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星の灯台守  作者: 潜水艦7号
9/10

真実の決断と向き合う覚悟

ふと横を見ると、コージ先輩が横を向いて唇を強く噛み締めながら、顔を強張らせていた。


「え‥‥?あの‥‥」


『何かあった』のだ。この雰囲気からして、それは間違いあるまい。


だが不思議な事は『それ』を社長のみならず、コージ先輩も『事情を知っている』ような点だ。コージ先輩はユーナと帰りの航海を共にしているから、情報は共有されるハズなのだが‥‥?


「コージ先輩、あの‥‥何か知っているんですか?」


「‥‥黙ってて、すまなかった‥‥。教えると『引き返す』と言い出される可能性があったから‥‥何も言えなかったんだ。申し訳‥‥ない‥‥」

そう言うと、コージ先輩は俯いたまま激しく泣き出してしまった。


「あ、あの!」

ユーナは周囲を見渡した。

「何が!何があったんですか!教えてください!」


コージ先輩が何かを言いかけようとしたが、社長がそれを押し留めた。

「いや‥‥『ユーナ君には黙ってろ』と指示したのは私の判断だ。私が責任持って説明するよ」


社長が顔を上げる。

「タローさんは‥‥亡くなったんだ‥‥ユーナ君が出航して、おそらく程なくに‥‥」


「え‥‥」

呆然と、ユーナが社長の方を見つめる。


『タローは死んだ』


ユーナが聞き間違えたのでなければ、社長はそう語ったのだと思う。


いや、そんなハズはない!

ユーナは首を大きく横に振った。


だって、出発した折には健康上の問題を抱えているようには見えなかったし、食料も6ヶ月分を残して来たハズだ。『程なく』に死んでしまう要素なぞ、考えもつかないではないか。


二人の会話が聞こえているのか、社長の背後ではユーナの母親が泣き崩れていた。父親が、それを無言で支えている。


「気を‥‥気をしっかり持って聞いて欲しい‥‥ユーナ君、その船の電源装置は結局、『直らなかった』んだ‥‥今、その船についている『電源装置』は、宇宙灯台の『生命維持装置』の電源を転用したものなんだよ‥‥」


生命維持装置。


それは、室内の酸素濃度を一定に保ったり、空調温度を制御するための重要な設備だ。『それ』が機能しなくなれば、宇宙灯台内の環境がどうなるのかは容易に想像が付く。狭いキャビンの酸素濃度は、数時間も持つまい。


「‥‥生命維持装置が『機能停止』すれば、酸素濃度を維持することは出来ないし、室温の維持も出来なくなる。人間が活動出来る状況ではない‥‥。我々も最期を確認したわけではないが、タローさんが助かる術は今度こそ本当に残っていないんだよ‥‥」


「え‥‥生命維持装置?な‥‥何の話をしてるの?‥‥だって、タローさんは『長距離無線の電源』だって言ってたわ!」


狼狽するユーナに、コージ先輩が重い口を開く。

「それは‥‥そう言わないと、エウロパの付近に居る間に『連絡が付かなくなる』事の言い訳が出来ないからね‥‥だから『黙っててくれ』って‥‥、その‥‥タローさんが‥‥」


「‥‥っ!」


絶句するユーナの肩を、社長がポンと叩いた。

「いや‥‥コージ君じゃぁない。事情を聞いて、私の決断でした事なんだ。実は‥‥」


タローは事故が起きて以来、ずっと社長と連絡を取り合っていたらしい。

壊れた電源基板の画像や手に入った部品の詳細を地球に送り、アドバイスを求めていたのだ。

社長は彼らの生命を守るために、それこそ死に物狂いで奔走した。政府に掛け合い、渋るメーカーの協力を取り付けるためだ。


その結果、『サードパーティ製の部品に対する規制強化』を条件に、メーカーの全面協力を得る事に成功していた。


だが、その解析結果は失望を膨張させるものでしか無かった。

『今のサードパーティ製の電源基板では、例え完全に直ったとしても容量不足で実用に耐えない』というのだ。『何時、何処で突然に破損が再発しても不思議ではない』と。


『それ』に代わる、充分な容量を持つ『電源装置』が必要だった。

そして、宇宙灯台で『それ』に見合う電源容量を持つものは『生命維持装置』のみだったのだ。


「それが分かったのが‥‥事故から2ヶ月半後でね‥‥。私から報告を聞いたタローさんは言ってたよ‥‥『何とか、限界まで頑張ってみる。だが、いよいよダメとなったら"そうするよ"』と‥‥」


タローには『分かっていた』のだ。

例え『修理が完了した』としても、ユーナ達に助かる保証が無い事が。


『確実にユーナを地球に返し、エウロパを救うにはどうするか』


それには自分の住む灯台から生命維持装置を外すしか、選択肢は残っていなかった。


「タローさんは‥‥ユーナ君やコージ君、それにエウロパの仲間を助けるために、自らの生命を犠牲にする決断をしたのだよ‥‥」


タローは『奇跡が起きた』と言っていた。だが『それ』は違った。奇跡は起きてなぞ居なかったのだ。それは奇跡でも何でもなく、タローの生命を犠牲にした『必然』だったのだ。


ユーナの中で、張り詰めていた『何か』がプツン‥‥と音を立てて切れる気がした。


自分が去って数時間後。灯台の室温は冷え、酸素は減り‥‥しかも助けを呼ぶことさえ出来ない。『自らの死』という運命だけがタローを待っているのだ。それがどれほどに過酷な事であろうか。そして‥‥


「ユーナ君がタローさんからエウロパ宛に預かった『荷物』があっただろ‥‥『あれ』はタローさんが『自分用』と称して持っていた『残り6ヶ月分の食料』なんだ‥‥エウロパも、食料はギリギリだったからね‥‥。もしも『それ』が無かったら、エウロパ基地もヤバかったんだ‥‥ボクの分を含めて12ヶ月分の食料を出してしまったから‥‥」


コージ先輩が絞り出すように言う。


よくよく考えてみればタローは救護船の到着について『早くて1年後』と言っていた。

自分は無意識の内に『確実に1年後』と解釈していたが、そもそも前提となる『1年』が希望的観測でしかないのだ。

タローは『それ』をチャンと理解していたのだ。


「先輩ぃっ!」

突然のユーナの大声にコージがたじろぐ。


「じゃぁ、先輩は『知っていて受け取った』んですか?!あなた、それ‥‥恥ずかしく無いんですかっ!その食料は、タローさんの生命を『見殺しにして』手に入れたものなんですよ!分かってるんですかっ!」


思わず、ユーナはコージ先輩の胸ぐらを両手で掴んでいた。


「‥‥分かってる‥‥無論、分かっているが‥‥が‥‥」

コージが言葉に詰まる。


その二人の間に、そっと社長が割って入る。

「どうか‥‥コージ君を責めないでやってくれ‥‥これは『緊急避難』なんだ‥‥誰が悪いとかではなく、タローさんが‥‥コージ君やユーナ君だけでなく『皆んなの恩人』であっただけなんだよ‥‥」


タローは『これはトロッコ問題なんだ』と言っていた。

『より多くの人間が助かる選択肢を選ぶのが正解なのだ』と。


そして、彼は『自分一人』を犠牲にすることで『その他大勢』を救う決断をしたのだ。


『分かっている』


これは、コージ先輩だけを責められない事が。

タローを犠牲にして生き残った、その一番手は他ならぬ『ユーナ自身』なのだ。


あまりにも『大きなもの』が突如として自分の両肩に伸し掛かった気分がした。

それは、途方もなく重く、この弱りきった身体と精神で支えきれるものでは無かった。


ドサ・・・・!


ユーナの身体が崩れ落ちる。


「タンカだっ!タンカを早くっ!」

誰かの叫び声が微かに耳に入るが、そこから先の意識は途絶えた。


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