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星の灯台守  作者: 潜水艦7号
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そして『我が家』は墓標となりて

ユーナが最初、『宇宙船乗りになりたい』と言ったときに、家族からは散々文句を言われたが、それでも最後は『言って聞くような娘ではない』と渋々受け入れてくれた。


だが、流石に退院したてのユーナが『再び宇宙灯台に戻る』と宣言した時には、大声で怒鳴られたものだ。

「どれだけの迷惑が掛かったのか、分かっているのか」と。


しかし、それこそ『言われて引っ込める』性格ではない。

家族が猛反対するのを、じっと聞きいってから

「じゃぁ、都合がつき次第に行って来るから」

と、何事もなかったかのように切り替えしてみせた。


最後は、両親ともに何も言わなかった。


本音を言えば、だ。

『地球に居て喧騒に巻き込まれたくない』

という思いも無くは無かった。


世間の大半は今回の『緊急避難』に対して概ね同情的ではあったものの、それでも中には事情を知らない無責任で心無い人達から浴びせられる『他人の生命を犠牲にして食う飯は美味いか?』という罵声が、心に刺さるのだ。

何しろ、どう言い訳をしたところで『タローを犠牲にした』事は何ひとつ違わないのだから。だからこそ、直接『本人』に会って詫びない事には心の整理がつきそうに無かったのだ。


不思議なものだと思う。


宇宙灯台で基板の修理に悪戦苦闘していた時はあんなにも恋しかった地球だが、今は地球の大地に立つ喜びよりも、一刻も早くあの灯台に戻りたいと願っているのだから。


ユーナが会社に復帰した時、コズミック運輸では『宇宙灯台に行く』準備をすでに始めていた。

大恩人を、そのまま放置しておくワケには行かないからだ。


今更ノコノコ行ったところでその生命を救うにはあまりに遅すぎるのだが、せめて直接に『会って』その最期を確かめて礼を言わねばなるまい、という社長の判断だった。


メンバーは3名。ユーナと、コージ先輩、そして社長。社長は社員から反対もされたのだが、自ら『行く』と行って聞かなかった。

ただ、『それ』だけが目的という事でもない。あちこちの惑星基地に配送をしながらの旅だ。結局、エウロパ基地の荷降ろしが終わるまでに8ヶ月を要した。


「さて‥‥いよいよ、だな」

社長が操縦席から前に乗り出す。


前方に、規則的に光る『タローさんの宇宙灯台』が見えてくる。


「座標系の電波は‥‥生きているんですね‥‥」

コージ先輩がレーダーの波形を確認していた。


「ああ‥‥空間座標用の電源は太陽光パネルから直電源だからな‥‥それほど電力を食うワケでもないし、『生きて』いるんだろう‥‥」


タローが消息を絶って以来、その宇宙灯台は完全に無人運用になっていた。


おもむろに、ユーナが無線機をとる。

「‥‥ハロー、こちらコズミック運輸。タローさん、居ますか‥‥?」


無論、問いかけに反応は無い。

頭では分かっていた事だが、この現実は受け入れがたかった。


もしも万が一『奇跡』が起きて、もしかしたらタローから『返答があるかも知れない』。まるで何事も無かったかのように『よぉ、今回は遅かったな』‥‥って、返事が返ってくるんじゃないのか。そんな期待がユーナの頭の中に無かったわけではない。


もしか本当に『返事』が返ってきたら。


航海の間中、ユーナはそればかり考えていた。そしたら『やっぱり、生きましたね!皆んなは騙せても私は騙されませんから!』って言ってやろうと、心に誓っていたのだが。

それも杞憂に終わることになった。


「さ‥‥行くか」

ドッキング・ベイに連絡船が合体する。


中に入るには宇宙服が必要だった。生命維持装置が稼働していない以上、中の環境がどうなっているのか分からないからだ。


プシュー‥‥

軽い音を立てて、ハッチが開く。


中の様子を、コージ先輩が伺う。

「室温‥‥マイナス12℃です。断熱が効いてるのかな?意外と暖かいな‥‥酸素濃度は‥‥6%ですね‥‥」


人間は酸素濃度が『10%以下』になると死ぬ危険が出てくるという。それが『6%』なら、ギリギリまで呼吸をしていたのかも知れない。


ユーナは、社長の背中越しにキャビンの中を見渡した。

タローの『姿』は無い。


その時、コージ先輩が「あっ‥‥」と短い声を上げた。


その指し示す指の先に、大きなシュラフが固定されていたのだ。そう、タローが寝る時に使っていたシュラフだ。それが、スッポリと頭まで閉じられている。

その含み具合を見る限り、その中に『誰か人間』が居るのは間違い無かった。


「‥‥!」


誰しもが、認めたくない『最後の現実』を目の当たりにした瞬間だった。

3人はじっと黙ったまま、しばし手を合わせて黙祷を捧げた。


そう言えば。


ユーナは思い出した。タローに『配達先で遺体を見つけるのはコワい』と話をした事があったのを。多分、タローはそれを覚えていたのだろう。それで『せめて、亡骸が見えないように』と。

逆に言えばそれは『何時か、必ず戻って来てくれるだろう』という、タローの最後の願いだったのだろうか。


ふと、ユーナが視線を床に落とす。

「これ‥‥は‥‥?」


シュラフのすぐ下にテープが二本、貼ってあるのが見えたのだ。

テープは、オレンジ色と、白色だった。


「何だ‥‥?これ」

コージ先輩もまじまじと、それを眺める。


「これは‥‥『てーこー』だと思います、多分」


「え?てーこー?何それ」


コージ先輩に聞きかえされたが、ユーナは答えなかった。


『それ』は、あの電子部品を散々探した3ヶ月の間にいつの間にか覚えた『カラーコード』だ。オレンジ色は『3』を表し、白は『9』を意味している。


「ヘンなの‥‥語呂合わせだなんて‥‥素直じゃないんだから‥‥」

やはり、タローは信じていたのだ。『いつか、此処に来てくれる』と。


その時、ユーナにだけ分かる『暗号』を残したつもりなのだろう。それは『戻って来てくれた事への感謝』なのか、それとも『共に3ヶ月を楽しく暮らしてくれた事への感謝』なのか、又はその両方なのか。それは定かではないし、その特定は重要ではない。

それより大事なのは、


『タローは、自分を見捨てたユーナを責めてはいなかった』

というタローの『想い』が残っていた事だ。


それが、どれほど有り難い事か。それが分かっただけでも、此処に来た意味は充分過ぎるほどにあったと思う。『このテープ』が無ければ、自分は死ぬまで『タローへの贖罪』の重圧に苦しむ事になっただろう。


決して口には出さなかったが、ユーナは心の中で『ごめんなさい‥‥ごめんなさい‥‥』と謝罪を繰り返した。


ふと、その時


「おい‥‥アレは何だ?」

社長が、キャビンの反対側を指さした。


そこには、何故か1箇所だけ不自然に『蓋が外されている』パネルがあったのだ。

その奥の方で、何やらチカチカと光が点滅しているのが見える。


「そ‥‥それはっ!」

大慌てで、ユーナが近寄った。


「これは‥‥これ‥‥」

それ以上、言葉は出なかった。この『有り合わせの部品を繋いだ不格好な基板』には見覚えがある。


「社長、何ですか?このユニットは?」

コージ先輩が機器を確かめている。


「パネルを見ろ‥‥酸素濃度とか‥‥室温とか‥‥これは、生命維持装置だ‥‥」


「えっ!だって、『それ』は連絡船に使ったんじゃぁ‥‥?」


「ああ‥‥正規のものはな‥‥これは‥‥」


「これは‥‥私とタローさんが作ったものです!」


ユーナが社長を遮る。

「どうして‥‥どうして‥‥」


「‥‥生命維持装置を犠牲にする覚悟なら、他にも外せる部品はあるだろうし‥‥修理を完了させたんだろう。だが『それ』でも電源容量が足りない事は分かってたからな‥‥そこで、機能をギリギリまで絞って最低限『空調マイナス12℃』だけ維持出来るようにした‥‥と‥‥」


「‥‥‥っ!」

ユーナは、溢れ出る涙を抑えきれなかった。


疑って、ゴメン。『奇跡』は起きていたんだね‥‥


『奇跡』は起きていた。

だが、それでもなお、現実は厳しかった。


タローは、せめて最後に『それ』が動いた事を見せたかったに違いない。

3ヶ月間の努力は、ムダでは無かったと。

僅かではあるかも知れないが『それ』は報われたのだと‥‥。


それは『な?言っただろ、奇跡は起きたってな!』というタローからのメッセージを、千万の言葉を綴るよりも雄弁にユーナへ伝えてくれていた。


連絡船が宇宙灯台から離れる。


地球でも議論はあったが、『タロー』は『そのままにしておく』事になっていた。

そのまま、木星付近の軌道から、太陽系を見守っていてもらおう‥‥と。


思えばタローは『勇気とは自分がした決断の結果を受け止める事だ』と言っていた。彼はその言葉通り、その重い決断の全てを受け止めたのだ。自らの生命と、そしてその後に事実を知って苦しむであろうユーナに『想い』を伝えて‥‥


連絡船が加速を始める。


『次は、お前の番だ』

ユーナは、タローにそう言われたような気がした。


自分は、タローさんのように『この結果』を受け止めて生きて行けるだろうか。


急速に小さくなっていく『タローの宇宙灯台』を、ユーナはじっと眼で追っていたのだった。

何時までも、何時までも‥‥



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