運命は地球への帰還を選択した
兎に角、一刻の猶予も無かった。
『動く』となった以上、此処に留まる事は出来ない。直ちに出航してコージ先輩を連れて地球に帰還しなくてはならない。
ユーナは大慌てで出航のシークエンスを始めた。
タローは忙しいユーナに代わって、観測室からユーナの私物を運び込んで来てくれた。
「おい、ユーナちゃんよ。エウロパに行ったら、こっちの荷物を渡してきてくれ。頼まれてたのを思い出したんだ」
貨物室に荷物を運び込みながらタローが話しかけるのを、ユーナは背中越しに聞いた。
「うん、わかった。貨物室に入れといて‥‥って?」
ユーナが振り向く。
「て、言うかタローさんは行かないんですか?エウロパに」
少しビックリしたのだ。てっきり、エウロパへ行ってコージ先輩と『入れ替わる』のだと思っていたから。
「ああ、オレは此処に残るよ」
タローは、さも当然そうに答えた。
「あ‥‥っ」
ユーナは突如として現実に引き戻された気がした。
そうだ。仮にタローがエウロパに入ったとしても、どの道『食料』の追加供給は受けられないのだ。『12ヶ月分』は相手としても、それが最大限の譲歩という約束なのだから。
であれば、此処に居ようがエウロパに居ようが同じ事だ。いや、逆にエウロパで『食糧難』になれば、本人が眼の前に居るたけに話は更にややこしくなるだろう。
タローは『それ』を避けるつもりなのだ。
であれば、救護船が『あと9ヶ月以内』に到着する事に賭けるしかない。或いは‥‥
「おおっと‥‥余計な事を考えンじゃぁねーぞ?」
ユーナの気配を察知したのか、タローが掌をかざして制する。
「お前、『自分の分の食料を少し置いておこうか』と考えてたろ?‥‥分かるからな、これだけ一緒にいればよ。だが、それはダメだ。お前達の船だって、この先『間違いなく6ヶ月で帰還出来る』という保証はねぇンだからさ。『お前もオレも同条件』だ。いいな?」
ユーナは唇を噛む。
「‥‥分かりました」
そうだ。『これ』が現実である以上、まだ災難は終わったワケではないのだ。さらなる『悪運』に巡り合わないとも限らない。
後ろ髪引かれる思いはあるが、此処はタローの申し出に従うしかなかった。
そして、出航の準備は整った。
「では‥‥行きます」
ドッキング・ベイを閉め、ユーナが操縦桿を握りしめる。
"おう!気をつけてな。今度こそ、寄り道せずにチャンと帰れよ?"
それが徹夜のせいなのか、少し疲れたようにも感じられるタローの声が無線から聞こえる。
「ありがとうございました。あの‥‥ホント色々と‥‥」
"いーから、早く行けって!エウロパでコージ君が首を長くして待ってるぞ
「はい‥‥では!」
タローに促されて、ユーナがメインエンジンを起動させる。
"じゃぁな、気が向いたらまた何時でも遊びに来な?"
「分かりました!また‥‥必ず、戻って来ますから!」
ユーナはそう言って、連絡船を離岸させる。
ゴウ‥‥
ゆっくりと、連絡船が宇宙灯台から離れて行く。
「‥‥すぐに‥‥すぐに戻りますから‥‥」
宇宙灯台の長距離無線が『犠牲』になったために『その言葉』はタローに届いてはいない。
だが、ユーナは自分にそう言い聞かせた。ユーナにとって、この宇宙灯台はまるで『自分の家』のような気がしてならないのだ。
地球に帰還して、体勢を整えたらすぐにでも『戻ってきたい』と思っている。そしてタローに『ただいま!』と大声で言いたかった。
連絡船はぐんぐんと加速する。
そして、背後に段々と小さくなる宇宙灯台を背に、連絡船は一路エウロパを目指した。
エウロパまでは地球時間で2日間の距離だ。
先行してコージ先輩には『ギリギリで修復できたから』と伝えてある。
コージ先輩は連絡を受けてオイオイと泣いていた。
船がエウロパについた時、普段はしっかり者のコージ先輩が走ってやってくるとユーナを強く抱きしめた。
「ホントに‥‥ホントに、良く来てくれた‥‥」
その泣きじゃくる姿に、エウロパのクルー達も涙を誘われずにはいられなかった。
「すいません‥‥ご心配をおかけして。さ、急ぎましょう」
ユーナはタローから言付かっていた荷物を降ろすと、そのままコージ先輩を乗せて地球へと帰還の途に着いたのだった。
地球と木星の距離は『7.8億km』ある。それは半端な数字ではない。
かつての『ボイジャー1号』は地球から木星まで2年を要した。それを『6ヶ月』に縮めるため、現代の宇宙船には時間の概念をも書き換えた技術である『超惑星間航法』という特殊な航法のための装置が備えられている。
この装置を使うことで、地球までの時間は大幅に短縮される。がしかし、その反面、その間は地球その他との交信は一切不可能になる。『時間軸』が合致しないからだ。
だが、余裕は無かった。
その状態を目一杯に使って、ユーナ達を乗せた惑星間連絡船は帰還を目指した。
そして『6ヶ月後』、ユーナ達は無事に地球への帰還を果たしたのだった。
ユーナ達の『奇跡の帰還』は、地球でも大ニュースになっていたらしい。
スペース・ポートに連絡船を着陸させた後、地上は報道陣でごった返しになっていた。
空港関係者がそれらの大騒ぎする野次馬を抑えるなか、家族とコズミック運輸の社長が船着き場まで出迎えに来てくれていた。
「よく‥‥よく、生きて帰ってくれた‥‥」
社長が号泣しながら、二人を迎える。
「すまなかった‥‥ほんとに‥‥助けに行ってやれずに‥‥すまなかった‥‥この通りだ、許してくれ‥‥」
深々と頭を下げる社長に、ユーナが近寄る。
「いえ‥‥過ぎた事ですし‥‥それに、タローさんも言ってました。『より大勢を助ける事は正しい選択だよ』って。とにかく、こうして生きて戻れたのですから、それで今は充分です」
「‥‥そうか‥‥有難う‥‥」
それでも、社長の頭は下を向いたままだった。
「それで、あの・・・」
ユーナには、『この6ヶ月』ずっと気になっていた事がある。
「あの・・・救護船は・・・どうなったんですか?間に合ったんでしょうか?」
「あ・・・きゅ、救護船だね・・・。ああ、『間に合った』よ。惑星間の位置関係の問題で、到着まで事故から13ヶ月を要したが・・・何とか、エアロパは持ち堪えてくれたんだ」
『エウロパは』
社長の口から出た言葉は、『エウロパ』限定だった。
だが、正直な話、ユーナにとってエウロパ基地はどうでも良かった。それよりも問題は『タロー』だ。
「エウ‥‥あの、宇宙灯台は‥‥?タローさんは、どうなったんです‥‥?」
その言葉に、社長の視線が再び下を向いた。