生き残る術を探すしかない状況で
ふと見ると、タローは何も言わず口に手を当ててじっと考え込んでいた。
おそらく、考えている事は同じだろう。『食料の計算』だ。
仮に『0.75年』しか食料が持たず、救援が来るのが『1年後』としたら、絶対に間に合わないと断言出来る。
地上や惑星基地ならまだしも、宇宙船やステーションで供される食品は厳密にカロリーや栄養素が計算されている。
それは単に重量や容積の問題だけではなく、長期間滞在中に『摂取過多』や『摂取不足』で病気になるリスクを避けるためなのだ。
宇宙の無重力空間に居る間は、運動によるカロリー消費が地上よりもかなり少なくなる。そのため、基礎代謝分が消費カロリーの大半を占める。
これはつまり『食料の節約』が極めて難しいことを意味していた。何故なら、単純に『2/3づつ食べる』という消費の仕方をすれば、すぐに基礎代謝に影響が出て動けなくなる危険があるからだ。まして『その状態』が1年も続けば、間違いなく‥‥
‥‥いや、待てよ?
ユーナは考え直す。
もしかしたら、状況はもっと悪いんじゃないのだろうか?何故なら自分とタローだけでなく、エウロパにはコージ先輩も居るのだから。エウロパにも補給が入らないのだから、彼の食べる分も計算しなくてはならない。
どうやら、タローも同じ考えに行き着いたようだ。
タローが無線機のマイクを握る。
「ハロー、エウロパ基地。こちらタロー、応答願います」
無線の相手は直ぐに出た。
"タローか‥‥とんだ災難だな‥‥まさかデカい事故が2つも重なるなんてな・・・こちらから救援に行けないのが悔やまれる"
「‥‥すまんな、気ィ使わせてよ。それで、少し相談があるんだが」
"‥‥分かってる。『食料』だろ‥‥"
相手も、同じ悩みを抱えるているのだ。こちらの考えを察して当然かもしれない。
「ああ、そうだ‥‥。ぶっちゃけた話、『何処まで融通出来る』んだ?そちらにはコズミック運輸のコージ君も居るんだろ?その分も含んでの話だ」
"‥‥。"
しばし、相手の返答が遅れる。
「‥‥すまんな、迷惑を掛ける。だが、忌憚のない処を聞きたいんだ」
ナーバスな問題なのは確かだ。
なるほど相手としても『そんな心配はするな』と言いたい処ではあろう。しかし、現実問題として補給が途絶えて大変なのはエウロパも同じだし、食料備蓄にも余裕がそれほどあるとは思えないのだ。『分け合って食べる』にも限度があるだろう。
"‥‥分かった。すまん、正直に言おう。さっき、上の方とも話し合っていたところだ。‥‥1人前換算で『12ヶ月分』。これが、我々の供出可能な限界だと理解してくれ"
絞り出すような声だった。
「‥‥了解した。ありがとう、頑張ってみるよ」
タローは無線を切ると、紙に線を引き出した。食料配分の、シミュレーションだ。
「‥‥つまりだ。今、オレたちの手元に残っている食料は合計でも『1.5年分』だから、2人で食えば0.25年分・・・つまり3ヶ月分も不足しちまう。だから『このまま救援を待つ』という選択肢は『無い』と考えるしかない」
そう、タローは断言した。
「はい‥‥」
ユーナが小さく返答する。
「そして、エウロパが用意できる食料は『12ヶ月分』だと言ってたな?だとするとだ、例えば『9ヶ月掛かって船が修理出来た』として、だ。急いでオレとユーナちゃんがエウロパに入って『残り3ヶ月を助けてもらう』とすると‥‥エウロパが用意する必要がある食料はコージ君の分も含めて『18ヶ月分』になるから‥‥アウトだな」
もしも『そうなったら』エウロパはどう対応するだろうか?
『どうにかして助けてやろう』と受け入れてくれるだろうか?
いや、『それ』は期待出来ないだろう。残り少なくなっている食料を巡って争奪戦になるのは目に見えている。そうなったらエウロパは『より大勢の仲間』を守るために命がけで『新入りを阻止』する可能性が高い。それこそ『トロッコ問題』だ。
「だとすると‥‥」
タローは計算を続けている。
「‥‥リミットは『3ヶ月』だな‥‥。3ヶ月以内に修理を終えれば、ギリでエウロパから拝借する分を『12ヶ月分』で抑えられる」
ユーナは息を飲んだ。
『3ヶ月』である。時間を掛ければ直るという保証もない中で、リミットだけが厳然と決められている。そこを超えれば、『座して死を待つ』運命なのだ。
「でも‥‥」
ユーナが問いかける。
「直るん‥‥ですか、連絡船の電源は?」
「‥‥厳しいのは確かだ。何しろ代替品が無いからよ‥‥唯一、手があるとしたら焦げた電源基板から『ダメになった部品』を全部切り離して、LSIとかコンデンサといったパーツごとに『使えそうな部品』をこの宇宙灯台や連絡船から『抜き取って使う』ことだな。幸い、工具はそこそこあるし‥‥」
タローがゆっくりと身体を起こす。
「とりあえずさ、オレは今から連絡船に行って電源ユニットを外して持って来るからよ。ユーナちゃんは、悪いが会社に連絡して『連絡船のメーカー』に『どの部品なら外していいのか』を聞いといてくれないかな?」
「わ、分かりました」
タローは『とりあえず』と言ったが、それでも何かしらの『方向性』が見えたのは有り難いと思う。このまま『座して死を待つのか』と思うと、それだけで気が狂いそうだったから。
タローは電源ユニットを外して持ち帰ると、すぐに分解に掛かっていた。焦げている部品の型番やら種類をひとつつづチェックし、リストを作成しているのだ。
ユーナが会社に発信した『メーカーに聞いて欲しい』という回答が来たのは、2時間ほどしてからであった。
メーカーの回答は『ノーコメント』だった。
「の‥‥『ノーコメント』ってどういう事だよ‥‥」
メッセージを見て、タローが絶句している。
だが、ユーナにとって『それ』はある程度、予測していた返答だった。
「ウチが‥‥コズミック運輸社が『サードパーティ製の補修部品』を使っているからだと思います‥‥」
申し訳なさそうに、ユーナが下を向く。
この時代、大量の宇宙船需要に応えるため、多くの宇宙船や宇宙関連機器では『部品の共通化』が一気に進んでいた。
ただ、そうは言うものの宇宙関連の機器には『絶対的』な品質レベルが要求される。そのため、保障費も兼ねて補修に掛かる部品費や作業費は極めて高額なものになっている。当然、船会社側の経費負担は大きい。
そうした負担を軽減するため、メーカーに部品を納入しているサプライヤーが『裏で』無関係者と称して『互換部品』を売っているのだ。彼らの言い分は『偶然、使えてしまう事があるようです』である。
無論、メーカーとしては『こうした事態』を放置しておけ無い。なので多くの場合において『サードパーティ製部品を使えば、一切のサポートを打ち切る』と通告しているのだが‥‥まさか、このような深刻な事態でも『それ』を言ってくるとは‥‥
「そうか・・・。ま、仕方ねーな。此処でゴチャゴチャ言ってても始まらねぇ。出来る事からヤってかねーとな。とりあえず、宇宙灯台側の設備だけで考えてみるよ・・・」
そう言って作業に戻るタローの背中は、ユーナの眼にはとても寂しそうに映った。