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小さくて狭い古臭いアパートの、お世辞にも綺麗とは言えない部屋の中をひっくり返す部屋とは対照的に小ぎれいな洋服に身を包んだママの背中を見るたびに、あぁ、これは夢なのだと自覚する。
裕福とは言えずとも、細やかな幸せが詰まっていたはずのその部屋から、そのちっぽけな幸せさえも消えていった小さな私の夢なのだ。
部屋中をひっくり返してバタバタと忙しなく動いていた背中を落ち着かせ、ずっしりとした幸せの欠片を詰め込んだキャリーケースを持って、玄関から桜の柔らかな匂いとともに消えていったママは、きっと古びたアパートの下に停まっているであろうあの黒光りする、傷や汚れの一つさえもついていない車に乗って暖かな、この部屋のちっぽけな幸せが見えなくなってしまうほどに幸せがぎっしりと詰め込まれた場所で、見えなくなった幸せの残骸な私を忘れて暮らすのだ。
ママにとって幸せなそれは、私には泥を喉に無理やり流し込んだような、にがくてくるしい絶望だ。
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ぱちり。
まるで恋人のように仲睦まじくしていた瞼をこじ開けた。
どきり、どきりと鼓動が嫌な音を立てている。
なにか嫌な夢を見ていた気がするのだがはて、なんだっただろうか?
靄のかかった夢をぐるぐると起き抜けの頭を回して思い出そうとするが、それはまるで真っ白なシャツに付いてしまった墨のように、シミだけを残して窓から差し込む朝日に洗い流されてしまった。
うんうん唸っていても仕方がない。
鳥の巣のように絡まってしまっている髪を整えて、綺麗におめかししなくては。
だって今日は、大切な日なのだから。