貯めて、旅に出るんだ。」
「お土産よろしくな」
「学生にたかるな。」
残された時間を本当はあったはずの幸せを噛み締めるための時間にあてているうちに時間は飛ぶように過ぎ、気がついたらもうすぐ太陽が窓から顔を出そうとしていた。
なぜそんなに早く過ぎたかって?
ショートホープは他のタバコより短いからだ。
当たり前だろ?
「もう、次の日が始まっちゃうけど、この後、どうしよっか?」
少女は窓から水平線を眺めてそう言うと
青年は少し考えた。
そして、彼女に言うべきことが分かったかのように少し笑って答えた。
「そうだな、陽の光がこの部屋に入り込むのを見届けたら街に降りて映画館にでも行こう。水浴びしたまま入っていってまた怒られるんだ。 君も来るかい?」
最後のタバコに火をつける。
窓の右端が徐々に明るくなりタバコの先のように赤く染まっていく。
「もう、そんな時間ないよ」
さっきまでとは違って声が少し震えていた。
日が差し込んできて青年の顔が明るく照らされるものだから青年は少し顔をしかめてずらす。
「なあ、さっきようやくお互いのことが分かったばかりだろ?
俺らの関係はこれからなんだからさ、せっかくだから楽しもうぜ?」
彼女は依然困った顔をしている。
「大丈夫さ、きっとなにもなかったかのように映画館は俺らを出迎えてくれる。間が抜けたかのように散々怒鳴りつけられた後、俺らは外に放り出される。そうだな、そしたら二人で一緒にオブラディオブラダをひとしきり歌うんだ。『これからについて語り合った後に、君を連れ去って二人でハッピーに過ごすんだぜって。』周りに言いふらしながら。
そしたら周りはまた歓声を上げてチップの代わりに物を投げつけてくれるだろ?そのチップでケーキ屋さんを開くんだ。お前も雇ってやるよ。」
そう言って女の子の頭を撫でた。
らしくないことをした彼は煙草をくゆらせて、夕日を眺める。
最後くらいカッコつけたっていいだろ?なによりも、女の子の前なんだ。
世界の終わりの合図を濁らせるかのように煙はできたばかりの陽だまりの中に影を落とした。
彼女は黙っている。
太陽は少しずつ部屋に浸食してきてさっきまで語っていた、嘘で塗り固められた幸せをあざ笑うかのように、あと数分で世界が終わることを告げる。
長い沈黙のなか、世界が終わるのを見守りながら思い出したかのように彼は最期にこう付け足すんだ。
「いいだろう?そのくらいのハッピーエンドがあったって」