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星の灯台守  作者: 潜水艦7号
3/10

心構えと現実と

月基地から救援の連絡が来たのは、それから暫くしてからだった。


「至急に用意するが、出航まで半日ほど時間掛かる」との事である。何しろ月から此処までは最低でも6ヶ月は掛かる。救援隊とて燃料の積み込みや船の点検整備、または水や食料の準備等々‥‥それなりに準備しないといけないのだ。


『運が悪かった』と言えばそうかも知れない。これがエウロパなどに別の貨物便が来ていたりすれば『帰りに拾ってもらう』事も出来ようというものだが、生憎と近くにそれらしい船が一隻も出ていなかったのだ。


エウロパに『残してきた』形になったコージ先輩には、後からユーナ自身から連絡をとった。「申し訳ありません」と謝り、コージ先輩も「お前のせいじゃない」とフォローしてくれたが、流石の彼もその声に落胆の色は隠せていなかった。


会社には、タローが連絡を入れてくれた。


コズミック運輸の社長はタローと長年の付き合いらしい。忙しい折りに『船が使えなくなった』ことで相当に落ち込んで居たらしいが、「とにかく、ユーナちゃんが無事なら、それで良い」と言っていたと聞いた。


さてそうなると、だ。


ユーナとしては、後は唯ひたすらに『6ヶ月間、此処で待つ』しかない。


それもタローという歳の離れたオジサンと二人で、だ。例え何があっても、その間は誰も此処にはやってこれない。


いくら仕方ないとは言え、正直なところ『若い女性』であるユーナとしては『この状況』は結構なストレスだと思う。


別にタローを信頼していないとか、人格を疑っているワケではないが、それでも100%を信頼できるというほどユーナはタローの事を知ってるわけではないのだ。


一見の客では無い以上、よほどの事は無いと思うが、何しろ相手は『長くひとり暮らしをしている男性』だ。『若い女性と二人っきりで邪魔が入らない状況』となれば、何かの拍子に気の迷いから『万が一』という事態になる可能性だって否定は出来ないと思う。


もしも『そう』なれば、いくら年齢差があったとしても体力に劣る自分に勝ち目は無いだろう。それは考えておかなくてはなるまい。


だとすると、この半年間は物理的にも精神的にもタローと一定の距離をとりつつ、安全の確保に努めなくてはなるまい。ヘタに隙を見せると相手に付け込まれる危険性だってあるのだから。


だが、同時にこの距離感は難しいとも思う。


何かのハズミでタローに嫌われるような事にでもなれば、この狭い空間でユーナは孤立してしまう。その場合、食料その他で嫌がらせでもされれば、それこそ生命に関わることになりかねない。

嫌われないようにしつつ、なおかつ接近され過ぎないようにする‥‥これを両立させることが、大きなストレスになるのは目に見えていた。


どうするかな‥‥


ユーナは悩んでいた。


とりあえず、『基本は別室』にするべきだろう。タローは灯台、自分は連絡船と。何かあれば自分が灯台に向かえば済む事だ。そうしてプライバシーを守るようにすれば、いくらかでもマシというものだ。幸いにも連絡船のバッテリーと太陽光パネルは正常に稼働しているようだし‥‥


「おいっ!ユーナちゃんよ」

不意に、ユーナの背後からタローが声を掛ける。


「はいっ!」

突然の呼びかけに、ユーナがビックリして振り返る。


「‥‥何をビックリしてんだ?まぁいいや。それよりもアンタ、自分の身の回り品とか、一式まとめて宇宙灯台(こっち)に持ってきときな」


「え?」

ユーナが聞き返す。


「ど‥‥どうして、ですか?」


「どうしてって‥‥連絡船を『保存』しておくためだよ」


『保存』とは宇宙船などが惑星で待機している時に余分な電力や燃料の消費を抑えるために、搭乗人員を降ろした上で電源を完全にダウンさせ、密封状態を保つ事だ。


なるほど、ユーナが先程に考えていたように『連絡船で待機』となれば、バッテリーの消費は避けられない。

如何に太陽光パネルがあるとは言え、自力で船の姿勢を変えれらない以上、常に太陽の方にパネルを向けておく事は不可能であり、何れ充電不足で限界が来るのは目に見えていた。


その点、『2人まとまって行動する』ことにはメリットがある。例えば『空調』だ。空調は2人いようが1人だろうが同じ空間に居るのなら大差はない。逆に『発熱体』が増える事で返って節電になるのだ。


うー‥‥ん。ユーナは心の中で唸った。


確かに、言われてみれば『その通り』かも知れない。例え救助が来たとしても『連絡船を置いて行く』事は出来ないのだ。となると、帰りの航海を考える必要がある。

正直なところ、タローとの『共同生活』には葛藤がなくも無いが、こればかりは如何ともしがたかった。


「観測室がよ‥‥普段は使わねーからさ。『そこ』をアンタの自室として使ってくれりゃぁ良いさ」


逡巡するユーナの気配を察したのか、背中越しにタローが提案をする。


「あ‥‥ありがとうございます」

やや小声で、ユーナが礼を言う。


やむを得まい。こうなったら、ある程度『腹をくくる』しかない。


「でもあの‥‥邪魔じゃ無いんですか?観測室って」


「ああ、いいさ。そんなに使うワケじゃない。たまに‥‥地球の天文家から依頼が来るんだよ。季節とか気候の関係で、地球からの観測が上手く行かない場合とかさ。どうせ、しばらくの間の話だ。どうにかなるだろ」


タローは淡々としている。


「あとな‥‥食料とか水とかも持ってきときな。倉庫の方に置いておきゃぁいいからよ。で‥‥それが済んだら呼んでくれ。連絡船のバッテリーを遮断するからさ」


「遮断?」

ユーナが聞き返す。


「ああ、遮断だ。遮断しとかないと、勝手に放電するからな。直った時に立ち上がらないと具合が悪いんでね」


タローは訥々(とつとつ)とした様子で答えている。或いは、頭の中では色々と考えているのかもしれないが。



観測室は決して『広い』と言えるものでは無かったが、それでも贅沢を言える状況で無いことを鑑みれば充分過ぎるとも言える。ユーナは黙々と私物を運び込んでいた。


室内には専用の観測機材が整然と並んでいて、大きなドーム型の窓ガラスが頭上にある。無論、窓の外は一面の星空だ。


ユーナはじっと、窓ガラスの向こうを見つめた。そして、そっと呟く。


「‥‥遠いなぁ‥‥地球‥‥」

その頃、タローは地球から『この悲運』を更に奈落の底へと導く通信を受けとっていた。


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