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星の灯台守  作者: 潜水艦7号
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トロッコ問題の犠牲者は納得するのか

ユーナが再び、私物を取りに連絡船に向かおうとした時だった。


通信機を前にしたタローの憔悴した様子が『只ならぬ状況』を告げているのだと、ユーナは感じ取った。


何があったんだろう‥‥


不安を抱えながら足をとめ、タローの元に近づく。


「ふー‥‥っ‥」

タローが、深い溜め息を漏らす。


「何か・・・あったんですか‥‥?」

おずおずとユーナが尋ねる。


「‥‥。」

タローは暫くの間、無言だった。そして、大きく深呼吸をしてからユーナの方に向き直った。


「‥‥『来れない』ってよ」


ボソっと、タローが呟く。


ユーナには、『それ』が何の事なのか、すぐには理解出来なかった。


「えっ‥‥?『来れない』って‥‥何が、ですか‥‥?」


タローは険しい表情のまま、下を向いてユーナと顔を合わせようとしない。


「だから‥‥『救護船』だよ。急遽、『行けなくなった』って連絡があったんだ。‥‥今」


「え‥‥?」

ユーナは、頭の中が真っ白になった。


「『行けなくなった』って‥‥ど‥‥どういう話なんですか‥‥それ‥‥?」


タローは左手で自分の額を押えるような仕草をしている。


「‥‥聞いた話では火星基地がよ‥‥何か大きな事故に遭ったらしい。生命維持装置にダメージが出てて‥‥1万人からの人間を大至急、避難させなくちゃならんのだとさ。そのせいで、宇宙中の救護船や傭船、惑星間連絡船が政府の指示で火星に向かうんだとさ‥‥ピストン輸送だよ」


「そ‥‥んな‥‥で、でも、『救助要請』を出したのは『こちら』が先ですよね?だ、だったら優先権はこちらに‥‥!」


ユーナの声は自分でも分かるほどに震えていた。


「‥‥『トロッコ問題』って、知っているか?」

タローが顔を上げた。


『トロッコ問題』とは。


『事故によって1人が死ぬか、又は5人が死ぬかの二択が発生した場合、そのカギを自分が握っていたら、アナタはどう判断するか。1人を見殺しにするか、5人を見殺しにするのか』

という命題である。


実際に『この場』に立ち会うのではなく、シミュレーションとして扱ったとしたならば。その『正解』は間違いなく『5人を救う』方を選ぶ事だろう。何故ならその方が単純に犠牲者が少ないからだ。


その場合、その選択に異論を唱える人間はいまい。何故なら『実際には誰も死なない』からである。


ユーナも『トロッコ問題』は知っているし、そうした『選択』を突きつけられれば間違いなく『5人を救う』と答えるだろう。まして『1万人対1人』であれば、その選択に躊躇する(いとま)は無い。


だが、今回は事情が違う。

他でもない自分が『殺される側』なのだ。


絶句するユーナを横目に、タローがつぶやく。

「‥‥『より大勢の生命を優先する』ってなぁ、『正しい判断』だからな‥‥」


そう言いながらも、タローの眼はやや宙を泳いでいるようにも見える。


「で‥‥では、『向こうが優先』として、こちらには『何時』来れるんですか?」


ユーナの問いに、タローが再び視線を落とす。


「‥‥こちらの到着は‥‥早くて、『1年後』だとよ‥‥。向こうサンも立場があるしな‥‥政府の『要請』を断ることは出来んだろうし‥‥『そちらは自力で何とかしてくれ』ってよ」


最後は吐き捨てるかのようだった。


「何とかって‥‥何とか‥‥なるんですか?」

自分の声が(かす)れているのが、自分(ユーナ)も分かる。


「‥‥分からん。だが、『何とかしろ』って言ってんだ。『何とかする』しかねーだろーよ‥‥」


言葉に反して、タローの身体に力が入っていないのは明らかだった。


「‥‥。」

ユーナも、それ以上は言葉が出なかった。


『1年後』‥‥それが意味する処は大きい。

間違いなく、最大のネックは『食料』だ。


連絡船には自分と先輩の分、つまり2人分が半年分づつある。そして、宇宙灯台には‥‥?


ユーナが今回運んできた食料品は『3ヶ月分』だが、『万が一』のトラブルに備えて、更に3ヶ月分がストックしてあるハズだ。すると、6ヶ月分になる。

これらを足すと延べ1.5年分で、2人で割るなら0.75年分になる。つまり‥‥


『3ヶ月分だけ足りない』のだ。


ふと、ユーナはパイロット養成学校のときの『絶食訓練』を思い出した。


宇宙船パイロットになるための訓練はどれも過酷だ。何しろ『宇宙』という環境が過酷なのだから仕方が無いが。

その中でも特に過酷を極めるのが、食料が切れたときの耐久力を養うための『絶食訓練』だと言っていいだろう。


最初は『24時間』から始める。これは、前日にそれなりに『食べておく』事で、何とか乗り切れる。


その次は『48時間』だ。コレは正直、かなり堪えた。


そして、間を置いてから次は『70時間』つまり3日間の絶食に耐える。これはかなり『辛い』と言っていい。肉体的に辛いのは言うまでもなく、精神的にも相当追い込まれるのだ。


専門の教官によると『3日目くらいがピークだ』というが、これで正常な判断を保つのは相当な精神力が要ると思う。


これが終わると全員が病院直行で点滴を処方される。腹は空いているが、そのまま食べると危険だからだ。それほどまでに『絶食』は容易ではないのだ。


『それ』が3ヶ月である。


とても、耐えられる範囲ではない。間違いなく餓死を覚悟しなくてはなるまい。


後は『正気を保ったまま死ぬ』か『狂って死ぬ』かの二択になるだろう。どちらにしても、その『限界』に来た時に、タローや自分がどのような行動に出るか‥‥正直、理性的な判断が出来る自信は、ユーナ自身にも無かった。


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